次の季節への準備

(はて、なんの御用だろうか?)


 アゲートで大公の右腕扱いされているチャーリーが文官と武官の代表者数名を連れ、ジェイクの執務室に足を運んでいた。


(ひょっとしてレオ殿下とジュリアスが軍事行動を?)


 ジェイクから主だった者達と話したいと告げられたチャーリーは、ついにレオとジュリアスが戦場で相対しているのではないかと考えた。


 当たらずとも遠からずと言ったところか。


「レオ殿下のところがおかしい。パール王国との婚姻パーティーが延期されているのは皆も知っているだろうが、それ以降全く音沙汰がない」


 チャーリー達を出迎えたジェイクが、難しい顔をして困ったように、レオが大々的に発表したパール王国との婚姻が、なんの進展もないと首を傾げた。


 よく言ったものである。ジェイクはその原因である暗殺騒動について、限りなく正しい情報を所持しているのに、心底分からないという表情を作り出していた。


 尤も、言える真実と言えない真実がある。公式には逆賊ジュリアスに対抗して、レオに付き従っている形のアゲートでは、ジュリアスの大義を補強する暗殺騒動の真実は言えない方に分類されていた。そのためジェイク達の他に真相を知っているのは、特殊なスキルを使って暗殺者達の遺体と血などの後始末をした元黒真珠の構成員だけだ。


『当たり障りのない説明を考えましたわ。アゲート大公は突然現れた秘密諜報部隊を雇い、謎の暗殺者部隊を返り討ちにした。これでいきましょう。自分で言っておいてあれですが、そう的外れでもないのが面白いですわね』


(言えるか!)


【無能】の提案にジェイクが即答する。


 特に現在の情勢でパール王国に所属していた元黒真珠がジェイクに協力していることを知られると、即座にレオが軍を差し向けてくるだろうし、ジュリアスは嬉々としてジェイクも裏切り者だと宣伝するのは間違いない。それ故に秘密は秘密にするしかなく、元黒真珠の女達もそれを望んでいた。


 報告連絡相談は基本だが、時として知る必要がないという言葉が尊ばれるときもあるのだ。


「そこで本題に入るが、レオ殿下へのパール王国の援助は、婚姻と一緒に進められていた話だ。このまま話が止まった場合、レオ殿下は増税して戦費を確保するかもしれん。だが恐らくそれでも足りないだろう。そうなると……アゲートにも資金の提供を求められる可能性が高い」


 ジェイクは苦悩に満ちた表情になる。


 今まで放置されていたアゲートだが、スライム情報網から届けられるレオ陣営の状況は、切羽詰まっていることが分かるものばかりだ。それを考えると、レオが役立たずの無能に金だけは送らせてやってもいいと思い始めるのは時間の問題だった。


(好き勝手を……)


 ジェイクの予想に、チャーリー達はレオに対する嫌悪と怒りを感じた。


 レオが命じたことではなかったが、アゲート大公国はレオ傘下である国境貴族の救援に、ジェイク自ら出向いているのだ。それなのにレオは労わるどころか使者を実質追い返している上に、延期されているがパール王国との婚姻パーティーに関しても、レオはジェイクを招待せず無視しているのだから関係は冷え切っていた。


(これで金は出せと?)


 それなのに金を出せは道理が通らないというのが、チャーリー達家臣一同の本音だった。


「腹を割って話す。私は金を送った後、レオ殿下に用済みだと攻め滅ぼされることを恐れている」


 属国の君主が明確に宗主国の第一王子を危険視しているのだから、ジェイクの発言は政治的に危険極まりない。


「仰る通りかと」


 だが家臣達は同意した。


 常識外れなレオの行動によって、家臣達はレオがどんな無理無体でも平気でやる人間だと認識しており、アゲートの金を根こそぎ奪った後に攻めてくるという、通常ではありえないことが起こりうると思ったのだ。


「それにだが、レオ殿下の領地で増税となると足元が少しな……」


(確かに)


 ジェイクが暗にレオは泥船だと表現すると、家臣は僅かに緩んだ雰囲気になる。


「とにかく、許容できる範囲の金額ならいい。だがアゲートのなにもかもを根こそぎ持っていこうとするなら話は変わる。そして降ろうにも相手が信用できない以上、手を払いのける必要がある。あくまでレオ殿下の出方次第だが、表向き逆賊ジュリアスに対抗するためとして武官は軍をいつでも動かせるように。文官は予算を調整せよ」


「はっ!」


 家臣達は大真面目に、レオによってアゲートの民は戦のための奴隷として連れていかれ、財貨の全てを奪われることを危惧し、ジェイクの命令によって動き出した。


 チャーリーがサンストーン王国に降伏した時とは全く状況が違う。降伏や条件を呑むのにも最低限度の信頼が必要であり、それが全くないどころか常に最低の下に位置するレオが無理難題を押し付けてきた場合、アゲートは抵抗せざるを得なかった。


「父上、レオ兄上、ジュリアス兄上。手向かいしますぞ」


 チャーリー達が去った後。ジェイクの呟きを傍で控えていたリリーが耳にした。











 ◆


「は? フェリクスはアゲート大公の御用商人だと? いつからだ?」


「それがどうも、サファイア王国との戦争前からなのは間違いないようで……」


「つまり我々は……」


「ずっとアゲート大公から支援してもらっていたのかもしれません……」


 そしてサファイア王国との緊張が続いているせいで、陸の孤島とも言えるサンストーン王国の国境貴族がようやく届いた真実を耳にした。


 多分、完全に身元を隠さないほうがいい感じで儲けになるんじゃないかとニヤついた奸婦の勘は、金とは微妙に変わった形となる。それはレオとジェイクの争いに、国境貴族が完全に動けなくなることを意味していた。

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