【悪婦】の違和感
「やっぱりと言うべきね」
「はい」
清きエレノア教の神殿、実際は悍ましい者達の巣窟で、イザベラが頬に手を当てながら困ったように呟き、腹心の一人である女司祭も同意する。
「レオ王子だけじゃなく、ジュリアス王子も婚姻の立ち合いに私を指名するなんて、案外兄弟仲はいいのかしら? でも応える訳にはいかないのよね」
尤も困っているような表情は、すぐ皮肉気な笑みに変わる。
以前にも述べたが、愛の女神に仕える女教皇イザベラが婚姻の立ち合いをすれば、最上位の箔付けとなる。それを自分の婚姻を発表したジュリアスが望まぬはずもなく、神殿には使者が訪れていた。
しかし、イザベラの返答は穏便な物言いであっても明確な拒否だ。例え神殿がジュリアスの支配する地域に位置していても、内乱を起こしたジュリアスを支持するような立場を取れば、他の王家から不快感を表明されるだろう。
「幸い、他の宗教勢力は私達と協力関係にあるから、ジュリアス王子も強硬手段は取ることができない」
「はい。ジュリアス王子も予備の計画として、他の宗教勢力に婚姻の立ち合いを求めているようですが、全て拒否されています」
「せめてレオ王子を倒して、アーロン王に自分こそが正統な王位継承者であると無理矢理認めさせてからの話ね」
イザベラの独白のような言葉に女司祭も頷く。
サンストーン王国ではエレノア教以外にも様々な宗教勢力の支部的な神殿が存在するが、それぞれの司祭達は利己的な介入を躊躇ってしまう程混乱している政情に戸惑っていた。そのため、一旦同じ業界の超大物であるイザベラと接触して安定を図り、総本山からの連絡を待っている状況だ。そこへジュリアスが婚姻の立ち合いを打診しても、末端の司祭としては勘弁してくれというのが本音だろう。
「でも、サンストーン王国がグダグダなのは目に見えてたけど、パール王国も予想以上だったわ」
【傾国】の力で恐るべき企みは暴かれ、パール王国がジェイクのみならず、レオ、ジュリアス、アーロン王の暗殺を企てていることが確定した。その情報を知ったイザベラだが、ある意味で困惑していた。
「なんと言うか……お粗末と言うか……レオ王子、ジュリアス王子、アーロン王の暗殺は失敗すると見た方がいいのかしら? 本当に困ってしまうわ」
「全くです」
困惑の原因は、パール王国が企てた暗殺計画が勢い任せに近いことだ。レイラが抜き取った情報はジェイクの暗殺に関わることだけではなく、パール王国と貝のグタグタも含まれている。
元黒真珠がジュリアス陣営に属しているという一定の理解ができる妥当な判断から、何故か黒真珠の構成員自体は女の臍出しだから問題ない。警戒するべきは【傾城】だけだと楽観論が導き出されていたり、レオの寝室を把握できていないのに寝込むを襲う算段を立てているのはまだマシ。
「まさかジェイク様のお顔とアゲート城の間取りを知らないことに気が付いたのが、暗殺計画の最終段階だったなんて……」
(本当に暗殺組織なんだろうか?)
イザベラが独白した内容に、女司祭も呆れ果てる。
彼女達だけではない。それ専門の教育を受けているリリーは耳を疑ったし、そういった汚い話にも慣れているアマラとソフィーもお互い目を合わせた。更には当人であるジェイクですら、なんじゃそりゃと妙な顔になったほどである。
ただ、貝の同僚だった元黒真珠の構成員だけは、まあ、上から色々押し付けられたら見落としは出やすいよねと、ほろ苦い昔を思い出していたとか。
「とは言え現場組は腕利きのようね。リリーさんも特にリーダー格は一流だったと言ってたし、眷属達も暗殺者を特定できていないもの」
「はい」
「暗殺が成功した場合、中途半端に一人か二人死んだ場合、完全に失敗した場合。先のことを考えるのって大変」
サンストーン王国とジェイクの未来は、貝の成果によって大きく変わるだろう。
レオ達が全員暗殺された場合、残されたサンストーン王家の血筋はジェイクただ一人となり、アボット公爵などの非主流派が接触して、ジェイクはサンストーンに戻る可能性が高い。しかし、不確定要素として統制から外れた貴族が割拠して混乱する可能性がある。
次に中途半端にレオかジュリアスのどちらが倒れた場合、妙なバランスで成り立っている状況が崩れて情勢が一気に動くだろう。
最後にある意味救いようがない、全ての暗殺に失敗した場合だが、結局レオもジュリアスも動くに動けず、睨み合いが続く可能性もあった。
「でも……ひょっとしたら……私達は思い違いをしているのかも……」
「思い違いですか?」
この世の最深淵部の手前にいる悪婦だからこそ気が付けた違和感。
「ええ……暗殺部隊がお粗末なのではなく、お粗末になるよう仕向けられていた? でもなんのために? もし万が一そうなら……サンストーン王国も、パール王国も、そして旧エメラルド王国も踊らされていた?」
『おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!』
この世の最深淵部そのものから笑い声が発せられた。
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