次の季節の間で詰みかけている者達

 サンストーン王国はグダグダというか混沌としているというべきか。だが、それでも明確に詰みかけている者がいた。


(どうにもならんかもしれん)


 その中の一人であるアボット公爵が、自らの禿げ頭をつるりと撫でながら苦悩していた。


(せめてレオ殿下と近ければ……)


 悩みはレオがいる場所とアボット公爵領の位置関係が原因である。


 レオは配下に分け与えた旧エメラルド領を中心にして勢力圏を築いているが、アボットの領地はそれとは正反対の山間部に位置していた。しかも間にジュリアスが占拠した王都一帯の勢力圏が存在するため、下手にジュリアス打倒を掲げると、戦力の少ないアボット達はそのまま捻り潰されるだろう。


 それ故にレオと歩調を合わせ、ジュリアス陣営を挟んで攻撃する必要があるのだが、レオと情報のやり取りをするのが非常に困難だった。


(怪しまれているからな。苦労を掛けているが使者は無事にたどり着けるか?)


 アボットは、今は時間を稼ぐためジュリアスに煮え切らない返事をしているが、レオ殿下が出陣した暁には必ずこちらも兵を起こすと手紙を書き、使者に持たせてレオの下へ向かわせた。


 しかしジュリアス陣営は煮え切らないアボット達がレオと接触することを恐れて領地の境を監視していた。そのせいで使者は非常に苦労しながら秘密裏にアボット公爵領を後にして、そこから更に山を越えながら、できれば移動が速い海路で行きたいが、港の監視が厳しければ最悪陸路だと考えている真っ最中だった。


 これが王都で起こった暗殺騒動や、レオの婚姻パーティーが延期されているらしいという単なる情報なら、頭の中に入れたらいいだけなので苦労しない。しかし、ことは軍事行動に関するものであり、どうしてもアボット直筆の手紙と公爵家の紋章入りの封蝋が必要であり、それがジュリアス側に露見しないようにするため移動が遅かった。


(いやそもそも、レオ殿下が軍を率いる前にこちらが滅んでいるか?)


 アボットが天井を見上げてこれからの未来を予測する。


 のらりくらりとジュリアス側の恫喝に近い服従要求を躱しているアボットだが、それも限界に近いことを察していた。今彼が生きているのは、ジュリアス陣営が対レオの他に戦線を抱えたくないと考えているお陰だ。しかし、レオに動きがないのであれば、弱小のアボットを先に叩き潰そうと考えるのは自明の理で、残された時間は殆どないだろう。


(転移魔法と世界中に張り巡らされた情報網が欲しい……)


 嫌な予想をしたアボット公爵は、ついつい現実逃避のような願いを持ってしまう。


 もし転移魔法が使えたらレオ陣営との意思疎通は非常にスムーズに行えるし、世界中に構築された情報網があるなら、ジュリアスの檄文で混乱することもなかっただろう。


(分かりきっていたことだが、私に乱世を乗り切る力はないな)


 アボットはジュリアスに単独で対抗できず、旗色を鮮明にすることだけでも手古摺っている自分は、所詮その程度の存在だと自虐した。しかし、この遅さが思わぬ命拾いに繋がることになる。


 一方、詰みかけていると憂鬱になるどころか明確に詰んでいる者達がいた。


 ◆


(詰んだ……)


 サンストーン王国の国境貴族エバンが、心労で禿げそうになるほど思い悩んでいた。いや彼だけではない。サファイア王国と戦った国境貴族全員が似たようなものだ。


(フェリクスがアゲート大公の御用商人なのはやはり間違いないようだ……)


 原因は彼ら国境貴族に様々な援助をしてくれたフェリクス商会が、アゲート大公国で御用商人の地位にいることが判明したせいだ。


 これはアゲートの商業活動が更に活発化したことによる余波だ。情勢が不安定な国境貴族の下にもアゲートで活動し始めた商人が訪れ、アゲート大公国の御用商人であるフェリクス商会と付き合いがあるのは重々承知しておりますが、私達も負けてはいませんと売り込みをかけたことによって発覚した。


「俺達はアゲート大公に支援されていたのか!?」


「援軍にだって来てもらってるんだぞ!?」


 そして国境貴族たちはパニックになった。


 これでフェリクスが自分たちを支援してくれたのは、商人の個人的なものだと思う馬鹿はいない。どう考えてもジェイクの意思があったことは明白なのだが、困ったことにジェイクと国境貴族の主であるレオの関係は冷え切っていた。


(レオ殿下には領地持ちの貴族にして頂いた恩がある。しかし、アゲート大公はサファイア王国との戦で援軍に来てもらた上に物資の支援まで……)


 エバンが胃に穴ができそうなほど思い悩む。


 レオとジェイクの最悪な関係を、当事者として誰よりも知っている国境貴族は義理と恩で完全な板挟みとなっていた。


(もし、もしこれでレオ殿下がアゲート大公国に攻め込んだ日には……)


 エバンの脳裏に最悪の想定が浮かぶ。


(アゲート大公が捕縛されたら助命嘆願。落ち延びるためにこの領地を通る場合は気が付かないふり。ないとは思うがレオ殿下の命で動員されそうになったら、サファイア王国に備える必要があるから無理だと断る。こ、これが限界……!)


 義理と立場で板挟みになっているエバンや国境貴族は、ジェイクに直接味方するようなことはできないが、不利になるようなこともしないと思い定める。貴族という絶対的な身分社会で、主であるレオの考えに反する行いはかなり危ない橋を渡ることになるが、なにもしない訳にはいかなかった。


 アゲートは国境貴族とレオの勢力圏に挟まれている位置なため、これで事実上、レオ陣営がアゲートを包囲することは不可能になった。


 しかし……国境貴族は思い込みがあった。レオがアゲートとの戦いで勝つという思い込みが。


 自分の力量と武功で地位を勝ち取った国境貴族は貴族の常識と政治に少々疎い。そして自らこそが至高であると無意識に思う王家もついつい軽視してしまう。


 だから政治的なリスクを考慮できない。


 ジェイクがアゲートを治めているのは、人の形をした“古代の王権”である双子姉妹が要請して、サンストーン王国の頂点である“王”が認可した形になっている。そんなアゲートに攻め込むのは、少なくともサンストーン王国内では想像を絶する政治的リスクを孕んでいた。


 尤も、王命なら無視した実績がある者がいる。レオだ。

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