無能と【無能】
(なるようにしかならないけど、どうしてこうなるんだ?)
『おほほほ。世の中妙なこともあるものですわねえ』
(みそっかすで実家を追放された奴が、またその名前を名乗る可能性があるとか、妙なんてもんじゃない)
『確かに! おほほほほ!』
ジェイクが執務室で書類を読みながら、頭の中にいる住人というべき【無能】と会話をしている。ここ最近の彼を悩ませているのは、下手をすればサンストーン王国に戻るかもしれないことだ。
(万が一にもジェイク・サンストーン国王なんて誕生してみろ。後世の歴史家にずっと、俺がいろんなことの黒幕だったのか、それとも単に偶然そうなったのかって言われ続けるぞ)
『好きなだけ言わせればいいではないですの。あ、そうですわ。晴れてジェイク・サンストーン国王陛下が誕生した暁には、元老院を設置してみたらどうです? 昔にお勉強で教えた通り、古代アンバー王国にもあった由緒正しい組織ですわよ』
ぼやくジェイクに【無能】は、かつて古代アンバー王国にも存在した元老院の設置を勧めた。これは高位の貴族や聖職者の数百名が名を連ね、王への助言と統治にも関与した機関だった。
(千年遅く、そして千年早い)
(ジェイク様が……)
ジェイクはその由緒正しい機関を切って捨てる。それと同時に、ジェイクの圧が急に高まったことで、護衛として控えていたリリーの血圧も上がった。
(それが有効に機能するのは、国家に対して忠を持っている者が多い場合だ。実在した神の下に統治された古代アンバーで上手くいっても、現代には合っていない。有力な貴族は自分と領地の利益のために、文官は賄賂のために、聖職者は己の神のために政に口を挟む。そこに民も国家もない以上、一理あろうと百害がある。千年先の人間達に託すとしよう)
ジェイクは現代の高貴な者達を見切っていた。己の利益か信仰心という名の盲目を優先するばかりで、そんな者達を集めても国家の益ではなく害になる烏合の衆以下だと。
『ま、仰る通り古代アンバー王国が分裂してから、国家に帰属しているという実感を持つ者は少ないでしょうね。領主や農民はその土地のことしか考えていませんし、どこの文官も腐敗してますから、そんなのが政に関わると気が付けば国庫がごっそり減りますわ』
(なら提案するなよ)
『おほほほほ!教育係はついつい教え子に尋ねたくなるものですから!』
ジェイクは自分から話を振ったのに、上手くいかないと認めた【無能】にげんなりしながら、書類を決裁していく。
『ところでパール王国人の額に、パールのような器官があるのはどうしてか覚えてますか?』
(なんか急に別の話になったな。あーっと、リリーとアマラ、ソフィーから聞いた覚えがある……確かパール王国の神話では、声なき神々の思念を増幅するために、神から授かったとかなんとか。とは言っても、強力な神は普通にアマラとソフィーに念を送ってたみたいだけど)
突然【無能】から別の話題を振られたジェイクは、リリー達から教えてもらったことを思い出す。それによると、パール王国の民の額にパールのようなものがあるのは、先祖が神から授けられた受信器官のようなものであり、末裔であるパール王国の民はそれを誇りに思っていた。
『そうですわね。ではまた話を変えましょう。不滅であるとされていた筈の神と呼ばれた存在はどうして滅んだと思います?』
(神々が死を望んでいたか、望んでいなかったかによる)
『望んでいた場合は?』
(生に飽きたから)
『では望んでいなかった場合』
(飽きと怠惰に気が付いてなかった。気が付いた時にはほぼ手遅れ。アマラとソフィーも神が滅んだ直接の原因は知らなかったけど、大体察せられるよな。不滅が倒れるとしたら、それは自死か自滅による自然消滅だろ。多分、神は自分で思ってたよりも精神が不滅じゃなかったんだ)
『おほ。おほほほほほ! おほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!』
(うっせえ!)
『これは失礼しましたわ! おほほほほほほほほほほほほ! おほほほほほほほほほほほほほほほほ!』
(頭がああああ!?)
ジェイクの答えのなにが気に入ったのか、【無能】はゲタゲタ大笑いする。だがジェイクにしてみれば堪ったものではなく、キンキンする騒音に耐え続ける羽目になった。
『面白い考察を聞けましたわ! 早速世の聖職者に教えて差し上げましょう! 貴方方の信じる神と呼ぶ存在は怠惰で滅んだと!』
(頼むから大声出すな!)
【無能】の提案に乗れば、即座に聖職者達から非難声明が飛んでくるが、最早爆音を受けているに等しいジェイクはそれどころでない。
『おっほん。中々楽しませていただきましたわ』
(そりゃよかった。それで?)
『はい?』
(結局神が滅んだ原因はなんなんだ?)
『知りはしませんよ。その推測通り飽きかもしれませんし、嫉妬かもしれません。ま、醜さが原因で滅んだのは確かでしょうよ。おほほのほ』
(なんじゃそれ)
好き放題笑っていながら、神の滅びはどうでもいいと言わんばかりの【無能】にジェイクは心の中で顔を顰める。
『話が逸れましたわね。今回の件、古代アンバー王国が崩れて千年。現代では額にパールのようなものがあるだけの、神と呼ばれた存在に選ばれた筈の者達が生み出した、妄念と妄執が清算されようとしているのでしょう』
これから数日。ついにレオとジュリアス、アーロン王の暗殺計画が実行に移された。
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