敵から見た三人の人間の小屋

 貝の五人組は堂々とアゲートの街に足を踏み入れたが、第二王子ジュリアス暗殺の使命を帯びた女暗殺者達は、夜の闇に紛れてサンストーン王国王都に忍び込んでいた。


 なにせパール王国とジュリアス陣営は断交状態であり、ジュリアス挙兵後に行われたパール王国の関係者刈りで現地の伝手もない。その上、国内での防諜を得意としていた黒真珠のことを考えると、出来るだけ人目につかない必要があった。


(第二王子ジュリアス、馬鹿だけど間抜けじゃないみたいね。まあそれでもやっぱり馬鹿なんだけど、この状況下で王都の門を閉ざさないなんて)


 そんな彼女達の慎重さとは裏腹に、王都の警備は意外と緩かった。


(王都の市民の殆どは、他所に生活基盤が無いから出ていく心配もそれほどない。それなら経済活動を優先して、人の出入りを妨げないとは……)


 ジュリアスはレオの脱出が確認されると王都の封鎖を解いた。なぜならこの地は一大消費地でもあり生産地でもあるのだ。しかし、いかに経済的支柱であろうと、商人が寄り付かなければ商業活動も税収も期待できない。


 そして、生まれた地で一生を過ごすことが珍しくない時代なので、王都の民は別の街に生活基盤を持たず、出ていく心配はそれほどしなくていい。そう考えたジュリアス達は、自分達の強みを維持するため思い切ったのだ。


(それにしても、運が向いてきたかもしれない。婚約パーティーの開催で、城に出入りする人間がとても多くなってる。これなら紛れ込むのはそれほど難しい話ではない)


 女暗殺者は表情にこそ出さなかったが、内心でほくそ笑む。


 暗殺者達が王都に到着する直前頃、ジュリアスは傘下にいる大貴族の娘と婚約を発表し、近々王城でパーティーが開かれることになっている。そのため、王城には様々な人員が大勢出入りして、一種の混乱状態になっており、それを逃す手はなかった。


(残念だったわねジュリアス王子。私達がいなかったら、ひょっとしたら上手くいったかもしれないのに)


 貝の中でも自分達が介入しなければという前提で、レオとジュリアスの争いはどちらの勝利で決着がつくかの意見が割れていたが、どちらかというとジュリアス有利の見方が強かった。この女暗殺者もそうだ。海洋交易国家の出身だけあり、経済力のあるジュリアスが有利と見ていた。


(後は黒真珠だけ気を付ければいい。ま、所詮は臍出しで男と寝るだけしか能のない連中なんだ。それに【傾城】だって女には意味がない)


 女暗殺者は、唯一の懸念である黒真珠を自分達の常識で判断した。彼女もまた額にパールが輝く選ばれた者であり、臍なんぞにパールがある劣った女達に後れを取ることなどあり得なかった。


 ◆


(これは……賭けがうやむやになって助かったな。かなり前にジュリアス王子ではなくレオ王子が勝つ方に賭けていたが……)


 一方、レオ王子が君臨する街に訪れた貝の暗殺者は、街の様子があまりよくないことに気が付いた。


 パール王国の使節団に紛れ込む形で街に入り込めたものの、街の門は固く閉ざされて人の行き来ができない。そして、偶に訪れる者は入念な検査を行われるので、それを嫌った商人達もやって来なくなっていた。すると当然モノの値段は上がり苦しくなって、市民の顔も暗くなる。


 尤も、純軍事的な視点ならまた評価は違うだろう。サンストーン王国は内乱状態で、しかもレオは近衛兵に襲撃されているだのから、警備を固めるのは間違っていない。


 ただし、絶望的に内向きの適性がなかった。


(この状況でジュリアス王子に負けない、いや、勝つ規模の婚約パーティーをするだって? いや、正しさが全くない訳じゃないが……)


 面白いことに、レオを暗殺する予定の暗殺者が彼に一定の理解を示す。


 ただでさえ逆賊が婚約パーティーを行うとぶち上げた上に、レオの相手は他国の姫なのだ。それに劣ったものを行えば、レオだけではなくサンストーン王国の面子自体が傷つくだろう。そう考えると、レオがジュリアスのパーティーより大規模なものにしようと考えるのはおかしくない。


