恐ろしき暗殺者たち、来たる。
その日、アゲート大公国の港町に一隻の船がやって来た。
「ちらりと噂程度は聞いていたが、それよりもずっと栄えてるぞ」
「確かに。国元のそこそこ賑わってる港町並みだ」
「そこそことは言うが、ここが噂になり始めたのはつい最近のことだ。それを考えると十分凄いことだろ」
船から港町を観察する五人の男達が、港の様子に少なからず衝撃を受ける。
まず前提として五人の男達は、忌むべき地として名高かったアゲート大公国に来たことがなかった。これはついこの前までは大方のパール王国人がそうであり、彼らもさびれた港町を想像していた。
しかしそれは昔の話でしかない。
旧エメラルド王国領土の復興作業の利権に食い込もうとした商人達は、戦乱の影響なくアゲートが全く荒廃していないこと、港周りの水深が深く、大型船でも問題ないことを知ると、この地を拠点として活動していた。更に、アゲート大公国は国策として港の機能を拡張し、税と利用料も低かった。この交通事情と港の良さがあり、サンストーン王国の混乱が原因で復興事業が停滞気味な今でも、船を持つ商人達はこの港町を母港としていた。
(嫉妬の羨みだな)
五人の男達の一人であるアンガスは、アゲートの港町を“そこそこ”賑わっていると評したデレクの中に、暗い感情が宿っていることを察した。
(とは言えその気持ちも分かる。この繁栄は少し前の我らパール王国の姿だ。それが今となっては……エメラルド王国め!)
かつてのパール王国の港町はどこも賑わっていた。あくまでかつてだ。旧エメラルド王国の侵攻によって良港と港湾施設は破壊しつくされ、それを復興するだけの余力もない。最早、海上交易で名を馳せた海の王者はどこにもいなかった。
(近いうちにここもそうなる)
別の男、オーガストの心に宿るのは、アゲート大公国も落ちぶれることを確信する暗い感情だ。
(やっぱりこっちはこっちで、どう考えても面倒だぞ!)
一方、ハリーは暗い感情と真逆の強い怒りを感じている。
(一番簡単だと思っていたら、全く情報がないとは……)
最後のリーダーであるカールが、内心で溜息を吐く。
この五人だが、特徴を説明しろと言われたら、大多数の者が困るに違いないほど特徴がない。
中肉中背で三十歳前後。平均的なサンストーン王国人や旧エメラルド王国人と同じように、白い肌と金髪で
そうなるようにしたのだから当然である……なにせ、彼らの正体は貝の暗殺部隊なのだから。
しかし問題があった。港町が多く日差しの強いパール王国の人間は、殆どが日に焼けた肌と黒い髪を持ち、なにより額にパールが輝いているため非常に分かりやすい。
そこで活躍するのがスキルである。
パール王国の暗部である貝には、自分や他人の姿を別の見た目に変えられる特殊なスキル【変装】を持つ者がいる。そのスキル所持者の力を使って彼ら五人や他の者達は、アゲートとサンストーン王国で怪しまれない現地人の姿に扮していた。
(便利は便利だが、万が一バレたら大ごとになる)
リーダーのカールが、変装状態なのは別の問題があると内心ぼやく。
実はこのスキル【変装】、当たり前と言えば当たり前なのだが、スキル所持者は例外なく犯罪者と断言していい程、悪事にしか使われてこなかった。そのためどの国家だろうと、もしスキルで変装していることが露見したら、大騒ぎになって牢屋にぶち込まれることは間違いない。
「さて。陸に上がるとするか」
「ああ」
船が港に到着し、彼ら五人は忌むべきアゲートの地に上陸する。
(これまた思った以上に、パール王国人が多いぞ。まあ、流石にアゲートの街では少ないだろうが)
カールが素早く港の様子を確認すると、彼らの想像以上にパール王国人と思わしき者達がいた。
パール王国の港がほとんど壊滅しても、船を持つ商人達には関係ない。また新しい活動拠点と母港を見つけるだけだ。
(ちっ。俺達が必死になってるってのに)
それがオーガストは気に食わない。パール王国に縛られている貝は、今回の計画がどれほど滅茶苦茶でもそれに従わなければならない。その差が彼の心をより暗くしていた。
(他人のこと言えないが、人員もこれで大丈夫なんだろうな!?)
その無茶苦茶な計画に、ハリーはずっと怒りっぱなしだ。
というのも、ハリーを含めてこの五人は貝の中でそこそこの腕利き程度であり、決して精鋭ではなかった。
最初の考えでは、アゲート大公の暗殺は問題視されておらず、最も優れた者達はレオを担当することになっていた。そして、アゲート大公と城の情報が全くないことが問題になったのは土壇場も土壇場であり、今更計画を変更する余裕はどこにもなく、そのまま予定通りハリー達が送られたのだ。
そしてもう一方。男殺しである【傾城】との戦いが予想されるジュリアスとアーロン王の暗殺部隊だが、貝の構成員である臍出しではない女の暗殺者が総動員されている。なにせ男が混じっていた場合、下手をすれば【傾城】に誑かされてそのまま寝返る恐れすらあった。
つまりである……この五人、名前からも分かる通り全員男なのだ。
(まずはなんとかして、城の中とアゲート大公を確認しないと)
城やジェイクのことより、もっと重要なことを知らない五人が、港からアゲートの街へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます