貝が泡を吹くであろう理由

 貝がサンストーン王家に関係する者達を根絶やしにするため、直接行動を起こすかなり前。彼らが全く予想だにしていなかった方法で、それを看破していた者がいた。


「……パール王国の狙いは私とリリーじゃない気がする。多分だがジェイクと他のサンストーン王家かもしれない」


 方法は勘。名を【傾国】レイラ。そう……傾国である。


 朝食を食べている最中、唐突にそう言われたジェイク、エヴリン、リリーは、なんの根拠があってとは言わない。


「自分でも理由は分からない。だが、なんと言うか、とにかくそんな気がするんだ。【傾国】が私に知らせているのかもしれん」


 自分でも説明しにくい感覚を伝えようとするレイラが、文字通り国を傾かせることに特化した女だというこれ以上ない根拠があるからだ。


 事実、女としてこれ以上なく満ち足り、歴代の【傾国】保持者が至ることが出来なかった境地にいるレイラと彼女の【傾国】は、アゲートという国家が傾く因子を敏感に感じ取った。


「なんでだろう? 俺に関しては、サファイア王国の金貨をパール王国にそれほど流していないのに」


「せやな。まだ清く正しい取引しかしとらん」


 それ故、ジェイクはパール王国が自分を狙っていることを確定事項として受け入れたが、理由が分からずエヴリンと首を傾げる。


 いずれ価値がなくなると見ているサファイア王国から奪い取った金貨と銀貨の山だが、黒真珠の証言と状況証拠は真っ黒でも、パール王国は一応形式的にはまだレオと友好国のため、出方を見る様子見で少量使っただけだ。


「どちらかというと、レイラとリリーの方が危ないと思ってた」


 ジェイクが客観的な意見を口にする。


【傾城】と【傾国】は、国家に対する切り札にも厄にもなる。ジェイク達はそれを逃してしまったパール王国が、リリーとレイラを諦めると思っていなかったため、ジェイクが害される可能性はあくまでおまけ程度に考えていた。


 とは言え、そもそもレイラとリリーの方も、今まで接触も襲撃もなかったと言うことは、場所が割れていないことの証明であるため、こちらも危険なのは可能性の話でしかなかった。


「これもまたなんとなくなんだが、パール王国の方がよっぽど国が危ない気がする。ひょっとして自棄になってるんじゃないか?」


「自棄で命を狙われてるのかあ……」


「ジェイク様は僕が必ずお守りします!」


 レイラは変わらず奇妙な感覚に戸惑いながら、パール王国の傾きを確信するが、その傾きの自棄で命を狙われているジェイクは、ただげんなりするしかない。一方、祖国の窮地をこれっぽっちも気にしていないリリーは、どうか安心してくださいと言いながら、隣に座るジェイクにしな垂れかかった。


「そっちは今日、フェリクス君が裏付けを持ってきてくれる手筈やから、ウチの方で聞いておくな」


「お願いエヴリン」


「任せとき」

(まあ多分、レイラのパール王国がヤバいって勘は合っとるやろうな)


 ジェイクに頷くエヴリンだが、彼女の味覚もなんとなく、パール王国が窮地に陥っている原因の一つを感じ取っていた。


 ◆


「会長、失礼します」


「いらっしゃいフェリクス君」


(全く慣れない……)


 エヴリンが待ち受けるアゲート城の一室に、国境貴族の拠り所であるフェリクス商会の主、フェリクスが足を踏み入れるものの、金の化身の前に立つといつも委縮してしまう。


「国境貴族達、金と将来が明るいから上機嫌やなかった?」


「はい。仰る通りです。詳しいことは教えてくれませんでしたが、これで金のことは万事解決する。僕にも爵位以外で報いることが出来るから、楽しみにしていろと上機嫌でした」

(どうしてそれをとは言うまい……)


 ニヤリと笑うエヴリンに、フェリクスは慄きながら説明する。


 今まで陰鬱だった国境貴族と面会すると、人が変わったかのように上機嫌で、今まで常に苦労していた金が、今すぐにでも手に入るかのような気楽さだった。


「なら確定やな。今現在のレオ王子の派閥の領地と、御用商人の動きじゃそんな気楽さは無理や。どっかから分捕ってくる必要がある。例えば、そうやなあ。レオ王子の婚姻先とか」


「他国から戦費をですか!?」


「政治が出来んのは実証し続けてきとるやん。なんも不思議やない。それが実務段階に入ったから、国境貴族も教えてもろうたんやろう。ありがとうなフェリクス君。それが知りたかった」


 更にニヤリとした笑いを深めるエヴリンも、レオがパール王国になにかしらの要求をしただろうと感覚的に把握していたが、その裏を取れなかった。しかし、国家機密に等しい軍事行動の予算と約束事をエヴリンが知る手段はなく、フェリクスがレオ陣営の予算のことまでを聞けば怪しまれるだろう。それ故にエヴリンは、国境貴族の機嫌を確認するようフェリクスに頼んでいた。


 その甲斐はあった。現状でレオ陣営の経済状況をほぼ把握しているエヴリンは、国境貴族が楽観的になる要素、つまり、レオが軍事行動を起こせて国境貴族にまで金銭的な支援を行える金額は、通常の手段ならどんなにポケットをひっくり返して無理だと判断していた。そこから逆算して、どう考えても戦争が行えるような金額を、全く別の金庫であるパール王国が要求されたことを導き出した。


「ですが、パール王国もかなり困窮していますよ?」


「人間ってのは金のことになると途端に馬鹿になるんや。どんなに無い無い言うても、どっかに隠してるだろ。あるだろ。へそくりを出せ。いらんところから削ったらあるやんとか信じる、信じたい、そうであれ。じゃないと間違ってると思う生き物やからな。ましてや人んちの金や。金庫を漁って床下も剥いで、動かせると思うとった金は、実は動かせない金と分かって、ようやく思うことはなんやと思う? なんで金が無いと言ってくれないんだ! なんよ。正直に無い言ってたことは忘れてな。せやからレオ王子たちは、海運で儲けとるパール王国に金があると確信しとるから無茶苦茶な要求やと思っておらん。もう一遍言うけど、金はどんな賢い人間でも馬鹿にする。教育を受けた王やろうと貴族やろうと関係あらへん」


(やっぱ金だわこの人……)


 フェリクスはニヤニヤと笑う女が、人の形をした金に見えてしまった。


(ならパール王国の狙いはレイラの言う通りジェイクやな。それとサンストーン王家)


 そしてエヴリンは、レイラの懸念が当たっていると確信する。


 こうしてジェイク達は、レオ王子がパール王国に支援を要請した後、アゲート家の家族会議が終わった直後というかなり早い段階で、やけくそになったパール王国の狙いがレイラとリリーではなく、ジェイクやサンストーン王家であると看破したのであった。


 その理由が国を傾ける者の勘と、金の化身の味覚であると知れば、貝の構成員達はそれこそ泡を吹くだろうが。

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