動いているのは貝だけでない

「ぐう……」


 自分の私室で寝ているジェイクだが、ここ最近の私室は女の匂いしかしない。


「すう……」


「うひひ……」


「……」


 なにせ部屋で寝ているのはジェイクだけではない。寝息はしているがすぐに飛び起きられる意識状態のレイラ、どんな夢を見ているのかしまりのない笑みを浮かべるエヴリン、無音で身動き一つしないリリーも一緒なのだ。女と男が三対一である以上、ジェイクの匂いがする筈もない。


 この理由は当然、懸念されるジェイクの暗殺に対抗してのことだ。


 現時点でアゲート最強の存在は、殺すことに特化しすぎている殺人兵器のリリーであり、その次があらゆる才能を約束されているレイラだ。


 妙なことに、ついこの前までパール王国に狙われていると予想されて、護衛対象になっていた筈の二人が、今度はジェイクを守ることになっていた。


(んあ? おおっと残念、夢やったか。まあ今は一緒に寝るだけでええわ。今は)


 目が覚めたエヴリンがここにいるのは戦力ではなく、婚約者の立場であるため、ジェイクの弱点として狙われる懸念があったからだ。


 そして珍しく【無能】からジェイクに、色々面倒だから一緒にいろと意見したこともあり、彼らは同じベッドで眠っていた。その色々とやらは、はぐらかしたが。


(ウチが一番最初に起きたって、こっわ。リリーがばっちり目を覚ました)


 エヴリンが自分が最初に起きたのかと、家族の顔を確認しようとした直後だ。リリーがまるで起きていたかのようにぱちりと目を見開いたので、少々慄いてしまう。


(異常はなし)


 そのリリーが異常がないことを確認する。彼女は寝ていようと周囲の状況を把握できるように訓練されている上に、熟睡など以ての外と考える環境で育っていた。


「ジェイク。朝だぞ」


「うわ。レイラもぱっちり目が覚めたし。【傾国】と【傾城】の特技なんか?」


「なんのことだ?」


「さっきリリーも、急に眼を見開いたんや」


 リリーが目覚めた直後、レイラも同じように眠気を全く感じさせず起き上がり、ジェイクに声を掛けた。これにエヴリンは、似たようなスキルの特徴なのかと思うが……。


「なんというか、ここ最近疲れることがない。それでいて寝ようと思ったらすぐ眠れるんだ。こう、常に自分の体が最高の状態を保っている……のか?」


(なに言っとるか分かる?)


(いやあ……)


 自分でも首を傾げているレイラに対し、エヴリンは声に出さずリリーに顔を向けると、以心伝心が成功したのだろう。リリーもなんとも言えない表情になっていた。


「しかし……普通手を出さないとかありえるのか?」


「ほんまやで」


「精進が足りませんでした」


「ぐう……」


 レイラとエヴリンが呆れたように、リリーはなにやら気合を入れて、ぐうすか寝ているジェイクを眺める。


 白いシーツの海に浮かぶレイラ、リリーは言わずもがな。エヴリンだって男の誰もが求めるような女だ。それなのに手を出してこないジェイクに呆れるやら、らしいと言えばらしいと思えばいいのかと、複雑な心境になっていた。


「んあ? ……おはよう皆……じゃあおやすみ。後十時間くらい……」


「おはよう。十時間は長すぎるぞ」


「遅起きは得なんかね」


「おはようございますジェイク様!」


 ジェイクがレイラ達の声を聞いて目覚めるが、爽やかに目覚めではなく寝ぼけまなこだ。そのまま半日寝ると宣言するが、大黒柱は皆仕事をしなければならなかった。


 ◆


「おはようございますレイラ様!」


「おはよう」


(城にいる者達は問題ないと思える。エヴリンが、汚い金と繋がってる奴は一発で分かると言っていたが、こんな感覚なのか?)


 レイラは相変わらず城の衛兵から敬意の籠った挨拶を受けるが、これまた最近変わった感覚を覚えている。敬意の他に、その者が国を傾かすかそうでないかの因子を感じ取っている気がするのだ。


 そしてその感覚に従うと、今現在のアゲート城にアゲート大公国を傾かせる存在はおらず、内向きのことに関しては問題ないように思えた。


(これは……アゲートの周り……と言うことはレオ王子に関する感覚? 一応ジェイクに伝えるか)


 レイラは突如、全く別の形容しがたい感覚を察知するが、それはアゲートの周囲を支配下に収めるレオ王子に関係するものだと当たりをつける。


 感覚の答えは出るが、レイラはどこまで至ってしまうのだろうか。


 ◆


 それから数日。


『おーーーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!』


(うるさい)


