戦うことすらできない者

 古今東西、高貴な王族も骨肉の争いから逃れることはできず、時には血なまぐさい争いが起こった。特に現在のサンストーン王国王家のグダグダさは、古い歴史を参考にしても上位に入るだろう。


 長男レオ、弟であるジュリアスと激しく王位を巡って争い、ついには直接矛を交える関係になるも、金がなく首が回らない。


 次男ジュリアス、説明不要の反逆。


 既にサンストーン王家の一員ではないが三男ジェイク、無能。


 ただし、レオとジュリアスは自分の派閥を纏め上げて、国を二分する勢力のトップとして君臨し、ジェイクはアゲート大公国を率いているのだから、三兄弟は全員が王といえなくもない。そんな優秀な息子たちを持って、父親であるアーロン王は鼻高々だろう。


「ごほっごほっ!?」


 勿論そんなことはない。自室で軟禁されているアーロン王は、一歩も部屋の外に出ることを許されず、ベッドの上でせき込んでいた。


 最早、権威も実権もないこの王は、ジュリアスの反逆で屈辱を味わい、ちっとも自分を助けにやってこないレオに心労を重ねて体調を崩し、寝込むことが多くなっていた。


 という演技である。


「貴様では話にならん! アマラ殿を呼んで来い!」


 アーロン王が宮廷医師に、自分を治せるのは薬師としても高名なアマラしかいないと怒鳴る。


 しかしアーロン王は元々肥満だったのだから、心労で痩せた方がむしろ丁度よかった。そのためストレスによる疲労こそあったが、病に伏せているというには程遠かった。それなのに宮廷医師ではなくアマラを望んでいたのには訳がある。


 その答えは、アーロン王が身に着けている、サンストーンの石が精巧に彫られた指輪にあった。正式な国璽こそジュリアスが確保していたが、印章指輪として機能するこの指輪で手紙を封蝋すれば、アーロン王が差出人の正式なものとなる。


 つまりアーロン王はなんとかして反乱を治めよと記した手紙をレオに送ることで、大義と権威で援護しようとしているのだ。尤もこれはようやく後継者をレオに定めたことを意味するが、身内に毒舌気味なジェイクのみならず、そのレオ本人すら遅すぎると文句を言うだろう。


 話を戻すが、家臣を誰も信用できないアーロン王がその手紙を送る手段として思いついたのが、サンストーン王国の権威の外にある双子姉妹、特に薬師として有名なアマラだ。


 アーロン王はアマラなら、病気で伏せている自分を治療するという名目で来てもらい、こっそりと渡した手紙をレオの下まで届けられると考えた。


 そんな都合がいい策謀などジュリアスだってお見通しである。


「実はその、ジュリアス殿下が仰るには、陛下が指輪を外してジュリアス殿下の王位をお認めになるまでこのままだと……」


「ジュリアスめ!」


 恐る恐るな宮廷医師は事前にジュリアスから伝言を預かっており、それを聞いたアーロン王は息子の名前を叫ぶ。


 流石は息子というべきか。ある意味アーロン王に散々振り回されたジュリアスは父の発想と、妙なところで腰が軽いことを理解していた。この父への評価ではレオ、ジェイクも同じであり、やはり三人は兄弟なのだと言えるかもしれない。


 ただし、そんなジュリアスでもアーロン王が死去するのは拙いと思っていた。


「ジュリアス殿下、国王陛下にすぐ問題が起こる訳ではありませんが、少しずつ弱られているのは間違いありません」


「そうか分かった」

(レオを始末するまでは生きていてもらう必要がある。病死でもレオが大騒ぎして、逆賊が父上を殺したと大義にするからな。その後ならすぐ死んでくれていいが)


 宮廷医師からアーロン王の状況について報告を受けたジュリアスは、実の父に対して死ぬならもう少し後で死んでくれと冷徹な思いを抱く。


 現在の情勢でアーロン王が死ねば誰もがジュリアスの陰謀を疑い、傘下の者達にも動揺を与えかねない。それはほぼ全てが上手くいっているジュリアス陣営に、不確かなリスクを招きかねないものだった。


「今すぐという話でなければいい。レオの愚か者は近々自滅するからな」


「はい」


 しかしながらジュリアスはレオの窮地を知っており、アーロン王に近々亡くなる兆候がないのならそれでいいと話を終わらせた。


(なにか大きな衝撃、例えばレオ殿下が討ち死にでもしたら分からないが、それをレオ殿下と争っているジュリアス殿下には言えないな。下手をすれば内通を疑われてしまう)


 宮廷医師は完全な診察結果を口に出せなかった。


 もしレオが死んだら、そのショックでアーロン王がどうなるかわからないと言っても、ならばパール王国と通じているレオを見逃すというのか。さてはレオと通じているなとジュリアスに殺される危険性があるため、宮廷医師は保身に走った。尤も先にも述べた通り、ジュリアスにしてみればレオが死んだ後にアーロン王も死ねば、邪魔な存在が片付くので万々歳だった。


 このようにアーロン王はなんの行動も起こせず、周りからも最低限の価値しか認められていない境遇に陥っていた。


 ◆


 一方、アーロン王が接触を望んでいるアマラもまた、その企みとも言えない行動を予測していた。


 しかしである。


「敵地にのこのこ行けるか。まあアーロン王がジェイクに逆賊を討てという文を送るなら多少考えるが、最早それが絶対に必要な情勢でもないし、諸侯もなぜジェイクにと不審に思う。それにジュリアスが支配する王城に行けば、古代の王権が反逆を認めることになり、我々の武器である権威が低下する」


「確かに」


 手狭になったエレノア教の大神殿で、アマラがアーロン王に一定の価値があることを認めつつも、不都合の方が大きいと判断して、ソフィーも同意する。


 最早アーロン王は過去の人であった。



























『おほほ。おほほほほ。おほほほほほほほほほ。おほほほほほほほほほ! 様は無いですわね! オリヴィアを手籠めにして隅に追いやり、いらない者として扱った男が、今や一歩も外に出られず鳥籠の中! そして息子全員から不要な存在であると思われているだなんて! 頭でっかちの馬鹿だった【粛清】ですら、これを知ったら鼻で笑うでしょうよ! おほほほほほほほほほほ! はあ……もう少し、オリヴィアの死期の前に会話できていたら今頃ジェイクと……ま、未練ですわね……』



後書き

多分書かないといけないことは書いたんで、次回からまたレイラ達の周り……の筈。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る