敵から見たアゲートの中

 貝の五人だが、港町からアゲートの街には徒歩で向かうつもりだった。海へ流れる川を利用して船で行くことも可能だったが、川上に向かうため風の都合を考える必要があり、余計な手間賃も発生する。そしてなによりアゲートの街が近いこともあって、庶民の利用者はほぼいないので、利用すれば非常に目立つのだ。


「おっと。ちょっと待ってくれ。アゲートの港町には初めて来たのか?」


 しかし、いきなり躓いた。


「そうですが」

(なんだ? なにがおかしかった? どうして港町を出ようとしただけで止められた? 初めて来たと気づかれた?)


 港町を発とうとしたした五人だが、町の境にある衛兵達の詰め所で呼び止められた。そして敢えてポカンとした表情を作り出し、あくまでこの地に初めてやって来た者を装うが、内心ではどうして呼び止められたのかと疑問が溢れていた。


「行き先がアゲートの街ならちょっと待った方がいい。こことアゲートの街の間は交通量が多いから、定期的に兵が巡回してるんだが、丁度そのタイミングの筈なんだ。それに引っ付いて隊商とかも動くから、同行した方が安全だぞ。とは言っても、あくまで巡回しているだけで、護衛じゃないからな。そこは間違わないでくれ」


「これはご親切にありがとうございます。そうさせていただきます」

(安全な手段があるのに、五人だけで急いだら不自然だな)


 衛兵の親切に、リーダー格のカールが素直に頭を下げる。


 安全が無料ではない時代であるため、街から街への移動は危険が伴う。野盗や傭兵崩れ、モンスター、野犬、狼の群れなど、様々な要因が考えられる。そこで生活の知恵というべきか、古来より兵士や軍の後ろに引っ付いて、旅人や行商が移動するのは当然の成り行きだった。


 そして、物流の大動脈ともいえる港町からアゲートの街の間は、頻繁に巡回の兵士が行き来しているため、商人達は安心して移動することができた。尤も衛兵の言う通り、あくまで巡回の兵に引っ付くのが黙認されているだけで、護衛されているわけではない。


 余談だがかつて、兵士は庶民のお守りではないと言って、ついて来ようとする商人や旅人を追っ払った国があるが、商業活動と人の行き来が途絶えてしまい、痛い目を見たことがある。


(さてどうするか……黙って抜け出すのも手だが、行商の集団や旅人はいろいろ知っていることが多いことを考えると、寧ろ好都合なのでは?)


 本来なら、即座にアゲートの街に向かいたいところだが、貝の五人はターゲットであるアゲート大公のどころか、アゲートの街すら碌に分かっていない状況だった。それ故に、行商や旅人の集団に交じって移動しながら情報を集めた方がいいのではと考えた。


(皆も……同じ考えのようだな)


 カールが全員の顔を窺い心の中で頷く。


 兎に角彼らの必要なのは情報であり、その絶好の機会がやって来たのなら逃す手はない。貝の五人はひとまず、アゲートの街へ出発する一団に紛れ込むことにした。


 ◆


「出発する」


 港町を出発した一団だが、その中身は多様性に富む。まず軍の兵士は当然。


「特に問題なかったな」


 唯一兵士達の護衛対象で、港町の報告書を携えている役人。


「今回の儲けは……」


 荷馬車に乗りながら、利益についてぶつぶつと呟く商人。


「元気な初孫でよかったよかった」


 港町で暮らす息子夫婦に子供が生まれ、初孫の顔とついでに息子夫婦の様子を見に行った初老の男性。


「アゲート大公について、素晴らしい歌が作れそうな気がするなあ!」


 つい先日、別の国で女に包丁で刺されたばかりなのに、元気いっぱいの吟遊詩人。


(まずは商人から情報収集だな)


 効率よく情報を集めるためばらけた、パール王国の暗殺部隊。


 まさに異色の組み合わせの一団が街道を歩む。


「商人さんよぉ。干し葡萄かなんか、適当に摘まめるものを売ってないか? 船旅でちょっと気分が悪くなって、なにも食べてなかったんだけどよ。そのせいで小腹がすいちまった」


「ええ。ええ。丁度干し葡萄がありますよ」


 粗末な暗殺計画に怒りを抱いていたハリーだが、ロバに荷物を載せた商人には気さくに声を掛ける。商人からなにかを聞き出すには、まず物を買わないと話が進まないからだ。


「そりゃよかった売ってくれ。それにしても、もう船はこりごりなのにまた乗んなきゃいけねえ。無茶苦茶効く船酔いの薬も売ってないか? 普通のは全く効かなくてよ」


「申し訳ありません。生憎切らしておりまして」


「おっと。ならアゲートの街で買うならどこがいい?」


「それならフェリクス商会の店でしょう。あそこは腕のいい薬師がいるようで、色々と取り扱っていますよ」


「そりゃいいことを聞いた」


 ハリーが聞きたかったのはこれだ。毒や原料を持ち込むのはリスクが高いため、アゲートの街で仕入れようと考えていた。薬にも毒にもなるという言葉通り、薬も組み合わせや加工で強力な毒となり得る。そして怪しまれないよう五人が別々のタイミングで店を訪れ、毒の組み合わせになると気が付かれないよう、薬や素材を買う算段だった。


