戦場で戦うことしかできない者

「なぜ金が集まらない!」


「い、今しばらくお待ちください……」


「それは前回も聞いたぞ!」


 怒鳴り散らすレオに、傘下の高位貴族が恐れ切ったように弁明するが無意味だった。


 この逆賊を打つという大義名分を持ち、政治的な優位に立っているはずの第一王子は、王城にある国庫の金でジュリアスと対決する前提が破綻したことによって金がなく、どうにもいかなくなっていた。そして以前のように命令をすれば物資と金が集まった立場ではなくなり、配下の貴族達も金を稼ぐことは得意ではなく時間だけが過ぎていく。


 そして王都を追いやられた屈辱、本来ならジュリアスをとうに討っている理想と、なにもできない現実のギャップ。以前ならできたことができないもどかしさが合わさり、レオの精神は非常に不安定になっていた。


(……潮時か? 戦に強いから安心できると思ったが……)


 その様子を見ていた一人の貴族が、内心で不穏なことを考えている。


 主君が不安定になると配下も忽ち不安になる。そしてレオの傘下には逆賊ジュリアス許すまじと叫ぶ貴族だけではなく、立地条件や利益の繋がりでレオの味方をしている者だっている。そんな者達にとってレオの不安定さは自分の破滅を招きかねず、場合によっては泥船から脱出する必要があった。


(しかし逆賊に降るのも……)


 だがそういった者達にとって問題なのは、脱出した先が逆賊というとんでもない汚名の持ち主であるジュリアスなことだ。名誉と面子で生きている貴族にとってこれは厳しい。勿論ジュリアスが勝てば、国を裏切っていたレオの真実に気が付き、義挙に加わった者として名が残るだろう。しかし、内乱が長引けばレオ陣営から逆賊に降った裏切り者として非難され、万が一レオが勝てば一族郎党皆殺しになったうえで、永遠に裏切り者として名が残ってしまう。


「待てよ? アゲートに集められていた物資はどうなっている?」


 ここでふとレオが、内乱前に旧エメラルド王国領土の復興拠点の一つとして稼働していたアゲートを思い出した。あくまでアゲートの地だ。そこを治めている者の顔など必要なかった。


「さて、本国からの物資は止まっている筈ですので……ですが多少の蓄えはあるのではないかと」


 一人の貴族が、少々曖昧だが現実的な判断を下す。復興事業はサンストーン王国が主導しており、内乱が起こったため止まっている。そのため現在は復興活動の拠点として稼働していないが、アゲートの中が完全にすっからかんとも思えなかった。


 つまり彼らにとって忌むべきアゲートは、この程度の認識だった。


「アゲートの兵力はどの程度だ?」


「はっ。確か国境貴族からの報告では、送られてきた援軍は三百程度だったかと」


「ふん。無能め、頑張ってかき集めたと見える。ならば残した兵力を合わせてもたかが知れているな」


 続けられたレオの質問に、また別の貴族が答える。


 これだ。ジェイクがまさに恐れていたことだ。国力を過小評価されたことではない。


 都合よく途中で情報が入れ替わることだ。


 アゲートから直接援軍を送られたエバンはレオ陣営に対し、確かにアゲート大公が率いてきた兵力は二千ほどだと報告していた。


 都合が悪い。


 当時のレオは行方不明であり、国境貴族に援軍を送ることができなかった。その後に無事を宣言したレオに国境貴族は使者を送ったが、使者はあくまでレオの無事を祝うために送られており、アゲートの兵力や詳しい戦況については、一旦事務方で纏められた。


 国境貴族は複数いるため、そうでもしないと日が暮れるどころの話ではなくなる。しかもレオは逆賊ジュリアスを討伐するために忙しく、使者の面会をできるだけ纏めて短時間だけ行ったせいで、エバンの使者はアゲートの兵力についてレオに直接言うことができなかった。あるいは……場の空気ではなく別の要因に言わせてもらえなかったか。


 結果的にアゲートの兵力を知ったのは、国境貴族からの詳細な報告を文章で受け取った文官だが、彼がどう思ったかというと。


(アゲートが二千の兵力だって? 忌むべき地にそんな兵力がある訳ないだろ。それが本当だとしても、エバン子爵のところはアゲートのお陰で勝ったみたいになるじゃないか。アゲートは兵力三百をなんとか集めてやってきたものの、エバン子爵はほぼ独力で、自滅したサファイア王国の軍を打ち破った。これでいこう)


 自分達に都合が悪いと思い報告を改竄した。


 レオ陣営にとってみれば、サファイア王国の侵略軍を打ち破ったのは、傘下の国境貴族によるものでなくてはならない。アゲートという異物は必要ないのだ。


(ライアン・サファイアの討ち死に関して……これは修正できないな。エバン子爵に与える褒美なんて捻出できない。だがアゲートならそんなことをする必要がないから、このままでいいか。いや、恐らくアゲート大公軍の放った流れ矢が命中した。こうするか? いやいや、不確かな流れ矢だとエバン子爵が褒美を要求する余地を残すな)


 尤も、ライアン・サファイアの死だけは面子ではなく財布の都合で正確なことが伝わったが。


 レオは裏切った近衛と違い、完全に身内な国境貴族の戦果を改竄する者などいないと思う、どころか考えてすらもいなかった。だから直接確認せず、親書に記された戦果を纏めておけと文官に命令して、一刻も早くジュリアスを打倒するための準備を整えようとした。


 とはいえもし国境貴族の報告を改竄しようが、褒美を渡す際に話が合わずすぐ露見することなので、本来なら問題が起こるはずもない。


 だが褒美を与えるつもりがないアゲートなら話が変わる。どれだけ過小評価しようが問題ない。


「アゲートから送らせるのはだめだ。無いと言って誤魔化すのは目に見えている。それなら五百人の使を送ってあるだけ持ってこい。まさか五百人を動かすこともできないとは言うまいな?」


「た、多少の時間をいただければ……」

(し、使者なら大丈夫。それにアゲートなら戦にもならない……)


 レオが使者と強調した意味を貴族達は正しく受け取った。アマラとソフィー、アーロン王が関与しているアゲートに攻め入る危険性は、彼らも分かっている。もしくは金を集められずレオから攻められている貴族たちは、責任逃れのために多少にしたかった。


 だから危険な世界で使者が死者にならないよう武装させて、アゲートが快く提供した金と物資を持って帰らせるだけである。


 問題なのは金を着服して逃げないような身元のしっかりしている者達は、ジュリアスがいつ襲来してもいいように備えている者達だ。更に元から厳しい台所事情であるため、五百人といえどもそう簡単に動かすことができず、準備に多少の時間が必要なことだ。


「それと税を引き上げる準備をしろ。アゲートの金だけで戦えるはずもない」


 それと合わせ、次いでレオが発した言葉は彼の運命を決する決定的な決定だった。


 ◆


 余談だが別に使者の数が五百だろうと十万だろうと関係ない。彼女達は己の影響力を正しく認識して算段をしている。


 だから単なるサービスなのかもしれないし、もしくは……。


 覆う覆う覆う。サンストーン王国を覆う。


 襲う襲う襲う。サンストーン王国を襲う。


 未だ【傾国】ですら抗えぬ力が覆う。


【戦神】、【政神】の神スキルなど児戯だと笑う力が襲う。


 だが……全てその力のせいなのだろうか?


 誰が真なる無能なのか。有能のか。その疑心暗鬼一つとっても世界を崩壊に導きかねない力が世に満ちていた。

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