【傾国】の光輪にして降臨
来る、もしくはいると分かっている暗殺者程、無力で無様な存在はいない。
彼ら暗殺者が強く恐ろしいのは、いるのかいないのか分からない疑念と油断の隙間に入り込めるからだ。それなのに、勘と味覚でやって来ると断定されていた貝は、のこのこと蜘蛛の巣に迷い込んだ羽虫に等しかった。
しかも、交流こそなかったが、ある程度貝の手口を予想できる元黒真珠がいたため、薬店やアゲート大公の名で人員の募集を記している場所は見張られていた。
これではそう遠くないうちに、カール達が暗殺者であると露見しただろう。
だが、決め手は元黒真珠の頑張りではなく、もっと恐ろしい力が原因だった。
◆
貝の全滅より暫し時間を戻す。
(遠目で見た時も思ったが、領地の大きさに比べて城の規模がおかしいだろ! これじゃあ調べるのに時間が掛かるぞ!)
アゲート城に近づくデレクは、内心でこれでもかと悪態を吐いていた。
原因は元のアゲートの規模を考えると、城が大きく立派すぎることだ。前領主一族の初代が見栄を張るために建設したアゲート城は、貝の予想よりもずっと巨大であり、その分調査に時間が掛かるのは目に見えていた。
(くそ! やっぱりでけえ!)
デレクは不審に思われない程度にアゲート城に近づき。
探知網に引っかかった。
「レイラ?」
同時刻。昼食を食べ終わったジェイク、エヴリン、リリーだが、急に席を立ち上がったレイラを見て首を傾げた。
しかしレイラはそれどころではない。
怒りだ。怒りが満ちている。そして彼女が初めて直接感じた、ジェイクを殺すための意志ある者の存在は、【傾国】とは名ばかりの力を更に押し上げた。
「よくも……! よくもここに……! よくもよくも……!』
「レイラ、なにがあったの?」
(なんだ? レイラの声が二重に聞こえたぞ)
レイラが壁を凝視しながらわなわなと震え始め、その原因を知るためジェイクが声を掛ける。だが異変はそれだけではなく、ジェイクはレイラの声が二つ重なるように聞こえた。
「私を見ろ!』
「ぬわ!?」
「なんやあ!?」
「っ!?」
レイラが叫び声を上げると同時に、ジェイク達は彼女が強烈に発光したかのような錯覚を受けた。しかもその錯覚は一瞬のことではなく常にだ。
(【傾城】が恐怖している!?)
唯一錯覚に声を漏らさなかったリリーだが、自分の中で最も大きな存在である筈の【傾城】が、見る影もない程小さくなったのを感じた。以前も似たようなことはあったがその時は委縮のようなものであり、今回はまるで歯の根が合わないほど恐怖している様だった。
「所属! 目的! 仲間! 拠点! スキル! 全部話せ! 全部だ!』
「レイラ、誰と話してるの?」
「城の傍に来ている暗殺者だ!』
「そっちも大事だけど、レイラも大事になってるんだけど」
レイラが壁の遥か向こうにいる誰かに怒鳴るが、ジェイクの声をようやく認識すると彼に振りむいた。すると、ジェイクの言う通り大事になっている。
神が作り出した美も見ることができるが、それ以上に全身から発光しているような錯覚は、レイラの輪郭をぼんやりとしたものにしていた。
そして……その人を超えた美を直接脳内にぶち込まれた者がいる。
デレクだ。
彼の脳はもうレイラの声しか認識できない。
「ははあっ! パール王国貝所属、デレクと申します! 目的はアゲート大公の暗殺、仲間はアンガス、オーガスト、ハリー、カール!」
デレクは一度もレイラの姿を見ていない筈なのに、人気のない場所の地面にひれ伏して、自分の知っている限りのことを話した。
「やっぱり! ジェイク! お前を殺しに来たパール王国の暗殺者だ!』
(まさか!? まさかまさか!?)
レイラが誰かと、暗殺者と話している様にしか見えなかったリリーに、稲妻のような衝撃が背筋を駆け上った。
(【転写】に【念話】!?)
その暗殺者とやらはレイラの美を見なければ、ここまで馬鹿正直に答えないだろう。しかも会話できているということは、スキルが関係している疑いが強い。それが自分やその周囲の風景を相手に見せることが可能な【転写】と、声を届けて会話できる【念話】だ。
リリーの肌が総毛立つ。
そこで考えられるのは、リリーが知らなかっただけで、レイラが元々それらのスキルを持っていたこと。もしくは、【傾国】にそれらの能力が備わっていたか。
そしてもう一つ。最も凄まじく、最もあり得ない仮説。あってはならない予想。
【傾国】に
のではなく。
(ひょっとして
【傾国】が全てのスキルを支配している可能性だ。
たった二つのスキルの可能性から飛躍しすぎた考えだ。世界が禁忌と定めたスキルとかそんな定義すら矮小になるだろう。
しかし、証拠となりえる出来事が起こっている。
(【傾城】だけじゃない! 僕の全スキルが固まってる!)
リリーのうちに存在するスキル、その尽くが金縛りにあったかのように固まっていた。
「全部分かった! 今すぐ消しにむぎゅ』
「はいちょっと落ち着こう」
「ぷぷぷ」
デレクから全ての情報を聞き出したレイラは、勇み足で部屋から飛び出ようとしたが、ジェイクの両手で頬を押さえられて圧迫されてしまう。その美の神をも畏れぬ所業のせいで、レイラの唇は突き出てしまい、成り行きを見守っていたエヴリンが思わず笑ってしまった。
「今のレイラが街へ出たらとんでもないことになるし、そう言ったことは落ち着いて考えないと」
ジェイクの言う通りである。ただでさえ神の作り出したような美が、光り輝くと錯覚してしまうような状況になっているのだ。それが街へ出ていくと、とんでもない大混乱が予想される。尤も、全員がひれ伏して静寂が訪れる可能性もあったが。
「だ、が?』
ジェイクに目をじっと見られたレイラは反論しようとしたが、立ち眩みを起こした様に体が揺れてしまう。
「レイラ!?」
「しっかりせんかい!」
「レイラさん!?」
「い、いや大丈夫だ。今のは……」
「本当に大丈夫?」
「ああ。全く問題ない」
驚いたジェイク達に、レイラはしっかりと立って問題ないと返答する。事実、彼女の体にはどこにも異常はなかった。
「それよりも、外にいる暗殺者をどうにかしないと」
「姉さん達に頼んで回収してもらいます!」
「そうしてくれるか。詳しい場所は……」
落ち着いたレイラとリリーが話し合う。
◆
これが貝の壊滅前に裏で起こっていた出来事だ。
後は知っての通り。回収されたデレクは元黒真珠に改めて全てを話してしまい、リリーの強襲を受けて壊滅した。
そして変装が解けた貝の死体は、全てが額にパールのある頭部を晒し、デレクの証言と合わせて最早パール王国の関与は疑いようがなかった。
「宣戦布告、確かに受け取った。エヴリン、やろう」
「よしゃよしゃ。ダミーの商会に頑張ってもらおうか」
ある日を境にして、パール王国に大量のサファイア王国の金貨が入り込んだ。
遠からず信用という価値のなくなる。
◆
『おほ。おほほ。おほほほ。おほほほほほほほほほほほほほ。おーーっほっほっほっほっほっほっほっほっ! 見ていますか神と呼ばれた者達よ! 結局はあなた方の能力不足でしたわ! なにせあなた方が失敗作と断じたプランの継承者が蛹から羽化しましたもの! おほほほほほほほほほほほほほほほ!』
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