「この干し葡萄美味いな。まだあるなら売ってくれ」


「ありがとうございます。元々アゲートで栽培されていた種類で味がいいのですが、忌むべき地の葡萄と忌避されてまして。ですが人の行き来と同時に良さが広まって、今では余所に出荷している商人もいるようです」


 ハリーがまた干し葡萄を買ったのは、商人の口を更に滑らかにするためだが、美味いと言った言葉自体に嘘はない。寧ろ予想外の味の良さに驚いていたほどだ。


「しっかし、石畳の街道とは凄いな。馬車乗りの商人とかは喜んでるだろ」


「ええ。ええ。アゲート大公陛下がこちらにやって来られて直ぐ、港町とアゲートの街の輸送をよくされようと石畳にしましてね。一時の損より後の利益を取られたのですから、私は馬車を持っていませんが商人としては頭が上がりません」


 貝の五人が驚いたのは、真新しい石畳の街道が続いていることだ。馬車は晴れの日ならいいが、雨で地面がぬかるむと、途端に泥で足が止まってしまう。それを解消するために石畳にしたのは分かるが、アゲート大公がやって来た当初の経済規模では、費用が少々負担だった。しかし、結果として道の良さは商人がやって来る理由の一つとなり、投資の何十倍もの利益を齎していた。


 だが、道の良さはそのまま素早い援軍にも利用できるが、侵攻された時は相手の行軍速度が上がってしまう欠点もある。


(港町を押さえたら、後はあっという間にアゲートの街を制圧できるな)


 アゲートの繁栄に暗い感情を抱いているオーガストもそれを考える……が。


 石畳を敷く計画の立案者がそれを聞けば、どっかの国は海洋交易国家の癖に、もう港を制圧できる海軍力が無いからやったに決まってるだろうと鼻で笑うに違いない。


「なにかいいことがありましたか?」


「え!?いやあ、実は初孫が生まれまして、顔を見に行ってたんですよ」


「それはおめでとうございます」


「ありがとうございます」


 五人の中で冷静なアンガスが、隠しきれない嬉しさを見せていた初老の男性に声を掛ける。


「昔なら孫の将来に不安があったでしょうが、今は全くそんなことなくてですね。税も安くなってずっと暮らしやすくなったんですよ」


「それは素晴らしいですね」


 こういった話を振ってないのに、ぺらぺらと話をしてくれる人間は情報源となり得るが、なにぶん下っ端やどうでもいい情報しか持っていない者が殆どだ。それらを精査して推測し、重要な情報にたどり着くのには時間が掛かる。だが、殆ど何も分かっていない貝からすれば、なにもかもが重要な情報だった。


「アゲート大公は仁君のようですな」


「それはもう! 前の領主の時は本当にひどかった。アゲート大公陛下が来てくださらなかったら、我々はずっと貧しいままだったでしょう」


(そうなると家臣から崩すのは厳しいか? いや、前領主の下でいい思いをしていた者は不満を溜めているかもしれない)


 この何気ない評価だって重要だ。


 前の領主がよかったというならつけ入る隙があるが、慕われている様なら逆に難しい。だが前任者の腐敗を粛清したというなら既得権益の破壊者でもあり、不満を感じている者もいるだろう。


「税を勝手に徴収していたとんでもない奴がいたみたいでしてね。ですがアゲート大公陛下が来られて直ぐ捕まったりしたんですよ」


「なるほど。では今は牢に?」


「ええ。多分その筈です」


(まだ捕まっているなら、逃がしてそいつがアゲート大公を殺害したように見せかける? 少し手間が掛かって迂遠か?)


 アンガスは少ない情報を頼りに様々な計画を考える。


「いやはや! サファイア王国との戦での英雄譚を書こうと思い立ってこの地にやって来たのですが、その前に私を捨てるのかと女性に刺されましてね! 確かに愛の歌を奏でましたが、歌は歌でしょうに!」


「はあ」

(面倒なのに引っかかったな……)


 一方でリーダーのカールは貧乏くじを引き当てていた。


 赤や青、黄色で染色されたド派手な衣装を身に纏っている吟遊詩人に声を掛けたカールだが、妙にテンション高く、聞いてもいない女性につけられた刺し傷や武勇伝を一方的に話されげんなりしていた。


 通常なら間違いではなかった。素晴らしい歌を作り上げるため各地を放浪して、酒場や社交場でそれを披露する吟遊詩人はかなり情報通だったりする。


「ルビー王国の情熱的な女性を見たことがありますか? ない!? それは勿体ない! 今すぐにでも行くべきですよ!」


 だが女性なら誰もが放っておかないであろう金髪碧眼で甘い顔立ちの青年はそういった情報ではなく、どこどこの女性が麗しかっただの、悲恋に終わっただの、心底どうでもいいことしか話さないのだ。


「ですが私の一押で美女が多い国は……うん? そう、やっぱりルビー王国ですね!」


「そうですか」

(適当なところで切り上げよう)


 吟遊詩人が役に立たないと判断したカールは、内心で顔を顰める。


 ◆


 そして、一日と少しの徒歩の果てに。


 五人がアゲートの街にたどり着いた。

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