別の家族の形

 悩みが多いものの共に手を携えているアゲート家だが、ジェイクの元家族、レオとジュリアスの窮地を全く別の側面から見定めている者達がいた。


「レオ王子とジュリアス王子のにらみ合いだが、傭兵達に期待しない方がいいな」


「うん? どうもレオ王子には金がないみたいだけど、ジュリアス王子の方は金を持ってるだろう?」


 アゲートで雇われている傭兵アイザックと、元黒真珠で川のせせらぎ亭店主デイジーが、一勝負終えた心地よい気怠さを覚えながら、ベッドの上で囁いている。


 デイジーが疑問に思ったのは、明らかに物と金がないから動けない様子のレオはともかく、内向きのことに長けている上に、王都の国庫を押さえているため資金力がある、ジュリアス側の傭兵の働きに期待しない方がいいとは何故かということだ。


「レオ王子の方は確かに言う通りだ。旧エメラルド王国の戦いで、レオ王子傘下の貴族に雇われてた傭兵は、ちゃんと評価して貰えて知り合いも喜んでた。しかし、傭兵は金の匂いに敏感だからな。金がきちんと払われるか怪しいところには寄り付かない。それと、有名どころの傭兵団に全額後払いで打診したなんて噂があるが、流石にそれを受ける奴はいない」


 アイザックがなんとも言えない顔でレオを評する。


 先の旧エメラルド王国との戦でレオ派閥に雇われた傭兵は正しく評価されており、その活躍に応じて報いられたので、傭兵達のレオへの評価は高い。だがそれは、無償の奉仕に直結するものでなく、あくまで金銭を前提とした関係だ。


 現在のレオは傍から見ていも明らかに金で困っているため、傭兵達は迂闊に近寄ることが出来なかった。


「完璧な奴はいないということか」


「じゃあジュリアス王子は?」


 その傭兵の一人として、戦に勝てて金払いがいいのは理想が高すぎるかなと苦笑するアイザックの顎を、デイジーは人指し指でつーっと滑らせる。


「イーライを知ってるか?サンストーン王国で最強と謳われていた冒険者だ」


「ああ知ってるよ。酒場をやってたら自然と聞く名前だった」


 くすぐられたアイザックはデイジーを抱き寄せる。そしてアイザックが告げた名前は、デイジーも知っていた。それはかつてサンストーン王国内で最強を噂されていた男であり、故人だ。


 イーライは旧エメラルド王国の戦いで、アーロン王に無礼を働いて討たれている。だがこれが問題だった。


「分かった。ジュリアス王子が雇ってどうも不審死したから、冒険者だけじゃなくて傭兵達も寄り付かないんだね?」


「ご明察」


 女諜報員として活動していたデイジーは、まさに一を聞いて十を知ることができる。それ故に、イーライの名前で全てを察した。


 尤もこれが黒真珠として活動していた頃なら、敢えて物分かりが悪い女を演じて、更なる情報を聞き出そうとしただろうが、今ここにいるのは単なるデイジーだ。


 そして問題とは、アイザック達の視点からでは、イーライの死が不審死なのだ。


「数度だけだが会ったことがある。悪い意味で金に汚くて、強者の自分はなんでも許されると思っていた。だからどうせ、貴族の怒りを買って殺されたとは思ってるんだが、死んだ理由がはっきりしない」


「多分悪いのはイーライだけど、なぜかその理由が表に出ないから、傭兵達はジュリアス王子が危険だと思ってるんだね」


「ああ」


 アイザックは嫌なことを思い出したのか顔を顰めるが、デイジーの掌で顔を覆われると気を抜いた。


(ふふ。妙なところで可愛い男)


 デイジーはその安心したかのようなアイザックの姿に微笑む。


(それはそうと、この男に顔を顰めさせるなんて、イーライって男はよっぽどだったんだね)


 それと同時に、デイジーとしてはらしくなく、惚れた腫れたの関係になった男の顔を顰めさせたイーライに苛立ちを覚える。


 イーライの名は大きかった。そのためアイザックを含めて、多くの傭兵や冒険者がイーライの動向を気にしていたが、その死因がはっきりしない。なぜなら反逆者を連れ込んだ形のジュリアス陣営と、それをなかったことにしたいアーロン王の思惑が絡まり、この件が下々の者達に伝わることがなかった。


 勿論レオはお構いなしに広めようと画策したが、彼は彼で王命を無視した弱みがあり、下手に騒ぐと自分が火だるまになるため、その計画は見送られていた。


 とにかく、アイザック達が知り得る情報は、イーライがジュリアスに雇われ、サンストーン王国の本陣へ向かい、どうもそこで殺されたのではないかというものだ。これではいくらイーライの素行が悪くても、ジュリアスが詳細なことを説明しない以上、傭兵や冒険者達は何か陰謀に巻き込まれるのではと恐れて寄り付けない。


 結果、ジュリアスはただでさえ武力に不安があるのに、妙なツケを支払わされる羽目になっていた。


(やっぱ普通の女じゃないな)


 僅かな情報でジュリアスの苦境を察したデイジーに、アイザックは心の中で苦笑するがそれだけだ。いくら小金持ちが多い酒場の店主の気が利くとは言え、イーライの名前だけで正解を導き出すのは並大抵ではない。だが、傭兵は脛に傷を持つだけでなく、思いもよらない経歴まで持っていて驚くなど日常茶飯事だ。そのため、ある意味慣れているアイザックは、態々デイジーに経歴を聞くようなことはしなかった。


(相手は惚れた女なんだ。これも男の度量だな)


 その上、デイジーはアイザックが愛している女であり、さっぱりしすぎた性格で分かりにくいが、確かに彼も愛されている自覚があるので尚更だ。


「なんだい?」


「なんとなくさ」


「そう」


「ああ」


 だからアイザックはデイジーを更に抱き寄せ、彼女もまたそれに応えるように身を寄せる。ここにも別の家族の形があった。

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