次の季節

 自称教育係が戦争分析班の胃を痛めていた頃、主君であるジェイクは愛する女達と一緒にいた。


「ふむ。エレノア教の神殿に、市民が司祭の様子と大神殿の現状を確認をするため訪れているか。結構なことだ。なあイザベラ」


「はい。皆さんお優しくて嬉しいです」


 ソファに座り、スリットが深いドレスを着ているのに足を組んだアマラが、イザベラににやりと笑いかける。アマラの太々しい笑みはまさに悪女であり、イザベラは女教皇に相応しい慈愛の笑みだった。


 彼女達が手に持っているのは、元黒真珠とエレノア教の司祭が作成した報告書で、アゲートの様子が事細かに記されていた。


 それによるとチャーリーが感じていた通り、アゲート中がエレノア教の司祭を気にかけ、サンストーン王国の大神殿を心配しているようだ。


 その心配されているアマラとイザベラは、ジェイクを真ん中に座らせて挟み込み、ソフィーはその後ろで彼の髪を切りながら、魔法で切った髪を浮かべて後片付けがしやすいようにしていたが。


「専属の理容師を雇える立場でしょうに」


「ソフィーがいい」


「ふっ」


 わざとらしいことを言ったソフィーだが、ジェイクが望み通りの答えを返してきたので、アマラと姉妹そっくりなにやりとした笑みを浮かべる。


 アゲートにいたころからジェイクの髪を切るのはソフィーの役目だった。なにせジェイクは大公として相応しい身嗜みには気を遣っているが妙なところでずぼらなため、彼の頭に鳥の巣ができる前に散髪をする必要があった。


(いやあ、世の中ひっくり返る光景やで)


 エヴリンはそんな原初の王権に連なる双子姉妹と、世界で最も権威ある教皇に囲まれている、弱小のアゲート大公の構図に心の中で苦笑する。もしこんなことが起こっているのだと声高に主張しても、その者は狂人のレッテルを張られるほどあり得ないことだった。


(本当は街の様子も含めてお忍びで確認するのが一番なんだけど、暗殺者を送られる立場だからなあ)


『あらあら、お忍びされるなんて。できる文官の私が先回りして商店の棚を埋め、掃き清めることもできないですわ。大公陛下には素晴らしい街の様子を見てもらいたかったのに』


(それをされるとマジで困るからお忍びなんだよ。実態を飾り付けられると的外れなことになる)


 一方、高貴な女達を侍らせているジェイクは、自称できる女こと【無能】と話し合っていた。


 この大公は元黒真珠、司祭、エヴリンの息がかかった商人達という、アゲートの正規な指揮系統から外れた情報網を所持しており、それを照らし合わせて家臣達と外部の情報にズレがないかを精査していた。


『あ、いいこと思いつきましたわ。目標の数値を決めて必ず、絶対、死んでもこれを達成しろと命令して、できなかったら首を撥ね飛ばすと脅しましょう。そうすれば皆が頑張って成し遂げてくれますわ』


(そうだな。必ず、絶対、死ぬことになろうが数値を改竄して達成できましたの報告が上がってくる)


『おほほほほほほほ! 恐怖の利点と欠点については今更ですわね!』


(一滴垂らすのは組織を引き締めるために必要なことだ。しかし、間を置かず飴も与えてないのに二滴連続で垂らすと、途端に虚飾と恐慌を生む)


『おほほほほほほほほほほほほほ!』


 見栄と虚飾、臭い物に蓋をするのは人間の本能だと思っているジェイクが恐れているのは、どこかで都合のいい情報が混ざってしまい、自分がそれを基に判断を下してしまうことだ。


 それゆえにお忍びで街の様子を確認したいと思うことがあるものの、ジェイクは暗殺者を送られる立場なのだから、おいそれと外に出ていくわけにはいかなかった。


「レイラ、一応で聞くが自分の服を作れるような才能が眠ってないか? お前が正式にジェイクと結ばれたら相応しい服が必要だが、伝手のある職人に任せると、高齢だから死んでしまいかねない」


「え? 服ですか……できないこともないような……でもやったことがないし……」


 ジェイク達とは向かいのソファに座り、アマラから突然話を振られたレイラが困惑しながら考え込む。はっきりと断言できないのは、【傾国】が着飾る必要もなく国を傾かせることが可能だから、服飾に関する才能もまた必要ないからかもしれない。


「難しいことを言ってしまったな。まあ、寸法だけ伝えて作らせるという手もある」


「皆は目と心が綺麗だから、なに着ても似合うよね」


『あなた、本当になんというか……馬鹿なんですの?』


 アマラとレイラの会話をボケっと聞いていたジェイクが脈絡もなくそう呟くと、女達全員の体温が僅かに上がる。そしてすけこましに改名しかかっていた【無能】が、心底あきれ果てたように馬鹿と評価を下した。


(我ながら初心な小娘でもあるまいに……)


 ソフィーも無表情は変わらなかったが、ほんのりと頬が赤くなっている。ぎょくのような美貌と称えられることが多い彼女でも、愛する男の無邪気な賞賛には弱かったらしい。


「ジェイク様ぁ。今夜踊り子の衣装を着てお邪魔してかまいませんか?」


「うん」


『あなた、本当になんというか……アホなんですの?』


 リリーが甘えた声を漏らすと、ジェイクは特になにも考えずに頷いた。これにはジゴロに改名しかかっていた【無能】が、今度はアホと断言した。


(自分を初心な小娘でもあるまいにとは思ったけど、ああいった若さは流石にない)


 ソフィーはジェイクの髪形を確認しながら、油断も隙もないリリーに心の中で苦笑した。千年の長きに渡る生でも精神は保護されて摩耗していなかったが、ほぼ直球な誘い文句を口にするのは気恥ずかしさがあるようだ。


「そ、そういえば、私の服のことについてお話しされたということは……」


「はい。お金がないので日に日にレオ王子の陣営は厳しくなっているようです」


 レイラが気を取り直して質問すると、イザベラが慈母のような笑みを浮かべながらうっすらと目を見開いて答えたが……その慈母の姿は見た目だけだ。


「いよいよその時が来た」


 ソフィーが占い師としてではなく、強勢を誇っていた筈の古代アンバーの内乱と、その後の様々な国家の興亡を見届けた生き証人として一言漏らした。


 時代は暗闘と謀略の季節から、内乱の季節に動き出そうとしていた。

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