世界の中心から遠い国境でも悩みは尽きない

 サファイア王国との戦勝に領民は沸いているものの、トップが冷静なのはアゲートの地だけではない。


 サンストーン王国の国境貴族達は冷静……。


(詰みかけてる……)

(どうしたらいいんだ……)

(なんで……)


 を通り越して、葬儀に参加しているような暗い気持ちだった。


「なあ、ヤバいよな……」


「まあ……」


 それはエバン子爵も例外でなく、彼は腹心のトーマスと項垂れていた。この二人、身分の上下関係こそあるものの、幼少の頃から共に育ち、今まで隠し事をしたことがない無二の親友だった。それ故にかなり突っ込んだ会話もできる。


「もしまたサファイア王国の侵攻があったとして、レオ殿下の援軍……来ないんじゃないか?」


「少数なら来るとは思いますが……」


 エバンとトーマスが小声でやり取りをする。


 エバン達国境貴族が最も懸念しているのは、サファイア王国が再侵攻してくることだ。しかし、レオが生死不明だった以前と、はっきり無事だと分かった今では大きく状況が違う。サンストーン王国内は未だ内乱状態とは言え、国境貴族の主であるレオがいるのだから、もしサファイア王国が再侵攻してきても援軍が送られる。と思っていた。


「まだ軍の編成の目処が立ってないんだよな?」


「どうもそのようでして……」


 だが、レオの無事を祝うために送った使者達が、軍の編成に手古摺っているレオ達の様子を見てしまい、それを知った国境貴族達は一気に不安になった。


 サファイア王国が攻めて来たなら、国境貴族としては即座に援軍に来て欲しい。それなのに、逆賊ジュリアスを討つという、これ以上ない大義名分を得ている筈のレオが軍を編成できていないのだから、国境貴族全員が、どこまで頼りにしていいのかと動揺していた。


「なんとかなっているから、この際、金のことは後からでもいい。しかし、安全保障の問題は……」


「はい……」


 国境貴族達は、レオから金銭的な援助が後回しになることはある程度予想していた。しかし、最も重要な安全保障の問題まで覚束ないのは予想外だった。【戦神】の傘下にいると思っていたから尚更である。


「ならやはりアゲート大公しかないが……怒ってるよなあ……」


「……」


 今にも崩れ落ちそうなエバンに、トーマスは何も言うことが出来ない。


(こっちの最後の生命線なのに、どうして向こうはアゲート大公の使者を無視するんだ!)


 代わりに心の中では、レオ達に悪態を吐いていた。


【戦神】という額面通りなら立派だが、いまいち頼りにならないレオに比べて、ジェイク・アゲート大公は無能ながら、実際に援軍を送ってくれた確かな実績がある。


 そのため国境貴族達にとって、ジェイクはきちんと機能することが証明されている最後の生命線なのだ。それなのにレオ達がジェイクの使者を無視したものだから、普通に考えるともう二度と国境貴族にジェイクは援軍を送らないだろう。


「手紙では今まで通りの付き合いを確約してくれているが……」


「こちらはかなり苦しい文でしたからね……」


「ああ……」


 エバン達が主であるレオのやらかしについて勝手に謝ると、レオの非を認めてしまうことになる。そのため、世間話風なご機嫌伺をしながら、謝っていると伝わるように、文章を複雑にこねくり回した手紙をジェイクに送っていた。


 尤もその返事は、今まで通りの付き合いを約束してくれていたが、よかったアゲート大公は怒っていないんだと鵜呑みにする愚か者はいない。


「フェリクスへの爵位も拙いよなあ……」


「あの時の我々では、知ることが出来ませんでしたので、仕方ないことかと……」


 更に拙いことがある。


 国境貴族は功績あるフェリクス商会の主、フェリクスに爵位を与えるため、連名でレオに彼の功績を送っていた。だが結果だけ見て見れば、無視されたアゲート大公と、功績が認められる予定の平民という構図が出来上がってしまったのだ。


「だが取り下げはできん。俺達の面子もそうだが、フェリクスとの関係悪化は絶対に防がねばならん」


「はい。現状を考えると他の商人というのはどうも……」


「そうそれだ。サファイア王国の密偵が混じってるかもしれんから信用できん」


 だが爵位の申請の取り下げは出来ない。それをすると国境貴族が約束を守れない者として見られる可能性があるし、なによりフェリクスは信用と信頼を疑う必要がない、唯一の商人なのだ。


 少々面倒なのだが、武功で成り上がったような貴族は、商人を利に敏すぎて、いざという時に頼りにならない存在と見ている者が多い。そのため、商人が彼らの信頼を勝ち取るのは骨が折れるが、サファイア王国との戦争前から国境貴族を支援しているフェリクスは、彼ら目線で言えば恩人で殆ど戦友であり、唯一安心して取引できる商人だった。


「フェリクスなら、レオ殿下の苦境も……」


「それは……」


「いや分かってる。言ってみただけだ。レオ殿下の御用商人がいい顔をする筈がないし、俺の立場で本人にこれ以上金を出せとは絶対に言えん」


 エバンの考えは、国境貴族の誰もが一度は思ったことだ。


 レオの苦境が、金の無さが一因にあることを知っている彼らは、信頼できるフェリクスなら、なんとか金を工面できるのではないかと考えたことがある。しかし、元々レオには御用商人がいるし、なによりただでさえ支援してもらっている身で、これ以上金を出してくれとは言えなかった。


「ああどうしたら……」


 再びエバンは頭を抱えて、ジェイクとレオの間で板挟みになる。


 何処の国でも、弱小の貴族は頼りになる存在を求めるものであり、力関係と情勢に右往左往するものだ。


 国境貴族達の悩みは尽きない。

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