健康診断が必要な者たち
アマラの健康診断で問題なしと判断されたジェイク達だが、アゲートでは健康診断すればチャーリー以外にも引っ掛かること間違いなしな者が他にもいる。
「では始めるが、戦争分析班では忌憚のない意見を必要としている。思ったことはなんでも言って欲しい」
アゲート城で勤める三十代の中堅武官の一人、グレイソンがそう宣言した。彼がいるアゲート城のそこそこ大きな部屋では、武官や文官達が妙にしかめっ面で椅子に座っている。
今から始まるのはアゲート大公肝いりで発足した、戦争で起こったことを纏めて蓄積し、分析する戦争分析班の会議だ。
「まず考える必要があるのは、サファイア王国と逆賊ジュリアスの関係だ」
グレイソンがそう言いながら、当時の状況を思い返す。
戦争分析なのだから、議題はアゲートが経験した直近の戦いであるサファイア王国との戦争になる。しかしこの戦い、どう考えてもジュリアスの反逆と結びつくため、それを避けては通れなかった。
「まず大雑把に、サファイア王国がジュリアスを利用したのかその逆か。もしくは共謀関係だったか」
「うむ。私の意見としては、サンストーン王国とサファイア王国は特別親しい関係ではなかった。それを考えると、ジュリアス側の文官だけがサファイア王国に派遣されてどこにも気が付かれることなく、挙兵のための陽動を頼むのはいささか無理があるように思える。なによりジュリアスが反逆してからサファイア王国が進軍をしたのだから、得をしたのはサファイア王国だけだ。つまりジュリアスの焦りが利用されたように思う」
「確かに」
文官と武官たちが意見を交換するというよりかは確認をし合っている。
開戦前後に起こった事を考えると、サファイア王国とジュリアスに密接な関係があるように思えず、ジュリアスは他国に踊らされたように見えた。
(大公陛下が似なくてよかった)
そうなると文官と武官達は、ジェイクが兄のジュリアスに似なくてよかったと心底思う。幾ら国を富ますことが上手かろうが、どう考えても他国に踊らされたジュリアスと、アゲートを富ませながらサファイア王国に果断に対応したジェイクとでは真逆の評価だ。
(陛下の果断さと聡明さ。口には出せないが、忌々しいレオとジュリアスのいいところだけが合わさっているのではあるまいか? 兄二人は専門の分野で陛下の上だろうと、尖りすぎて欠点が大きすぎる)
更に家臣達は、サンストーン王国の属国であるアゲート大公国に所属しているため表立って言えないが、自分達を軽視どころか無視している忌々しいレオと、ジュリアスのいいところだけが合わさっているのが、自分達の主君であるように思えた。
「そうなると、サファイア王国はジュリアスが反逆する前提で計画を練って、戦端を開いたことになる。サンストーン王国と話し合っていた不可侵の条約の件は、最初から破るつもりの謀略か」
「いえ、反逆が起こっても起こらなくても、どちらでもいいように備えていたのでは?」
「あり得るな。反逆したなら攻め込み、しなかったらそのまま不可侵の条約を結ぶつもりだった……少し見えたかもしれん。戦争派と外交派でかなり激しくやりあったのでは? 纏められず妥協の折衷案でそうなった可能性がある」
「ふうむ。外交を無視した奇襲戦争は、旧エメラルド王国がパール王国を亡国寸前まで追い込んだ実績がある。軍はそれだけに注目したか」
「サファイア王国の王と、ライアン・サファイアの考えはどうだったか。第二王子とはいえ、王太子が病弱なら次の王は奴だった。そうなると次期王として武功を求めていたか? 戦争に賛成寄りだった?」
「だが王と次期王なら、横紙破りの拙さも考える必要があるだろう?」
「さて……古来より武功に目が眩むのは枚挙に暇がありませんからな……ましてや領土が増えるという誘惑に王が耐えられるか……実例もごほん」
「我々が思っているよりもずっと宮廷では意見の対立が深刻だったのでは? そのためライアン・サファイアこそが、折衷案を出した張本人の可能性もあります。案外、総大将だった奴も、ジュリアスが反逆に大方成功したせいで、出陣せざるを得ない状況に陥り、不本意だったかもしれません」
流石はエヴリンによって人材整理が行われても、ちゃんとした地位にいる者達だ。誰かの顔色を窺うことなく、自分の意見を口にする。
実はサンストーン王国の国境貴族は捕虜にしたサファイア王国の貴族に、いったいなにを考えて横紙破りをしたのだと厳しく問い詰めていた。しかし、宮廷政治に関わるような最上位の人物はなんとか逃げおおせた、もしくは最初から戦地にいなかったため、サファイア王国の考えの全貌は突き止められていなかった。
だがこの場に集まった者達は、ある程度とはいえ正解を導き出した。若干違うところと言えば、ライアン・サファイアは奇襲戦争に不本意だったのではなく、とりあえず武官と文官の対立を抑えようとしただけであり、無意識に勝てば横紙破りという不都合もプラスになると思っていたことだろう。
