この世で最も愚かな者達
この世で最も悲惨な“貝”のサンストーン王家族滅計画だが、ある程度は形になり始める。
楽観論とも言うが。
「サンストーン王国の王城の間取りは分かってる。アーロン王の格に相応しい部屋は限られている以上、特定はそれほど難しい話じゃない」
まずジュリアスとアーロン王のいるサンストーン王国王城は、長年の諜報活動でかなり詳細な間取りを把握しているため、ある程度活動範囲を絞れていた。
「ジュリアス王子は王の執務室にいる筈だ」
特にジュリアスは特定しやすく、王の代理として振舞っている癖に、間違いなく王の執務室で政務を執り行っていると貝は見ていた。
「それに黒真珠と言っても、女だけの裏切り者共だ。【傾城】にだけ気を付ければいい」
そして障害になると目されている黒真珠だが、所詮は差別階級の臍出しであり、女だけの裏切り者なのだ。精鋭である貝とは比べ物にならず、男殺しの【傾城】だけ対処すればいいと判断した。
実はこれ、上層部が彼らの結託を恐れて、意図的に離して運用したせいで、黒真珠も貝も、お互いの実力をほとんど知らない事態が巻き起こっていた。
「裏付けを取れないのが痛いが……」
しかし、ジュリアスとアーロン王については予想に過ぎない。
パール王国はサンストーン王国の王城で働く末端の数人を金で飼っているが、彼らはジュリアスが王城を占拠した後に行われた、パール王国の関係者刈りを恐れて行方をくらませていた。そのため、ほぼ断交状態なことも合わさり、現在の王城の様子を確認する術がなかった。
「情報の点に関してだけ、レオ王子の方が少し楽だ」
「ああ。使者と一緒に行って、どこで政務をしているか確認することができた」
一方のレオは情報を集めやすい。表向き密接な関係があるため、使者の護衛に貝の構成員が紛れることによって、普段のレオがどのように活動をしているかの確認することができた。
「だが結局は寝込みを襲うか毒しかないのに、寝床の場所を確認できてないし、台所に忍び込むのも準備する時間が足りない」
しかし重要なことが確認できていない。
近衛兵達と違い闇に生きる貝は、眠っているレオに気が付かれず殺せる自信があるが、完全にプライベートな寝室の場所まで使者が案内されるはずもなく、レオがどこで寝ているかの確認がとれてなかった。
そして毒が盛られやすい台所は、どの王家でも最も警戒が厳しい場所であり、身元が確かな者しか入ることが出来ないので、貝が潜り込むには準備するための時間が足りなかった。
「やっぱり無理だろ! せめて時間をくれ!」
楽観論に支配されていたものの、考えれば考える程壁が立ち塞がり、現実に引き戻された貝の構成員だったが、上はそうでなかった。
「いつサンストーン王家は滅びるのだ!?」
この発言がパール王国国王のものなのだからどうしようもない。楽観論なのではなく、そうならなければならない願望論だった。
ただし、擁護することもできなくはない。
旧エメラルド王国に滅亡寸前まで追いやられ、失地はほぼ回復することが出来ずサンストーン王国に譲る羽目になったのだから、王としての権威は地に落ちている。その上、弱みを握られていると思い込み、レオへの援助までしなければならないのだから、このままではパール王国は滅んでしまうだろう。故にそれを解決する最も分かりやすい方法に縋るのも無理はなかった。そこに至る誘発の原因を、最終認証をしたのは王なので自業自得ではあるが。
ともかく、この世界における君主制の悪い部分と弱点がもろに露呈した。王が現実を無視し始めても、粛清や左遷を恐れて止める者がいないのだ。
「今しばらく! 今しばらくお待ちくださいませ! 必ず成し遂げて見せますので!」
その上、貝の統率者にして、暗殺を指揮する専門家のフランクが、必ず成し遂げられると太鼓判を押すので、ますます止める者がいない。
(逃げるか?)
一事が万事この調子なので、貝の構成員の中には真剣に国から離脱を考える者が出始めた。
が。先手を打たれた。
「国王陛下! 黒真珠共の例がございます! 万が一にもない筈ですが、それでも裏切り者が出ないとも限りません! 貝の家族を押さえる必要があります!」
「うむ。そうしろ」
なんと絶対に作戦を実行しなければならないとは言え、他ならぬ貝の統率者であるフランクが、部下の家族を確保するよう王に進言して、それが受け入れられてしまった。
元々反乱を防止するために、差別階級のフランクを貝の統率者に任命している上に、黒真珠が離脱したこともあり、王も反乱の懸念を持っていたのだ。
しかも黒真珠とは違い、表のエリートとして振舞っている貝の構成員は家族を持っている者が多く効果的だった。
(馬鹿な!)
貝の構成員は、実際に逃亡を考えている者がいるため、自分達を信用していないのかとは言えない。そして詰んだ。我が身可愛さに逃亡する。もしくは本当に反乱を起こせば家族が処刑されるだろう。
最早、貝の構成員は暗殺を成功させるしかなかった。
しかしである。ここで、間抜けとしか言いようがない失念に気が付く。
「ジェイク・アゲートの顔は誰が知ってるんだ?」
「は? いや待てよ……待て待て待て! 顔だけじゃないぞ! アゲート城の間取りは!?」
「忌むべき地の城とか誰も行ったことないぞ!」
そう。アーロン王、レオ、ジュリアスは詳細な似顔絵があるものの、サンストーン王国からいない者として扱われていたジェイクは、パーティーに参加したことがないため、パール王国の関係者で直接顔を見たことがある者は誰もいない。その上、忌むべき地の城になど誰も行ったことがないので、城の間取りが全く分からないのだ。
「なんで誰も気が付かなかったんだ!?」
「行きゃあすぐに始末できると思ってたんだよ! お前もそうだろ!?」
「面倒な方に気を取られすぎてた!」
「お前が計画を作ってたんじゃないのか!?」
「そっちがやってると思ってたんだ!」
【無能】だから大丈夫だと高をくくっていた彼らは、まず難問だったレオとジュリアス、そしてアーロン王に集中しすぎるあまり、ジェイクとその周りの情報が存在しないことに今更気が付いた。
しかし、それを悔やむ時間は残されていない。
「国王陛下が計画の実行を命じられた! これは王命である!」
だらだらと脂汗を流し、目が血走っているフランクが、暗殺計画の実行を宣言した。
暗殺者という職人に対して、レオへの資金提供の期日が間近という、政治的で無茶苦茶な納期がついに訪れたのだ。
この類は碌なことにならないと歴史が証明しているが、聞きたいことだけを聞いてできると思い込み、現実を直視しない人の愚かさもまた歴史が証明していた。
そうでなければ、国が亡びるなどありはしない。
また、時代が動こうとしていた。
『おほほほほほほほほほ! なんともまあ働き者ですわね!』
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