健康診断
イザベラ、アマラ、ソフィーがアゲートに訪れるのは、情報交換と先のことを話し合うためだが、他にもある意味最も重要なことがあった。
「ふむ。肌艶は変わっていない」
アマラがジェイクの頬に手を当てて肌の状態を確認する。
スリットの深いドレスを着た妖艶な美女アマラと、男であるアゲート大公の密会が今まさに。という訳ではない。
「目の充血はない。口は……問題なし」
アマラがジェイクの目や口を確認して頷く。
スキル【製薬】を所持するアマラは立派な薬師であり医師でもある。その上、千年に渡る経験の持ち主なのだから、不世出の天才が生きていた時代以外は、世界一の技量を持っていると言っても過言ではない。
それ故に、不老不死の薬に適合できなかった各国の王達は、なんとかアマラが医師として傍にいてくれないかと思った者が多い。しかし、古代の王権に連なる者に表立ってそんなことは言えないし、相談役だってどこも断られていた。
その医師と相談役、それどころか女としてのアマラが傍にいると誓った男が、現在健康診断を受けているジェイクだ。
「疲労は?」
「最近はあんまりないかな。家臣団が仕事を回してくれてるから、俺は方針を決めて責任を取ることに専念できるし」
アマラの問診に答えるジェイクに、エヴリンがニヤリと笑った。
壊滅した貝が子供騙しと断言した人材募集だが、条件自体はこの時代を考えると破格なものだ。そのため騙された者は結構多かったが、彼らは自分達の判断の正しさを証明した。
元々アゲートで勤めていた者で毒にも薬にもならない存在は使い道があるが、中には害にしかならない者もいる。そういった腐った果実は異常なエヴリンの嗅覚で取り除かれ、空いた席にはアゲートに金を齎す有能な者が座らされただけでなく、国家事業が拡大しているため新たな席が次々に生まれては担当者が決められていたのだ。
そのため新たな人材にとって募集の謳い文句の通り、働きと能力に合わせて昇進昇級と高収入、頑張りを評価する風通しのいい職場だった。
お陰でサファイア王国の一件が落ち着いた現在、ジェイクは対レオとジュリアスの問題に専念することができているため大助かりである。
「毎度言っているが、疲労は体調を崩すきっかけになるから気を付けろ」
「分かった」
『おほほほほ! スキル【すけこまし】、じゃなかった。私は【無能】、私は【無能】。よし! スキル【無能】所持者が風邪の心配をするとは! 馬鹿は風邪をひかないは、風邪をひいても気が付かない鈍感さの意味ですが、無能の場合は読んで字の如くでしょうか! ま、私の領分ではないので健康には気を付けることですわね!』
(無能の領分ってあるのかよ。あ、改名できるならしてくれていいぞ。すけこましとか以外で)
『お黙りあそばせ!』
忠告するアマラには素直に頷くジェイクだが、【無能】のそれこそ馬鹿騒ぎに付き合わず、最近アイデンティティーが崩壊しているスキルに改名を勧めた。
「ジェイクには百まで生きてもらわんとな」
「まあ頑張ってみるよ」
「ふっ。期待しておくとしよう」
ジェイクと【無能】が心の中で会話している一方、アマラが愛する男の頬を撫でる。それに対して軽く答えるジェイクだが、彼もアマラも本気の言葉だ。
千年の悠久の時間より、愛する男との僅かな生を望むアマラであっても、短すぎるのは御免だ。それ故にこそ彼女はジェイクの健康に気を遣っていたし、ジェイクはジェイクで女達を置いていかないように努力していた。
「ジェイクは問題なし。さて……」
ジェイクが健康だと判断したアマラが、彼の時とは違う気合を入れる。
「不調はないか?」
「は、はい」
「なら健康だな」
アマラがレイラに質問をして結論を下す。
その気合の名は匙を投げたともいう。
(人間の領分ではない)
アマラに言わせてみれば美の化身レイラの体から、不調の証を見つけるのは不可能だった。肌質一つとっても人体とは思えず、口腔すらも理解しがたい完璧さなのだから、医師としての知識が殆ど役に立たなかった。
「真面目な話をしよう。まだ経過観察だが、光ったように見えたという現象がなにかの不調に結びついている兆候はない。ソフィー」
「生命エネルギーの喪失もない。尤もリリーの推測を検証できないから、なにが起こっているかの結論は下せない」
『おほほほ! そういった欠点があったら成功作とは言えませんからね!』
アマラが医師として、ソフィーが魔術の専門家として意見を述べる。
レイラが光り輝いたように見えたことでなにかしらの影響があるのではと懸念したジェイク達だが、アマラとソフィーが彼女の体を念入りに検査しても何も出ないばかりか、人間とは思えない美を再確認させられただけになった。そして、リリーの推測、【傾国】は全スキルを内包しているのではないかという考えも共有されていたが、あれ以来レイラはその境地に至ることができず、検証を行うことができていなかった。
「まあ千年を生きてたら、健康か不調なのかは見れば分かるようになるが、その勘が言うには健康だ」
「分かりました」
レイラは人生の大先輩であるアマラがそう言うならそうなのだろうと頷きながら納得した。
「次はエヴリンだ」
「はい」
次にアマラが診察したのはエヴリンだ。
「全く問題なし。というか前の診察よりも肌艶がいいな」
「稼いでますから」
「言うだろうと思った」
アマラが見たところ、ニヤリと笑うエヴリンは不調の兆候があるどころか以前よりますます艶めいていた。
パール王国から合法的に分捕った船舶と船乗りはエヴリンの手足となったが、それはこれまで彼女に足りていなかったものだ。
どこでなにが安い、あちらで売れば儲かる。それが分かっていても手足が無ければ話にならない。逆を言えば解消されてしまえば、歴代のスキル【奸商】所持者最高の女は金と共にある人類社会で最強なのだ。
ちまちまと増やすだけではなく一気に分捕った手足は、エヴリンのあそこでこれを買って向こうで売って来い。これは値上がりするから少し保管するという一度も間違えない指示で、アゲートに恐ろしい程の富を齎し始めていた。
そんな笑いが止まらない状況なのだから、金の化身が不調になる筈がなく元気も元気だった。
「次はリリーだ」
「はい!」
エヴリンは全く問題ないと判断したアマラが、最後にリリーを診察する。
「至って健康……なのはいいが、肌艶がいいのはジェイクと寝ているからと言いそうだな」
「えへへ」
アマラの言葉にリリーがはにかむ。
最高の殺人兵器として生み出され、名実ともにまさに最高傑作として完成しているリリーが体調を崩すことはない。しかしアマラの見立てでは、愛する男と同じベッドで寝ていることがリリーの褐色の肌を艶めかせていると見ていた。
実際リリーは至高の男殺しの肉を持つ食人植物の癖に、ジェイクと一緒に寝ていることが嬉しくてたまらず、心が非常に充足していることが肉体にも表れていた。
「全く問題なし」
アゲートのジェイク達が体調を崩していないと判断したアマラだが、身内に一人だけ健康診断をやんわり断っている者がいた。
(万が一気づかれると困りますからね)
その様子をニコニコと見つめていたイザベラが、医師アマラと魔術師ソフィーに正体を気が付かせていないのは、流石は千年も人の世に溶け込んでいる怪物だと言えるだろう。
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