暗殺騒動が起こした混乱
パール王国が引き起こした暗殺騒動の結果、レオとジュリアスの明暗ははっきりと分かれた。
「いったいこれはどういうことだ……!」
暗殺騒動から一夜。居城で配下の者達に言葉を投げかけたようで、独り言に近いレオの呻きが漏れる。
「パール王国の使者達はなにも知らないと……」
「だがあの暗殺者達はどう見てもパール王国人だった!」
「それならなぜパール王国が暗殺者を送ってくるのだ!?」
配下の者達も混乱しきった様で疑問をぶつけあう。
彼らの視点でパール王国は、婚姻を結んで逆賊ジュリアスを討つ同盟者の筈だった。それなのに暗殺者達の首は、どれも額にパールが付いていたのだからパール王国人を示していた。
「これは逆賊ジュリアスが仕掛けた離間の策謀に違いない! なにかのスキルでパール王国人に見えるように仕立てた暗殺者を送り込んで、我々とパール王国の仲を裂こうとしているのだ!」
「そうだ!」
「その通り!」
一人の貴族がジュリアスの陰謀だと叫ぶと、部屋にいるレオを含めた者達全員が同意した。いくらスキルという不可思議な力が存在する世界でも、パール王国が関与している可能性を検証せずに否定するのは拙いとしか言いようがない。
しかしレオ陣営の立場では仕方ないことなのだ。パール王国から送られる金と資材のこともあるが、そうでなければもっと大きなものが破綻してしまう。
これが騒動で起きた明暗の暗である。
パール王国がサンストーン王国に謀略を仕掛けたと認めてしまうと、彼らの大義が崩れるのだ。
元々ジュリアスはパール王国の陰謀が裏にあり、阻止するために挙兵したと宣言していた。その逆でレオは、陰謀など存在せずパール王国と婚姻を結んで関係を深めていたのだから、ここで暗殺者がパール王国のものだと認めて公表すると、ジュリアスの大義が正しいと言ってしまうようなものだ。
それはレオの立場では絶対にできない。できないが、この一件で緘口令を敷いている時点で、レオ達の大義が揺らいでいる。彼らは直視できないだけなのだ。本当に心の底からジュリアスが背後にいると思っているのなら、大々的に発表すればいいのに誰もそれを提案しない。
「パール王国から姫と資金がやってくるのだ! くだらんジュリアスの策謀など打ち破ってくれる!」
「応!」
気炎を上げるレオに配下達が同意する。
レオの言う通り、パール王国が姫と資金を送ってくれたら全てが解決する。パール王国の潔白も、逆賊ジュリアスを討つことも。
逆を言えば。
送ってこない場合はそのどちらも解決しない。
◆
結果は……予定の日を超えても送られてこなかった。
「いったい! いったいこれはどうなっているんだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るレオに配下の者達は何も答えることができない。
だがパール王国はパール王国でそれどころではない。
「次の王はどなたになるんだ!?」
王、王太子が共に死去したのだから、次の王を巡って大混乱が発生していた。パール王国には複数の王子がいたため、順当に第二王子から選べばいい。という話ではない。
古今東西、王が後継者を定めず死去した場合、碌でもない騒動が起こるのは歴史の常である。今回も似たようなことが起こった。正当な王位継承者である王太子も死去したため、緊急事態だろうと次の王座に座る者は王から指名を受けていないので正統性が薄いのだ。
そうなるとそれぞれの王子を生んだ女達の実家が、己の血縁である王子を玉座に座らせようと蠢動した。不思議なことに貧乏くじそのものともいえる玉座だろうと、権力というベールに包まれると途端に輝かしい至高のものに見えてしまうのだ。
「一刻も早く陛下達の死を公表するべきだ!」
「今この情勢でいきなり陛下と王太子殿下、宰相殿まで亡くなられたと発表してみろ! どんな混乱が起こるか分かったものではない!」
王城に集った、王子の後ろ盾となっている高位貴族が罵りあう。
亡き王の死を発表しようと主張する者は第二王子の後ろ盾であり、敵対勢力に裏工作をする間もなく一気呵成に決着を着けようとしていた。その逆で公表を待てと主張するのは、まさに第二王子を引きずり下ろすための時間を欲している者達で、決して国の為だけを思ってのことではない。
