日常の会話

「どうだエヴリン!」


「む……」


 自信満々の笑みを浮かべるレイラとは違い、エヴリンは真剣な眼差しで手元の服を鑑定する。


「背伸びした平民用の店には置けるなあ」


 エヴリンが評価を下したその女性用の服は、平民が着るにはしっかりとした作りだが、さりとて貴族にしてみれば鼻で笑う程度の品質だ。しかし特筆すべきことがある。


「つまりお前でも取り扱うということだな!?」


「まあ」


「勝った!」


「なににやねん!」


 よく分からない勝利宣言をして喜ぶレイラにエヴリンが突っ込みを入れる。


 そう、服を制作したのは人生で初めて衣服を作ったレイラなのだが……色々ととんでもない。


(ほんまどうなってんねん……針なんか浮いて勝手に動いとったんやけど)


 エヴリンが頭痛を覚えたのも無理はない。なんとレイラは、多分やれるような気がする、かもしれない。というあやふやな判断で、エヴリンが用意した道具と布を手に取ると、一日もかからず服を仕立ててみせたのだ。それだけではない。レイラが集中している間に、針やハサミなどの裁縫道具は浮いて、別の作業を行うときたものだ。


「よしゃ。このまま腕を上げたら、レイラが自分で着る服だけやのうて子供の衣服も問題ないな」


「んなっ!?」


 エヴリンは集中から我に返ったレイラが、なんでこの作業が終わってるんだ? いや、針とハサミを動かしてたような気も……と宣って、頭痛をプレゼントしてくれたお返しに、羞恥心を送ってあげることにした。すると出会った時から変わらず揶揄い甲斐のあるレイラは、純白の顔を真っ赤にしてしまう。


「子供が育った時に、その服は私が作ってあげたのよって言ったら喜んでくれるに決まっとるで」


「そ、そうなのか!?」


「せやせや」

(相変わらずちょっろ)


 そしてエヴリンに言い包められるレイラという関係も変わりがなかった。


(ちょっと分かってきたかもしれん。多分やけどウチとレイラが金で勝負したらウチが勝つ。超一流にはなれるけど、超々一流になるかはレイラのやる気と気質次第やな。レイラは金にがめつくないし、後ろめたいこともできん)


 エヴリンは感情の起伏の激しい友人の才能に対してある仮説を立てた。

 下手をすれば国を傾かせるだけではなく、全ての才能を眠らせているレイラだが、やる気と感情、気質に左右されるもので、どう転ぶか分からない。それゆえに限られた分野でなら、彼女に勝る頂点は存在するだろう。


「ジェイクと私の子供に服……お母さんが作って……」


(つまり……妙なこと言うてしもうたかもしれん)


 そんなやる気と気質次第でどうなるか分からないレイラが、ぶつぶつ言い始めて自分の世界に旅立っている様子に、エヴリンは焚きつけてしまったかと思った。


「待てよ……絵も描くことができたらいいんじゃないか? そうすればその時の姿を残すことも……」


「ウチの絵は金貨と銀貨の山で寝そべってる姿にしたら完成するなあ」


「ははは」


 発想がどんどんと飛躍するレイラを現実に戻すため、エヴリンは己に相応しいイメージを口にする。そしてあまりにエヴリンらしい言葉に、レイラは現実に戻り笑ってしまう。


「画家がジェイクを描こうとしても……ジェイクの頭が段々下がってくるから大変やろうな」


「違いない。そのうち寝始めるだろう。なら私は朝寝ている姿でも描くとしよう」


 次にエヴリンは、ジェイクが肖像画を描いて貰っている姿を想像したが、レイラが想像してもジェイクの頭は下に向き始め、そのうち横になって寝てしまう。


「リリーは……」


「絵を描かれている暇があったら、ジェイクのところにすっ飛んでいくに決まってる。まあ、ジェイクが一緒ならずっといるだろうが」


「せやな」


 エヴリンが肖像画を描かれているリリーを想像する前に、レイラが断言した。もしリリーだけに提案しても、ジェイクの傍にいることを優先することは目に見えており、逆にジェイクと一緒にいられるなら、ずっとモデルとして大人しくしているだろう。


「イザベラさんは椅子に座ってニコニコ笑ってるのが想像しやすいなあ」


「というかもう肖像画はあるんじゃないか?」


「そうかもしれん……いんや、大神殿にお世話になったとき、それらしいのはなかったような」


「言われてみれば……そうだな。確かになかった」


 イザベラも想像しやすいと言うエヴリンの脳裏には、椅子に座って慈母の笑みを湛えた女教皇がはっきりと思い描かれている。そしてレイラは、イザベラの立場が立場だから、もうそういった肖像画はあるのではと考えたが、思い出してみると一時世話になったエレノア教の大神殿で、肖像画の類を見たことがなかった。


 なにせ千年間エレノア教の女教皇は同一人物で、容姿が変わっているだけのスライムなのだ。そんな人類とは違った感性のイザベラは、いちいち複数ある自分の姿を肖像画にすることに意味を感じておらず、今の姿も描かれたことがなかった。


「アマラさんとソフィーさんは……」


「ソファに座ってにやりと笑いながら腕と足を組んでるアマラさんと、その隣で同じように足を組んで、本を読んでるソフィーさんの構図。これで決まりや」


「うん。イメージしやすい。いや、本を読んでる姿は肖像画にしていいのか? 」


 アマラとソフィーはどういった肖像画になるかと考え込むレイラは、エヴリンが指を鳴らしながら語った内容に同意しつつ首を傾げた。


 そしてこのイメージ、双子姉妹本人だけではなく、彼女達を知る各国の王族たちも同意するだろう。


 ただ、現代ではアマラとソフィーしか知らないことがある。ソフィーの空間魔法で収蔵されている物品の中には、古代アンバー王国時代の宮廷画家が描いた、二人の肖像画が存在している。しかし、古代アンバー王国が混乱する前、アマラとソフィーが幼いころの作品なため可愛らしい少女として描かれており、それを恥ずかしがった彼女達は、絵を厳重に保管していた。


「それで私は……」


「画家が筆折るで」


「なら自画像? やはり練習するべきか? ジェイクと一緒で腕の中に赤ん坊を……」


 最後にレイラが自分の肖像画について考えると、エヴリンが冷静な指摘をした。至高の美を描くなど不可能であり、どんな画家でも自分の腕のなさに絶望して筆を折ることは目に見えていた。それを解決するにはレイラが言う通り、彼女が自分自身を描くことだろう。現時点では妄想交じりの自画像になるだろうが。


「ま、落ち着いて絵が描けるのはまだもうちょい先の話やろ」


「そうだな。まずは服を仕立てる腕前だ」


「一応言っとくけど、いい意味でも値段が付けられんのはウチの管轄外やからな」


 エヴリンがまだ先の話だと肩を竦めると、レイラは再び裁縫道具に向き合う。


 束の間の平穏だからこそできた会話と日常がそこにあった。

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