苦境

「うふふふふふふふ」


「ご機嫌だなイザベラ」


「はい! 明日はジェイク様にお会いできますから!」


 エレノア教の大神殿の一室で、満面の笑みを浮かべているイザベラにアマラが話しかけた。明日は定期的に行われているジェイクとの情報交換の日であり、イザベラ達が待ち望んでいる時間だった。


「服は決めている?」


「それが中々……」


「行く前には決めておいて」


 ソフィーがイザベラに問うと、麗しき女教皇は頬に手を当てて困ったような表情になる。


 この女教皇という立場がある意味問題で、イザベラはいつも格式ある女教皇の服を着ていたが、重厚な服はジェイクに抱き着いた時に色々と不便だった。そのため柔らかな婦人服を着ることにしたが、私服を着るという経験が殆どなかったせいで、選ぶのに非常に時間が掛かるのだ。


「私にこだわりはないが……」


「似合っているでしょう?」


「ふっ。まあな」


 アマラがソフィーの服をちらりと見て、そこらの貴族より貴公子らしい姿は確かに似合っていると同意しながら口角を持ち上げる。


 アマラとソフィーも太古の王権に連なる者に相応しい、選び抜かれた職人が仕立てた服を着ている。しかし、職人もソフィーから男性用の服を注文された時は大いに困り、うんうんと唸りながら作った経緯がある。


「服で思い出したのですが、将来的にレイラさんの服で困ったことになりませんかね? もし私が職人なら絶対に引き受けたくないです」


「私もだな。それか自分の腕に絶望して引退だ」


「同じく」


 困ったように頬へ手を当てるイザベラに、アマラが肩を竦めソフィーが頷く。


 彼女達は情勢に対応するため、ジェイクのサンストーン王国に戻る決心を知っているが、そうなるとレイラも第一夫人として着飾る必要がある。だがレイラは彼女自身が至高の芸術なのだ。王宮に出入りしているような服の職人や宝石を取り扱う商人でも、レイラに相応しいものを用意できず勘弁してほしいと泣きが入るだろう。


「さて、今日はお開きにしよう」


「明日は早い」


「そうですね」


 明日に向けて早く就寝するため、ジェイクの姐さん女房三人が立ち上がる。


 そして……秘密裏に色々と運び込んでいる大神殿の中を歩んだ。


 ◆


(弱った……オリバー司祭が苦悩されているけど、流石にサンストーン王国の王都近くの方々だからどうしようもない……)


 イザベラ、アマラ、ソフィーの苦境に、アゲート大公国の苦労人チャーリーも頭を悩ませていた。


 ここ最近元気のないオリバー司祭を妙に思ったチャーリーや、司祭と縁のある人々がその理由を尋ねるととんでもないことが分かった。


 なんと誉ある古代アンバーの末裔である双子姉妹が滞在しているエレノア教の大神殿を、ジュリアス陣営の兵が囲んでいると言うではないか。


 それを聞いたチャーリーなど教育を受けている者達は目を剥いたし、オリバーを慕っている市民たちは司祭が所属しているエレノア教の大神殿を囲むなんてと憤慨していた。


(アマラ様とソフィー様には自分を含めて御声を掛けて頂いたから、同僚たちも怒ってるし……)


 アゲートの地はチャーリーを含めて、アマラとソフィーに僅かな繋がりがある。彼女達は先代領主が忌むべき地をきちんと管理していたか調査するため、ジェイクとこの地にやってきていた。そして領内のあちこちに赴いていたため、彼女達の身分では考えにくい程、案内役の木っ端貴族や現地の者との関わりがあった。


 そんな直接見たことがある天界の住人に等しい存在の住居を、アゲートの公式見解では逆賊のジュリアス兵が囲んでいるのだから、アゲートの地の者達が義憤にかられるのも無理はない。


(畏れ多いことだけど、この地に来ていただけたら安全保障の問題は片付く……かなあ? どうもレオ殿下の動向がきな臭い)


 レオ陣営とのやり取りに関する実務にも携わっているチャーリーは、レオ陣営のアゲートに関する無視が、関心がないのではなく敵意に近いもの、あるいは本当に関心がなかったが段々と敵意になっているのではないかと疑っていた。


 それ故に妄想の類だが、大神殿にいる方々がこの地にいれば、反逆したジュリアスと違って失点のないこちらに、レオ陣営はおいそれと手が出せないと考えた。


(でもまあ、どうにかして脱出できたとしても、アゲートに来るよりレオ殿下の方が可能性が高いか。それに本当に来ていただけても、レオ殿下が圧力を掛けてくるから難しい)


 チャーリーは妄想を止めて、比較的現実に考えられることを想定する。


 もし高貴なる者達が脱出に成功したとしても、頼るのはアゲートよりも勢力の大きいレオ陣営か、サンストーン王国以外の国だろう。そして何かの間違いでアゲートに来たとしても、レオが介入してくるのは目に見えていた。


(はあ、考えることが多いなあ。そうだ、エミリーにお茶を誘われてた。気分転換に休憩するくらい許されるはず)


 中間管理職なのに国家の陰謀に頭を痛めているチャーリーが、使用人の娘であるエミリーに誘われていることを思い出し休憩しようとする。どうやら女の可愛らしい陰謀には気づいていないようだ。


 そして。


「我が君ぃ!」


「ぐもももももも!」


「やれやれだ」


「いつもの光景」


 陰謀に巻き込まれている筈のイザベラが主君であるジェイクを胸に埋め、アマラとソフィーまでアゲートにいることも知る筈がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る