ベッドの中の温もり

 変化があってもそれが続くと次第に日常になる。レイラ、エヴリン、リリーにとってはジェイクと共に寝ることがそれだ。本来は暗殺者に備えてのことだったが、それが壊滅しても次がやってくる可能性があるため今日まで続いていた。


「ん……」


 いつからか疲労を感じなくなったレイラだが、それでも夜は眠ることができる。そんな彼女が朝を感じて目を覚まし、ゆっくりベッドから起き上がった。


 すると白いシーツよりも輝く長い純白の髪が踊り、その毛先の一部が隣で寝ているジェイクの頬をくすぐった。


(うん? こ、これは……!?)


 レイラは自分の手の感触に違和感を覚えたが、その原因に思い至って赤面する。彼女は寝ている間にジェイクの手を掴んでいたようで、指も緩く絡まり合っていた。


(やっぱり男の手だな)


 レイラは恐る恐る、緩く絡まっているジェイクの手の感触を確かめる。彼の手は未だ欠かしていない剣の素振りのせいで皮が厚くなっており、レイラの美術品のような滑らかな手とは正反対だった。


(もう少しでこの関係も……)


 レイラの心の声が尻すぼみになるが悪い意味ではない。ジェイクは情勢による不可抗力とはいえ、段々とレオに対する遠慮を捨て去っている。そこには一応弟だから兄より先に先に結ばれるわけにはいかないという配慮も含まれており、ジェイクとレイラ達の婚姻はタイミングを見計らっているだけになっていた。


(な、なら少し早めてもいい筈だな……!)


「すう……」


 それがレイラの中でどんな結論を導き出したのか分からないが、彼女はゆっくりと眠っているジェイクの顔に近づき、真っ赤な顔で瞳を閉じる直前。


「あ」


 ジェイクを挟んで寝ていた筈のエヴリンとばっちり視線が合って、思わず声が漏れてしまう。


「……ぐうぐう」


 口ではぐうぐうと言いながら瞼を閉じたエヴリンの心の声が聞こえるとしたら、ウチに気にせず続きをどうぞ。と言ったところだろう。しかし、事を成し遂げる直前を目撃されたレイラは、更に顔を真っ赤にしながら掛け布団を頭に被って完全に隠れてしまった。


(惜しい……)


 一方、ベッドの端で寝ていた筈のリリーが、薄っすらと目を開けて残念がっている。レイラが事を成し遂げた直後に、じゃあ次はエヴリンさんと私の番ですよねと言おうと思っていたのだから、油断も隙も無い毒蛇である。


 だがここでリリーも想定していなかったアクシデントが起こる。


「うーん……」


 そろそろ起きる必要のあるジェイクが、寝ている癖に最後の抵抗を見せた。指が絡まっている手はそのままに、もう片方の手で隣のレイラに抱き着いてしまった。そして掛け布団に潜り込んでいたレイラの頭は、ジェイクの胸に密着することになる。


(あーあ。布団の中でどうなってるか見んでも分かるわ)


 エヴリンはジェイクの動きで、掛け布団の中のレイラが抱きしめられていることを察したが、それと同時にただでさえ赤かった顔がどうなっているかも分かっていた。


(はわわわわわっ!?)


 混乱しきっているレイラの純白の肌は見る影もなく、赤い塗料を塗ったか茹でられたかのようである。ただし、彼女の額は例外で、ぐりぐりとジェイクの胸板を擦っているため摩擦で赤くなっていた。


「……うん? レイラ?」


 ようやくジェイクが目を覚まして掛け布団の中を覗き込み、自分が赤くなっているレイラに抱き着いていることを認識した。


「ウチらに囲まれてなんてお目覚めなんて、ジェイクは幸せもんやなあ」


「うん。世界で一番の幸せな自覚がある」


「ぐふふ」


 エヴリンがジェイクの後ろから抱き着いて耳元でこそこそと囁くが、彼の即答に口角が持ち上がって気色悪い声が漏れる。


「ジェイク様ぁ」


 リリーも我慢するはずがない。彼女は甘えた声を漏らしながら、茂みをかき分ける蛇のようにベッドと掛け布団の間に潜り込むと、ジェイクの足元から胴へ向かい女として成長した体で這いまわる。


 ここに【傾国】を抱きしめ、後ろから【奸婦】に抱きしめられ、【傾城】に覆いかぶさられた無能の構図が出来上がった。以前にジェイクが彼女達からマッサージを受けた時を上回る密着度で、そこに隙間は殆どない。


「あったかい」


「まあせやろうなあ。お天道様もびっくりなくらい真っ赤なのがおるから」


 どれほど危険だと分かっていても、世の男の誰もが望む位置にいるジェイクは、ただ温もりを享受して再び瞼を閉じる。その温もりの最大要因は、エヴリンの揶揄いにも気付かず掛け布団の中だが。


「皆、愛してる」


「っ!」


「うひひひ」


「ジェイク様!」


 温かさの中でまどろんでいたジェイクが、ポツリと心の底からの本音を漏らすと、レイラだけではなく揶揄っていた筈のエヴリンと、感情をコントロールする術を教え込まれているリリーも体温が急上昇してしまう。


「ジェイク!」


 恥ずかしさを超えて混乱しているレイラは、エヴリンの横やりで未遂に終わったことを強行するため、掛け布団の中から頭を出した。


「は?」


 だがそこでレイラが見たのは信じられな光景だった。


「ぐう……」


 元々寝坊助なのに愛する者達に包まれている心地よさに包まれているジェイクは、そのまま寝息を立てて二度寝をしていたのだ。


「そ、そろそろ起きるぞ!」


 肩透かしを食らったレイラは、またニヤニヤしているエヴリンを無視して、起床を宣言するのであった。


 ◆


『では記念すべき第百回スキル【すけこまし】、【ジゴロ】の確認ですわ。えーっと……無い……やはり私がスキル【すけこまし】だったんですの?』




 ◆

 後書き

 皆様今年一年ありがとうございました! よいお年を!

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