明暗

 明暗の暗がレオなら、明はジュリアスだ。


「流石はジュリアス殿下だ。パール王国の陰謀を暴き立てるなんて」


「全くだ。やはり国王陛下に魔の手が迫り、レオが裏切っていたのは間違いないんだろう」


 サンストーン王国の王城で、文官達が主のジュリアスを称賛している。


「まさか王都にパール王国の暗殺者共が紛れ込んでいたなんて」


「恐ろしい話だ」


 彼らの話題はジュリアスが掲げた大義が、はっきりと正しかったことについてだ。


 王都で発生した暗殺者達と軍の衝突では、暗殺者側が闇のスキルを乱発しており目撃者も多かった。その上更に、討ち取られた暗殺者達はスキルでの変装が解けてしまい、パール王国人の特徴が露になっていた。


 それはつまり、ジュリアスが起こした反逆の大義を補強するものであり、傘下の者達の結束も強くしていた。


「これで正当な王位継承者はジュリアス殿下だと皆が分かるだろう」


「その通り。レオこそがパール王国に祖国を売ろうとした逆賊だ」


「このことを他の貴族達には?」


「勿論知らせている。レオ勢力の者達の耳にもその内に入るだろう」


 大義は内に向けるだけではなく外にも発信されて、次第にレオ陣営の耳にも入った。しかし末端の貴族達はまたジュリアスの妄言かと笑い飛ばしたが、パール王国人らしき者が暗殺騒動を起こしたことを知っている極一部の者は、ジュリアスの陰謀の一環だと憤りながら、ひょっとして本当にパール王国が関与していたのでは? と、僅かな疑心が育まれていた。


「ジュリアス殿下が、そして付き従った我々が正しかった」


「うんうん。まさにだ。我々が正しかった」


 自分達こそが正しのだと頷き合う文官達。


 正しい行いが好きな人間という種族全体は、自らの行いが正しいのだと錯覚する。その正しさの中では全てが許されるだから当然だ。


「こうなればエレノア教の大神殿に圧力を掛けて、ジュリアス殿下の婚姻に立ち会ってもらおう。そうだな……もう少し大神殿を守る警護の兵を増やしてみてはどうかな?」


「それはいい。パール王国の陰謀が分かった今、正しいのは裏切り者のレオではなくジュリアス殿下だ。イザベラ教皇もきっと納得してもらえるはずだ」


「ああ。ジュリアス殿下が正当な王位継承者なのだから、その婚姻には相応しい格が必要だ」


 例えば、正しいジュリアスのためにエレノア教へ圧力を掛けるとか。そしてこれと似たような会話が王都のあちこちで行われ、次第に意思が固まっていく。


(これでよし)


 尤も、その提案をした文官がエレノア教の関係者、もっと言えば人間に化けたスライムだったら話は変わる。


 人間が正しい行いが大好きなのは古来から変わりがない。だからこうも容易く操られるのだ。


 聖域の筈の大神殿、その暗い陰から微笑む女教皇。至高の神を貪った至高の悪が、正しさと大義、正義を作ろうとしていた。


 ◆


 一方、明だか暗だかさっぱり分からない者達がいた。


 それがアボット公爵を筆頭としたあぶれ者の貴族達である。


「こちらの手の者が王都での争いを確認したようだ。しかも討ち取られていた女達が、闇の暗殺者が好む類のスキルを使って反撃している姿も目撃している……」


「私の部下もです。その者が報告するには、大義を強調するための芝居とは思えなかったようでして、首も刎ねられているとか」


 苦渋に満ちた表情のアボット公爵達が相談と情報交換を行っている。


 彼らの話題もまた王都で発生した暗殺者騒動だ。アボット公爵達の命令で王都に潜んでいる者達は、その詳細を詳しく報告したのだが、それがまた悩みの種となっていた。


「本当にパール王国の陰謀が存在して、ジュリアス王子は対抗しただけなのか?」


「檄文の全てが全て正しいとは思えません。レオ殿下が誑かされていたというのは、排除するための言いがかりの可能性があります。ただ、国王陛下に関しては……」


「うむ……」


 彼らにとってもまたジュリアスの檄文が正しいのではという疑念が浮かび上がったのだ。


 しかし鵜呑みにはしていなかった。レオは戦馬鹿と表現できる言動であっても、女に誑かされていただらしなさを感じなかった。尤も貴族の呟きにアボット公爵が僅かに頷いた通り、アーロン王はまさにそのだらしなさの塊であったため、王宮にパール王国の女が入り込んでいてもなんの不思議もなかった。


 しかもである。更にその陰謀を裏付ける出来事があった。


「レオ殿下の婚姻パーティーだが、予定日に行われた形跡がない。これが単なる延期ならいいが、パール王国はそれどころではない状況に陥っているかもしれん……」


「はい……」


 既にレオの婚約パーティーが行われている筈だが、アボット公爵達はそれを掴めていなかった。勿論、伝手も屋敷もある王都の出来事と、殆ど繋がりがないレオ傘下の貴族の土地で起こった出来事は情報の速度と確度で差がある。


 しかし、ジュリアスに対抗して婚約パーティーを前倒ししたレオが、それを全く発表しないのは不自然極まる。


 考えられるのは、パール王国が陰謀を暴き立てられて混乱しているため、姫を送っていないことだ。


(もうなにがなにやら……)


 アボット公爵が心の中で溜息を吐く。


 アボット公爵の領土はレオの勢力圏から離れているため、なんとか接触して合流しようとしていた時にこの騒動と疑念だ。


 アボット公爵達の悩みは尽きない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る