この世で最も悲惨な者達
現在世界で最も悲惨な状況なのはどこの誰か?
表向きアゲート大公国のナンバーツーとして、日夜政務に励んでいるチャーリー? いや、彼はなんだかんだと要領がいいので休めているし、使用人のエミリーからも慕われているので、最も悲惨という訳ではない。
レオとジュリアス? 彼らはやることなすこと殆どが裏目に出ているものの、悲惨と言うにはまた違った状況だ。
アーロン王? かなり正解に近いかもしれない。ジュリアスに軟禁されて王とは名ばかりであり、歴史にはサンストーン王国を割った原因を作り出した、愚王と記される可能性が高いのだから、悲惨と言えば悲惨だろう。
では正解はどこか。
答えは肥満の臍出し、フランク率いるパール王国の国外諜報機関“貝”である。
「宰相閣下から、サンストーン王国のアーロン王、レオ、ジュリアス。それとアゲート大公国のジェイク大公を殺せと命じられた!」
予定と計画をなにもかもぶち壊されたフランクは、唾を飛ばして部下達に怒鳴る。
「不可能だ!」
「なぜそんなことに!?」
「どういうことですか!」
部下達も負けていない。汗をだらだらと流しているフランクは一応上司の筈なのに、真っ向から怒鳴り返している。
別にこれは、組織の風通しがいいからではない。と言うのも、“黒真珠”と違い貝において差別階級の臍出しはフランクただ一人で、後は普通の階級に属するパール王国人だった。
これは精鋭を謳われている貝が反乱を起こすことを危惧したパール王国の人事方針だ。貝のトップを差別階級の臍出しにすることで、もしそのトップがよからぬことを考えても、下が追従しないようにしたのである。
尤もこの人事、その下の者達から非常に不満が出ている。臍出しが彼らを使っていることもそうだが……。
「まさかできると安請け合いしたのではないでしょうな!?」
「宰相閣下はやれと命じられたのだ!」
(上の連中はいっつもこれだ! やれと言ったらできると思ってやがる! それにこのデブめ! 絶対安請け合いしたに違いない!)
貝のトップは身分が低いために、代々イエスマンなのだ。国王や大臣、宰相に命じられたら、どれほど困難だろうと請け負うので、そのしわ寄せはいつも貝の全体にまで波及する。尤も、それでも今まで破綻してこなかったのは、彼らが優秀であるという証明にもなっていた。
「不満があれば代案を出せ! この窮地の祖国を救うための代案をな! 私は無いから請け負ったのだ! さあ、今すぐ宰相閣下に、素晴らしい代案を出してこい!」
「ぐう!?」
フランクの怒声に貝の構成員達は呻くしかない。
パール王国の窮地は明らかで、それを解消する手段はほぼ無い。詰みかけている現状、考えられる唯一の策が、サンストーン王国の系譜を始末することだ。
ほぼ不可能という点を考えなければ。
(くそが!)
それでも貝の構成員達は行動に移せない。既にフランクができると承諾したところに、直接宰相たちと会える立場でない彼らが意見をするのは多大なリスクを伴う。
パール王国は臍出しの扱いでも分かる通り、単純な身分関係も非常に厳しいので、下手をすれば有無を言わさず殺される可能性もあった。
こうして彼ら貝は、進むも地獄、退くも地獄な最も悲惨な状態に陥ってしまう。
「誰か一人を殺したら警戒されてしまう。やるなら一度に全員になる」
「ジュリアス王子の所には黒真珠共がいるんだよな? 連中を掻い潜ってだと? しかも【傾城】がいるとなれば、男は送れないぞ」
「レオ王子は反乱の時に自ら剣を振るって脱出したんだ。生半可な腕じゃないぞ」
「アーロン王が軟禁されている場所は王宮のどこだ?」
言葉通りだ。
例えレオとジュリアスが敵対していても、不審死したとなれば身辺の警護は更に跳ね上がるだろう。それはアゲート大公となったジェイクも同じで、貝は一度に全員を始末することが求められた。
だが、各々が厄介過ぎた。
状況証拠的に、ジュリアスの所には黒真珠の構成員だけでなく、男に対して絶対的な優位を持つ【傾城】までいる可能性が高い。
そしてレオは、反乱が起こった際に自らの手で脱出を果たし、【戦神】の名を証明している。
アーロン王に至っては、そもそもどこにいるのか分かっていなかった。
「一番簡単なのはアゲート大公か」
「ああ。なにせ【無能】だ」
その中で唯一、ジェイクだけ難易度が低い。
幾らパール王国が困窮していようと、サファイア王国軍の敗因が、殆ど自滅のような形だと言うことは分かっている。そのため、ジェイクは勝手に崩壊しかけていたサファイア王国に、最後の一押しをしただけであり、特に恐れるような点はないと判断されていた。
「だが全く準備時間がない! どうしろって言うんだ!」
しかし、幾らジェイクの難易度が低いとはいえ、それはきちんと準備をした前提の話だ。金銭と物資を送る前までに、サンストーン王家の系譜を始末しなければならないため、彼らは無理な納期を押し付けられた職人のように悲鳴を上げるのであった。
◆
勿論全てが間違っていた。
彼らが最も簡単だと思っているアゲートには、男に対して優位な【傾城】という名を被った殺人兵器と、枠を超えかけている【傾国】。
『おーっほっほっほっほっほっほっ! まあやってみなさいな! 応援はしませんが見届けてあげましょう!』
侮った【無能】そのものが存在していた。
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