 至高の頂に登り始めたレイラですら、まるで察知することができない【無能】が、普段通りの高笑いをジェイクの脳内で披露する。


『これは詰みかけてるかもしれませんわね!』


(レイラの感覚が当たってたけど、これどう考えてもヤバいよな……)


『レオ王子が!』


(アゲートが)


 それぞれ答えが違うものの、思い浮かべている道筋はほぼ同じだった。


(イザベラから、サファイア王国が交渉を少しでも有利に進めるため、国境になけなしの軍を動かした情報が送られてきたけど……)


『国境貴族もそんなことは百も承知でしょうけど、実際軍が動いたとなれば、レオ王子に援軍要請するのは当たり前ですわ!』


(そんでもってジュリアス兄上は、レオ兄上に金が無いのを見抜いて、あちこちで軍の動きを見せてるし)


『ジュリアス側に戦う気がないのは百も承知でしょうけど、実際軍が動いたとなれば、極貧だろうと金と物資を使って備える必要がありますわね! おっと! まるで同じようなことを言ってしまいましたわ!』


 事件はパール王国とは全く違う場所で起きた。


 まずサファイア王国で、先の戦で人質となった者達を開放するため、レオ王子と交渉することが決定した。しかしそれと同時に、まだまだ自分達は戦えるんだと見栄と面子を保つために、なけなしの軍を国境間際まで動かした。


 基本的に交渉は武力の裏付けがあってこそ成立するものであるから、これ自体はおかしいことではなく、サンストーン王国の国境貴族も、実際に攻めてくることはないと見抜いていた。しかし、それでも念のためレオに援軍を要請したのだが、タイミングが非常に悪かった。


 ジュリアスはレオと正面から戦うのではなく、蓄えていた豊富な物資を背景にして、経済的な消耗戦を行っていたのだ。そのため、レオ陣営と境を接している各地の貴族に命じて、軍事行動を起こす振りをさせていた。


 これに対してレオ達はジュリアスの目論見を分かっていたが、何もしない訳にはいかない。なんとか少ない金と物資をやりくりして対応していたのだが……。


 それ故に国境貴族に対して援軍を送る余裕が全くなかった。


『サファイア王国がどんなに頑張っても、遠征する余裕がないことは分かってますから、パニックにはなってませんが、これはお先真っ暗ですわね!』


(どうすんだよこれ。戦ったら勝つレオ兄上に付き合う必要がないとはいえ、戦をやる気がない勢力二つの思惑で、内がガタガタになるじゃん。ひょっとしてジュリアス兄上とサファイア王国は繋がってる? いや、ジュリアス兄上がサファイア王国の計略に急かされて挙兵したのはほぼ間違いない筈だ。となると偶然か?)


『戦に勝つのは、必要な要因の一つでしかないと痛感しますわね!』


(これ、国境貴族から接触あるよなあ……)


『ない方がおかしいですわ!』


(こっちはこっちで軍を動かしたら、レオ兄上から危険だと睨まれるの確定してるから、要請がないと無理だぞ。つくづく世界ってのはこっちの都合を気にしてくれないよな。色々と事が起こりすぎる)


『おほほほほほほほほほほほほほほほ! なにを今更!』


 ジェイクの懸念は、国境貴族がレオを頼り無しと思い、援軍に応じた実績のある自分に急接近してくることだ。しかし状況が違う。レオが健在であるとはっきりしている今、彼の要請がなければ、援軍に行くことはできない。


(これ、ジュリアス兄上がもう一つか二つくらい、嫌がらせしそうだなあ)


『流石は兄弟と言っておきましょうかね』


【無能】の言葉には、ジェイクがそれを分かっているのはという意味と、ジュリアスがレオを怒らせる天才という二つの意味を込めていた。


 ◆


 更に後日。


(ほらな。ジュリアス兄上が大要塞建設の動きと、傘下の大貴族の娘と大々的な婚約発表パーティーを開催予定。レオ兄上に軍を動かして建設を止めれるものなら止めて見ろって煽ってる。そして派手なパーティーで面子を攻め、パール王国の姫との婚約パーティーを、無理矢理それ以上の規模にさせて金を浪費させるつもりだ)


『どうも、レオ王子を怒らせることに関しては有能だったようですわね!』


 その報が届いたのは、奇しくもパール王国の暗殺部隊が、アゲートに到着した日だった。


 騒動が始まろうとしていた。

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