この混乱のせいで、レオがパール王国の上層部が壊滅したことを知ったのは後のことになる。
そして貴族達とって悪いことに、パール王国の上層部で流れている王達の死因に関する情報は中途半端なものだった。現実に悲嘆した王達が、毒酒を飲んだことだけしか知らなかったのだ。
パール王国に残っていた貝の構成員だけは、フランクの机に残された手紙で偽られた真相を知っていたが、まさか極秘の暗殺計画のことまで漏らすことはできない。そして情報を誰に伝えたらいいのか分からず、現実を悲嘆した王達が死んだという偽られた真実だけを伝手に漏らさざるを得なかった。
ここで高位貴族達が暗殺計画のことを知っていれば、玉座がとんでもない貧乏くじだと気が付いただろうに、それを知らないせいで彼らは醜く争っているのだ。
「レオ王子への説明だが、あのデブに全部擦り付けるのは……」
「不可能だよ……サンストーン王国の系譜に行った暗殺計画は、陛下の了承がなく全てデブが独断で行い、何故かこっちの陛下達と一緒に死んでましたと言って誰が信じる。仮に信じられても結局パール王国の人間がやったんだなと言われるし、あのデブは殉死した扱いなんだ。知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない」
貝の中には死人に口なし。レオへの説明はフランクが暗殺計画を独断で行ったことにすればどうかと考える者もいたが無理筋である。
しかも、フランクが王達と共に亡くなっていたのは、亡骸を発見した使用人達や調査した衛兵達の多くが知っていた。そのためフランクは王に殉じて毒酒を飲んだ、臍出しにしてはあっぱれな奴と思われていた。
もしフランクの亡霊がこの世にいて評価を聞いたら、突き出た腹を抱えて地面を転がりながら大笑いするに違いないだろう。
「デブに責任を擦り付けるなら……俺達が最初に現場を発見してデブの遺体を隠し、陛下達を害して逃げたことにするしかなかった。だがそれも結局、パール王国人が関与していたんだと宣伝するようなものだ」
これまたもしもの話だが、フランクが聞けば冷笑するだろう。裏方の貝に王城の部屋をいきなり開ける権限などないのだから、現場の工作をする時間もなかった。
◆
こうして、パール王国の高位貴族達はレオに仕掛けた暗殺計画を知らず、彼に送ることになっていた姫と資金について考慮されないほど激しい政争に突入した。
誰もが正しい情報を持っていることなどない。それはレオも、貴族達も、そして裏組織の貝ですら。
生まれ落ちて四十年。パール王国に仕えていると見せかけほぼ三十年。たった一人憎しみの炎を燃やし続け、計画の根底をぶち壊されていながら成し遂げたフランクの予想の一つをひた走る。
これでパール王国が敵であると大義を掲げているジュリアスが侵攻する。もしくはパール王国の王が死去したことを知ったレオが、姫との婚姻を根拠にパール王国に介入するのが先か、もしくは内側から腐り落ちるだろうと考えていた。
全てが無能の振りをしながら真実と嘘を使い分けた、フランクの予想通りだった。
ただし、読み違えたこともあった。
『おほほほほほほほほ! これでもうレオ陣営は増税して大混乱間違いないですわね! さあどうしますか?』
「ならば致し方なし」
暗殺が失敗するよう動いていたフランクだが、【無能】そのものに教育された無能は生きていようと死んでいようとどちらでもよかったのだ。
誰もが正しい情報を持っていることなどない。それは世界を操り切ったフランクですらも。
『おほほほほ! いいではありませんか! 自分を捨てた国のために頑張る阿呆がどこにいるというのです? 見返して馬鹿にすればいいではないですの!』
「サンストーン王国の税で食って税で育った以上、民には義理と義務がある。まあそれでも周りの皆が優先だけど」
『なら国家と女達の相手、両方やり切って見せなさいな!ま、ちょっとは応援してあげますわ! おほほほほほほほ! おーーーーーーーっほっほっほっほっほっほっ!』
無知無能の皮を被ったナニカと、それに育てられた男のことなどフランクですら知りようがないことだった。
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