「しかし、ライアン・サファイアがどうして稚拙な軍の動かし方をしたのかが分からない。不本意でやる気が無かろうと、軍事行動でやってはいけないことばかりしているぞ」
吐き捨てるようなグレイソンの言葉に、妙にしかめっ面だった全員がはっきりと顔を顰める。彼の言葉こそが、ここにいる全ての者にとってある意味での大問題を引き起こしていた。
かなりの部分でサファイア王国の行動が理解ができなかったのだ。
「大きく分裂した軍、同格の貴族を汲ませた指揮系統の曖昧さ、途絶えた補給。これをどう分析するべきか……」
サファイア王国軍の行軍は、ほぼ全てライアン・サファイアの頭の中で行われたため、知る術が無くなっていた。それ故にこれまた捕虜を尋問しても詳しいことが分からず、未だにアゲートとサンストーンの国境貴族は頭を抱えていた。
「むう……」
そのためこの場に集まった者達は、唸りながらあり得そうなことを想定するが、少々荒唐無稽な意見になってしまうため言葉にすることができない。
「マックス。どうしてサファイア王国は軍を細かく分けて、同格の貴族を組ませたと思う?」
意見が止まったことで、グレイソンは同期の軍人でお調子者、もしくはムードメーカーと言えるような性格のマックスに話を振った。実直な軍人であるグレイソンと正反対なマックスだが不思議と馬が合い、軍内だけでなく私生活でも仲が良かった。
「砦を囲んだらすぐ落とせると思ったから!」
「ううむ……確かに当時の情勢ならなくはない……のか?」
マックスの意見にグレイソンだけではなく幾人かが、首をかしげているようにも、頷いているようにも見える曖昧な動きをする。
当時の情勢はジュリアスが王都を制圧し、国境貴族の主であるレオが行方不明だった。それを考えとすぐ国境貴族が降伏する可能性もなくはなかったため、完全な的外れとは言いにくかった。
しかし、サファイア王国の失点はそれだけではない。
「補給が明らかに途切れていた原因は、もう送ったと思ったから。金銀が満載された馬車は、後方ではもう砦を落としたと思ったから。周りが止めなかったのは、誰も責任を取りたくなかったから。よし! 全部片付いたぞ!」
「んな訳があるか!」
「他にどうやって説明しろって言うんだ! はっきり言うがサファイア王国の連中、底抜けの馬鹿で無能としか言いようがないぞ!」
「それはそうだがもっとこう……色々あるだろ!?」
マックスはその失点を一気に述べて考えられることも付け足したが、常識が足を引っ張るグレイソンはなんとか正しい答えを導きだそうとした。だが困ったことに失点が多すぎるせいで、サファイア王国がどうしようもない無能だと評価せざるを得ないのだ。
(無能という可能性もあるといえばあるんだろうが……相手はれっきとした国家に所属する王子と貴族たちだ。無能揃いとは考えにくい。だが起こったことはまさに無能だ。本当にどうして
実際、口には出さなかったが幾人かはマックスと同じ意見を持っていた。尤も、心底から自分の意見を信じられず、果たしてサファイア王国はそれほどの無能しかいない国家なのかと自問自答する羽目になった。
「普通は作戦目的を達成するのに必要な兵糧、兵、指揮系統を準備したとしても、不測の事態を考慮して余裕を持たせておくはずだ! それなのに予備が機能してないどころか、あったかも疑わしい状況なんだ! 俺だって論理的にいろいろ考えたが、考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうになる! 楽観と思い込みだけが軍を動かしたとしたらああなるんじゃないかと思えてくる始末だ!」
「むううう……!」
マックスの絶叫をこの場にいる全員が否定できず、グレイソンも唸るしかない。
実際まさにその通り。サファイア王国は楽観で軍を動かして戦力を分散させ、中抜きと誤認の思い込みによって補給を自ら寸断し、最終的に各地で散々打ち破られたのだ。とはいっても、そんなことは直接見たとしても信じられないような間抜けぶりである。
(い、胃が……)
立場上、この場で出た意見を資料にする立場のグレイソンは、サファイア王国が馬鹿だったという意見に反論がありませんでしたと書かなければならない。そのため彼は、自分の胃がはっきりと悲鳴を上げる音を聞いてしまった。
だがこれはまだ序の口。以降も戦争分析班に参加した者達の苦悩は続くのである。
◆
『罪悪感はありますが、私のことを教える訳にはいきませんからねえ。ジェイクには……ま、先の話ですわ』
◆
後書き
どうしてもこの視点が書きたかったです……。
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