【毒婦】と【妖婦】の予言
「これ、下手をしたらレオ兄上が潰れて、俺がサンストーンに戻る感じだよね」
アゲート大公の私室でジェイクは、転移魔法でやって来ていた自らの政治的ブレーンであるアマラとソフィーに現状を相談していた。
そして不穏な言葉を発したジェイクだが、彼にしてみれば貝の暗殺騒動は非常に厄介な情勢を招きかねないものだった。
「まあそうだな。サンストーンの名に戻ることは覚悟しておいた方がいいかもしれん」
「レオ王子の暗殺が成功しようと失敗しようと、その可能性はかなり高いものと考えた方がいい」
「ぐへ」
チラリと目線を合わせたアマラとソフィーが考えを口にすると、マイペースなジェイクが珍しく頭を抱えた。
暗殺が成功したならサンストーンの系譜はジェイクただ一人となり、彼がサンストーンを名乗るのは自然な流れだ。しかし、失敗してもなぜ彼がサンストーンに戻るのかというと、それはレオ陣営の不安定さと関係の悪さが原因だった。
「一応、本当に一応聞くけど、レオ兄上にパール王国の暗殺者が狙ってることを伝えると?」
「私がレオ王子なら、パール王国との友誼を乱そうとは不届きな奴め。ジュリアスと通じていたなと言ってお前を潰すな。レイラに支配された暗殺者が証人として生きていたところでそれは変わらん。それが分かっていたから、始末することを優先したんだろう?」
「レオ王子が欲しているのは真実ではなく、邪魔になっている貴方を潰す大義名分と、ジュリアスを倒すための夢想。例え私達が警告しても聞き入れられることはない」
「だよねえ……」
アマラとソフィーの答えにジェイクは頷くしかない。
まず前提としてジェイクとレオの関係は悪い。
ジェイクは国境貴族の要請に応えて援軍を出したのに、彼らの主であるレオは礼の一つも言えないどころか、ジェイクの送った使者を送り返したに等しい。そんなところにレオ目線では嫁と支援を送ってくれるパール王国が暗殺を企てていると話そうものなら、できるかどうかは別にしてそれを口実に攻め込もうと思う可能性が高い、いや確実だと言っていい。
「それに暗殺を防げたところで根本的な問題を解決できていない。金が無いという現実がな。パール王国が金を出す気が全くない以上、レオ王子が困窮するのは目に見えている」
「つまり大増税をした結果、貴族達が離反する可能性が高い。エヴリンはなんと?」
「レオ兄上の金の動きが悪くなるのは間違いないけど、増税が原因かはまだ分からないって言ってた」
「ふむ。流石に全知ではなかったようだな」
「もう少しで占い師を廃業するところだった」
アマラとソフィーは、殆ど預言者のようなエヴリンでも分からないことはあるのだなと語りあう。
そしてジェイクがサンストーンに戻る可能性の原因は、レオの政治的センスの無さが原因で、レオ陣営が離散しかねない状況になることだ。
「エヴリンとイザベラが集めた情報が正しければ、レオ王子達はジェイクが治めるアゲートが発展している訳がないと思い込んでいるようだ。それに一度無視した相手に頭を下げることなどできない。恥からではなくプライドがそれを許さん」
「ならもっと確実で、自分のものと思い込んでいるところから金を集める」
アマラとソフィーの言う通り、パール王国から金が送られないのなら、レオはある場所から取り立てるしかない。ジェイクの治めるアゲート大公国ではない。レオ達はアゲート大公国は貧しいと思い込んでいる上に、一度使者を無視してジェイクをいないものとして扱った手前、彼らから話しかけるのはプライドが許さない。
ならば数だけは多い民からである。
だがそれはとてつもない問題を孕んでいた。
「サファイア王国が交渉のために軍事行動を起こした時、レオ王子は何もできなかったからな。それなのに重税を課そうものなら騒ぎになるだろう」
「万が一国境貴族まで対象なら、レオ王子の陣営は一気に瓦解すると見ていい」
アマラとソフィーが顔を顰めながら可能性を指摘する。元々レオ派閥の貴族は裕福ではない。そして民はぎりぎりの生活をしていることを考えるとジワリと不満がたまるのではなく、我慢の限界が爆発する可能性があった。
その上レオは、サファイア王国が交渉のための見せかけとはいえ軍事行動を起こしたのに、国境貴族に対して援軍を送れなかったのだ。彼は国境貴族以外からも頼りにならないのではないかと疑われていた。
「レオ兄上も動けなかったとはいえ、サファイア王国が本気じゃないのは見抜いてたんだろうけど……」
「ああ。だが行動を起こさないのは違う話になる。だから政治的なセンスがないのさ。ジェイクがレオ王子の立場ならどうする?」
「一人でも援軍に行く。責任を取らなければならない。国家の安全保障に動けない君主に価値なし」
アマラの問いにジェイクは簡素に答えたが発する圧は尋常でない。そして言葉も。彼は配下を助けるための金も物資もないなら、その状況に陥った責任を取るため、単身であろうと国境貴族の下に行くと言ってのけた。
「まあそうなってる時点で既にアレだけど…それにレオ兄上の場合はジュリアス兄上に備えないといけないから……」
一瞬だけ発したジェイクの圧が、ぶしゅりと音を立てるかのように霧散した。
「ふっ、そうならないように立ち回らないとな。なに、一人で砦に行く羽目になったらついて行ってやる。とにかく、レオ王子の先はほぼ見えた。だが問題なのは……」
「問題なのは?」
アマラはジェイクの圧に女として疼きながら、どうも分からなくなってきた一人の男の顔を思い出して顔を顰める。
「ジュリアス王子が強かなのか、誰かにそうなるようにコントロールされているのか。もしくは、その誰かと偶然の結果噛み合っているのかを見定める必要がある。この暗殺騒動、妙なことになりそう。幾つか可能性とその誰かの推測だけ伝えておく」
ソフィーが核心に触れかけていた。
『おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!』
核が笑う。
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