【奸婦】の思うがまま
パール王国では、旧エメラルド王国の侵攻直後から官民両方が若干持て余している物がある。
「やはり一旦整理しないと厳しいな……」
パール王国に勤めている文官達もそのことで頭を悩ませていた。
「だがそれはタコが自分の足を食うのと同じだぞ」
「言いたいことは分かる。しかし、現実問題として港に船を収容できていない。軍船は沖合に停泊しているし、商船は港に積み荷を降ろせない」
彼らが持て余しているのは船だ。
「エメラルド王国め! もう滅んでいようと奴らの土地に塩を撒いてやりたい!」
「全くだ」
文官達が旧エメラルド王国に恨みを募らせる。尤も、その戦争は他のことに集中して隙を晒したパール王国にも若干の原因があるが、彼らの立場でそれを知ることはできない。
ともかくその怒りの原因である奇襲攻撃を仕掛けた旧エメラルド王国に理性がない、というよりは、勝っているつもりの軍はどこも同じで、占拠した街で略奪に勤しむものだ。それは占拠されていたパール王国の港も例外ではなく、港町自体も港湾施設も略奪と破壊によってボロボロだった。
「せめて海軍がもう少し活躍してくれれば……」
「言うな。どこもかしこも混乱してたんだ」
そして旧エメラルド王国の奇襲に全く対応できなかったパール王国の海軍は組織的な反撃ができず、王都の港に集結している間に終戦してしまった。更に、商人達の船はとっとと逃げ出していたので、パール王国の船は殆ど無事だったのだが戦後に重く圧し掛かった。
パール王国は最優先な筈の港湾施設の復旧すら遅れに遅れている経済状況であり、国家と民間が抱えている膨大な数の船を港に収容できていない有様だった。そして経済状況が悪いため、船の維持費にも苦しんでいる。
「やはり船と一緒に人員も整理するしかない」
結果的に悪魔の囁きがパール王国の王宮に蔓延した。
船齢の古い船と一緒に水夫を削減して人件費を浮かせばいいのでは? と。古今東西何処もそうだ。苦しい時こそ人と物を捨てよ。後にどうなろうとだ。
「致し方なし……」
こうして海洋国家でありながら、明日ではなく今日の現実に屈したパール王国の首脳部と幾つかの商会は、前代未聞となる船の大量売却を決定したのであった。
「まだ安くなるな」
当たり前だが余所の商人達に思いっきり足元を見られた。
国家も商人も船を売るとなれば出来るだけ金が欲しいため、苦境だろうと適正価格で売ろうとした。しかし、買い手である他国の商人はその苦境を知っているので、待てば自然と値が下がることを見抜いていていた。
「まだ下がる」
実際、じわりじわりと値段が下がり始めたが、それでも余所の商人達はパール王国が底値で売るまで、お互いけん制しながら待つことにした。
金が嗤い嗤う。現物がいつまで存在するか分からぬなら商売をするなと。
まだ余所の商人達が船の値がぐっと下がると思い、一部の商人がもう一息で抜け駆けを企もうとしていたタイミング。
複数の商会とパール王国、そして民間の間で取引が成立して船が売却された。
「助かった……! 本当に助かった!」
パール王国は国家の面子があるため、船を購入した商会の者達に感謝こそ言わなかったが、文官達はその商人達に非常に丁寧な対応をした。
どこの商会も現金一括払いで、更にはエレノア教の司祭まで間に入った取引となり、これ以上なく信用できるものなのだ。
流石にパール王国も民間も全ての船が売れた訳ではないが、それでも一息つくことができる程度には現金が手に入った。尤もその現金が少々の問題を孕んでいたが、窮地だった彼らにしてみれば些細なものでしかない。
「サファイア王国の商人達は儲かってる……と言うには金を持ちすぎだろう。かなり怪しいんだが……」
「まあそうだが、パール王国にいるちゃんとしたエレノア教の司祭が立ち会ったんだ。現金が手に入ったんだから良しとしよう」
船だけではなく、様々な物を購入して去っていった商人達は、サファイア王国の者であると思われていた。なにせ使用した通貨が、全てサファイア王国の金貨や銀貨だったため分かりやすかった。
そして少々の問題とは、他国の通貨でやり取りして面倒だったことと、金を持ちすぎている商人達が怪しかったこと。
更にある。
「レオ王子との関係を考えたら少し拙いんだが……」
「そのレオ王子は現金をくれるのか?」
「違いない。寧ろ奪おうとしてやがる。あ、そうだ。レオ王子に送る金はこのサファイア王国の通貨にしようぜ」
「まだ戦争が続いてる国の通貨送るとか、それこそ戦争だろうが」
「ははは!」
一応、本当に一応同盟関係のようなレオ王子が率いているサンストーン王国の国境貴族に、サファイア王国が攻め入ったことだ。しかし、パール王国の文官目線では無理難題を押し付けて金と物資を奪い取ろうとしているレオは鬱陶しい存在だった。
そのため結局は目の前にある現金がなによりも優先されて、問題の方には目を瞑られた。
もう一つ問題があった。
「金があるから言える文句なんだが、他国の金が多いのは面倒なんだよなあ……」
「それこそ贅沢な悩みってやつだ。無かったらそんなことも言えないぞ」
パール王国は交易国であるため、他国の通貨が入って来やすくレートも定まっている。だがいちいちそれを考える必要があるのは面倒だった。
(溶かしてウチの通貨にしたいけど大問題になるからなあ……)
しかし、彼らを国家間の紳士協定が縛っている。この世界における最初の金貨や銀貨は古代アンバー王国が発行したが、姿が分からなくとも神を模したとされる輪郭が刻まれており、通貨は神聖なものとして扱われた歴史がある。
そして今現在の様々な王国が発行した金貨や銀貨は、高額故に当時の王や王家の紋章のみならず、歴史に倣って神の姿が刻まれていたりする。それを溶かして自国の通貨にするなど、この世界の常識では殆ど暴挙に等しく、一瞬で信用が失われてしまう行いだった。
「とりあえずこれを基にして色々と整備しないとな」
パール王国の未来は徐々に明るくなる。これから消え去る邪魔なサンストーン王国の系譜もそうだが、余裕ができたとは言えない程度でも、現金が手元に入ったのは朗報だ。
後はそれを使って徐々に国土を回復させていけばいい。
既に国家の復興事業が行われ始め、人の雇用や物資の発注だって済ませている。
◆
「後はこれの味が無くなったら、サファイア王国が混ぜ物だらけにした金を見つけんとな。そんでパール王国に持ってって、今こんな粗悪なものが流通してるで言うたら終わりや。サファイア王国で混ぜ物だらけが流通してる事実と、パール王国にはちゃんとした金がある事実。どっちが強いやろうなあ。まあ分かり切っとる。金の世界で不安は最強や」
奸婦が唯一残ったサファイア王国の金貨を弾いて嗤っていた。
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