(だがその金はどこから……って、そりゃあパール王国の金だろうな。なにせお互いの国の婚約だからな)


 おかしいのは、金が無いからと訴えてパール王国に援助してもらいながら、大規模な婚約パーティーを行おうとしていることだ。


(まあいい。お陰で城に入りやすくなったんだから、利用させてもらうとしよう)


 彼らもまた婚約パーティの騒動を好機と捉え、レオ暗殺に向けて蠢く。


 ◆


 そしてサンストーン王国から追放されているが、一応三兄弟の末弟。ジェイクが治めるアゲートの街。


(見誤っていた! ジェイク・アゲートは、泥船から一人抜け出し爪を研いでたんだ!)


 簡単にアゲートの街へ入ることができた五人は外見こそ冷静だったが、内心では大きな衝撃を受けていた。


(港町の賑わいで予想できていたが、それでもこの地の大きさを考えたら、行き交う人間が多すぎる!)


 税の安さと商売のしやすさ。周辺では唯一戦地となっておらず川と海が近い立地。兵による頻繁な巡回が行われ領内が安全であること。それら様々な要因が集まっているアゲートの街は、かつて忌むべき地と呼ばれていたことが嘘のように人が集まって賑わっていた。


(【無能】だと噂されていたのはスキルによる欺瞞だったのではないか!? アゲート大公は、サンストーン王国に先がないと見切りをつけ、忌むべき地に赴いて発展させたに違いない! そうすれば煩わしい介入もなく好き勝手出来る! 今まで碌に噂もなかったのは、危険視されないために敢えて何もしなかったんだ! 全ては兄二人が自滅しているこの時のために!)


 リーダーであるカールの中で全てが繋がった。


 レオとジュリアスが共倒れすると踏んだアゲート大公ことジェイクは、その騒乱に巻き込まれない立ち位置を求めた結果、忌むべき地と言われていたアゲートに目を付け、サンストーン王国からの監視を逃れたのだ。


 そしてジェイクの思惑通り兄二人は着々と共倒れの道を進み、一方でアゲート領は無傷で発展し続けている。後は機を見てサンストーン王国を救うためと立ち上がれば、全てが彼の手に納まるだろう。


(恐ろしい存在が野放しになっていた! この地にやって来てそんなことができるのは、家臣を纏めるとてつもないカリスマ、領内を発展させる経済感覚、サンストーン王国を情勢を知るための独自の情報網、そして先を見通す政治的センスがなければ不可能だ!)


 そこから導き出される結論は、ジェイクが凄まじい才能を持つ怪物だということだ。


 それでなにもかも説明できる。領内の発展も、一人勝ちしている状況も、サファイア王国の自滅に見えた勝利すらもだ。


(まさかこんな怪物がいようとは思わなかったが……残念ながら足りないものがあるな)


 しかし、カールはそんな怪物的な君主だろうと持っていないものがあるとほくそ笑んだ。


(暗殺を防ぐには商才や政治の才能があろうと関係ない。それ専門の訓練を積んだ者が必要だが、どう考えてもそんな者はアゲートにいないだろう。なにせ国家が何十年もかけて作り上げる部門なのだから、新興国のアゲートには人以前にノウハウすらも存在するわけがない)


 それこそが裏の人材である。君主としての才能がどれだけあっても、殺しの技を極めた者から身を守るには専門家の力が必要だ。しかし、そんな者が在野にいる筈もなく、長い時間をかけてゆっくり育てる必要があるが、新興国のアゲート大公国にはそのノウハウもない。


(悪いなアゲート大公。偉大な歴史を築くはずだった者が、毒と短剣に消えるのはよくある話だ)


 驚愕した貝だがそれが結論だ。


 いかに才能がある怪物だろうと、もうすぐ歴史から退場する者になるのだから、それ以上になりようがなかった。


 今の彼らの思考では。


(では手筈通りに)


 そして適当な宿屋を拠点とした五人は、バラバラになってアゲートの街に紛れ込む。


 街での情報収集に、毒の調達に、不穏分子との接触のために、城の人員との接触のために。


 そしてなにより、城を下見するために。

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