圧力
サンストーン王国の王都付近にいる教会勢力は、イザベラが率いているエレノア教だけではない。大小様々な宗教派閥の教会にそれぞれの司祭がいる。
そんな王都の司祭達が宗派を超えて、一つの教会に集合していた。
「イザベラ教皇も不憫なことだ」
「あそこには古代アンバーの双子姫までいるのに」
「まったくだ。いったいジュリアス王子はなにを考えているんだ?」
彼らが語る内容はここ数日のエレノア教を取り巻く情勢だ。
「栄えあるエレノア教がようやく築いた大神殿なのですぞ? 以前の様に兵がうろちょろしているだけでも問題だったのに、ここ数日増えている兵を考えると異常極まりない」
「パール王国の陰謀がどうのこうのと言っているが、王都で兵をあげるような男なのだ。常識というものが欠けているのだろう」
「確かに」
「一応聞くが、ジュリアス王子は知っているのか?」
「こんなことを末端の暴走で起こされてたまるものか」
「それもそうだな」
「目論見は明らかだ。婚約発表のパーティーではイザベラ教皇を招くことができなかったから、結婚式にはなんとしても立ち会って貰うつもりで圧力を掛けているに違いない」
「そんなことができる筈がないでしょうに。面子に拘るにしても愚かすぎます」
「この間、夜に様子を見に行くと、大神殿を兵が準備した篝火が囲んでいました。こんなことが許されるはずありません」
老若男女の司祭達は口々にジュリアスを非難する。
以前はエレノア教の大神殿を監視しているだけだったジュリアスの兵が、ここ数日の間で急速に数を増やしていた。
それを司祭達は、エレノア教に圧力を掛けてイザベラに結婚式へ立ち合ってもらい、ジュリアス王子は権威を確立しようとしているに違いないと考えていた。
だが世界有数の宗教勢力とそのトップに圧力を掛けるなど、司祭達に言わせれば暴挙を超えたもので、現実味すら失わせてしまうような行いだった。
「エレノア教の司祭達から接触は?」
「兵が増え始めた時、そちらに累が及ばないように、一時関わりを断とうと言われてから会ってない」
「同じくです」
「いたわしいことだ……」
信じる神は別でも仲間といえるエレノア教から、巻き込まれないように配慮されている司祭達は切なさそうに溜息を吐く。
勿論勢力によっては仲が悪い司祭達もいたが、エレノア教は完全に別である。元々どこかといざこざを起こしていなかったうえに、最高位の権威と古さを併せ持つため、それぞれの宗教派閥と歴史的に密接な繋がりがあった。
「万が一が起こる前に、総本山へこの事が伝わればいいのだが……」
「縁起でもないことを言わんでくれ」
「ええ。流石に直接踏み込むことはないでしょう」
そのエレノア教の危機に、この場の司祭達は殆ど打つ手がない。というのも、彼らは替えがきく立場であり、一応まだサンストーン王国という体制を保っている相手に、己の宗教勢力の名を使って非難する権限がなかった。
これには理由がある。以前はその権限を持つ者もいたが、飾らぬことを言えば内乱で身の危険を感じた高位の司祭はサンストーン王国から逃げており、この地にいる者達が取れる手段は各々の総本山に働きかけるしかないのだ。
「それに大神殿には双子姫がいらっしゃるのだ。幾ら馬鹿でも実力行使に出ればどうなるか分かるだろう」
「いや、それを言ったらあのお二人がいる場所に圧力を掛けている時点でとんでもないことだぞ」
「まったくだ」
司祭達の懸念はまだある。
原初の古代アンバー王国直系、あるいはそれに限りなく近いとされているアマラとソフィーの双子姉妹が、エレノア教の大神殿に滞在していることだ。
アマラとソフィーは長い生もあって、歴代宗教勢力のトップとも知己などころか、何人かには幼い時に会ったこともある。そんな二人が大神殿にいるのだから、末端の司祭達が安否を気遣うのも当然だった。
「本当になにも無ければいいのだが……」
一人の司祭の呟きだが……あるいは予言だったのかもしれない。
◆
「これ、次の計画書か?」
「いや、計画書というよりはジュリアス殿下の大雑把な方針だ」
サンストーン王国王城で文官達が、ある紙を見ながら話あっている。
レオとジュリアスは正反対と言っていい。
レオは旧エメラルド王国に襲い掛かったように、好機とみれば即断即決で行動する。
逆にジュリアスは思い付きを嫌い、出来るだけ計画を立てようとする。尤も、サファイア王国に踊らされたように、王位の争いになると途端に視野狭窄になるが。とにかく、普段の彼はかなり先のことでもある程度の予定を決めているが、この予定が問題だった。
「ああ。やっぱりそうだったんだな」
「場所を考えると協力関係なのは当然の話だ」
文官達が頭の中で、レオの勢力圏のど真ん中にいる存在を思い出す。
どれだけ大義を掲げようと反逆したジュリアスは、レオとサンストーン王国を割って統治することなど考えていない。レオを始末しなければ、常に正統なる王位継承者を名乗る者に悩まされるため、必ず決着を着けるつもりだった。
「レオといいジェイク・サンストーンといい、ジュリアス殿下がいなかったらサンストーン王国はおしまいだったぞ」
「お前の言う通りだ。ジュリアス殿下がいてくれてよかった」
文官達がジェイクの名前を口にする。
ジュリアスがレオを討ち取りアーロン王を傀儡に仕立て上げても、かなり無理矢理だがサンストーンの血族を名乗れる者は他にいる。それをジュリアスは忘れていなかったが、同時に全く問題視していなかった。
それ故ジュリアスは、安易に今後の計画として策定してしまい、中位以上の文官なら内容も確認することができたが……そこにあったのだ。レオを打ち破った後、彼に協力した売国奴ジェイク・サンストーンも討ち取る計画が。しかも、態々アゲートではなくサンストーンの名で記されていたのは、ジュリアスの危機感の表れか、もしくは自分のあずかり知らぬところで決められたことを認めていない狭量さ故か。
「とは言ってもまずはレオだ。こっちはまだ後の話になる」
「なに。直ぐの話になるさ」
「ははは。違いない」
文官達は気楽だ。他の者達も問題視しなかった。レオこそがパール王国に誑かされた反逆者と信じて行動しているか、打算のために付き従っているのだから、今更ジェイク・サンストーンを殺すことに異議もない。
問題だったのは、その取るに足りないジェイクを排除する予定が流出したことだ。
ジュリアス陣営が圧力を掛けている筈の大神殿に。
◆
後書き
次の導入は終わりました。次からまたジェイク周りです。
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