世界の中心でも悩みは尽きない
「警備の方は大丈夫ですか?」
「はい! 姉さん達が何人か城で働いてますし、兵から腕利きの人を借りてます!」
落ち着いたイザベラの質問に、自分の素性を
そのことについては、ソフィーを介した定期連絡で何度も同じやり取りをしているが、それでもイザベラは聞かずにいられなかった。
なぜならアゲート家で目下の最懸念事項は、パール王国がレイラとリリーだけではなく、ひょっとするとジェイクにも危害を加える可能性があることだ。
(歯がゆいですね)
イザベラは、愛するジェイクのみならず、妹分だと思っているレイラとリリーの身に危険が迫っているかもしれないのに打てる手が少ないと、珍しく苛立たし気な思いを抱く。
まさかパール王国に、【傾国】と【傾城】がここにいるけれど、危害を加えないように。ひょっとして大公を害そうとしていないか? などと言う訳にはいかない。そして、流石のスライム情報網も、元々はイザベラの運命の相手を見つけるための存在だったので、パール王国の暗部には潜り込んでいなかった。それ故に、出来ることと言えば精々守りを固めることくらいだ。
尤も、リリーは対人において世界最強の一角と言ってよく、そのリリーと訓練しているレイラも実力も凄まじいことになっていたので、警護対象が警護する者達より強いという逆転現象が起こっていた。ジェイクは別の意味で
「国内の様子はどう?」
「ようやく落ち着いてきた感じ」
ソファに座ったソフィーが、隣に座ったジェイクにアゲート大公国の様子を尋ねる。
サファイア王国と未だ正式な終戦協定は結ばれていないものの、実質戦争に勝利したアゲート大公国の国民は、軍の帰還や戦勝パレードが行われた際に、その興奮がピークに達した。しかし、人間は熱しやすく冷めやすいものであり、一月二月と時間が経つに従って、その熱狂も収まっていた。
「それはよかった。戦勝の高揚は判断を過激なものにするか、いいことばかりではない」
「うん」
ソフィーとジェイクを挟んで座っているアマラが、ワインを一口飲みながら持論を述べる。
人間が感情の生き物であり、時として合理性とはかけ離れるどころか、全くない行動をすると知っているアマラにしてみれば、勝利の高揚は無条件で容認できるものではない。勝利という全能感に判断を狂わされて、その後に破滅へひた走った者が多いことは歴史が証明していた。
「とは言っても、勝つために高揚感と戦意が必要なのは間違いない。毒にも薬にもなると言えるか」
「薬師のアマラがそう言うと含蓄がある」
毒婦ではなく、薬師らしいアマラの言葉に頷くジェイクだが、とてつもなく恵まれた立場だ。
千年を生きる古代アンバー王国の生き残りで、各国の王族とのつながりが深いアマラとソフィーの双子姉妹を、政治的なブレーンに招くことが出来るなら、どのような王家も対価を惜しまないだろう。
実際にそういった話もあったが、彼女達は原初の王国の生まれ故に、特定の王国に関与していい立場ではないと断っていた。今は違うが。
「サンストーン王国の国境沿いの貴族達とはどうです?」
「お得意様ですよ。」
「うふふふ」
ニコニコ顔のイザベラから、サファイア王国と戦った、国境沿いのサンストーン王国貴族との付き合いについて尋ねられたエヴリンはニヤリと笑う。
だが、そのニヤリと笑った顔の邪悪さに相応しく、お得意様というのは口だけだ。
国境貴族達は、サファイア王国の捕虜を鉱山に送って稼働させていたが、素晴らしいことにこれ以上なく信用できる取引先がいたため、販路に全く困っていなかった。
その取引先の名をフェリクス商会。サファイア王国との戦争前から、国境沿いの貴族達を支援していた志ある商会であり、貴族達は戦友とすら思っていた。
その為貴族達は、鉱物資源に限らず領内の産物をフェリクス商会に売り、得た金でサファイア王国の再侵攻に備えながら、なんとか領内に金を回している状態だ。そのため、フェリクス商会が実質エヴリン商会、いや、アゲート大公国商会であることを考えると、国境貴族の領地は経済植民地と言ってもいいだろう。
「その節はありがとうございます」
「いえいえそんな。うふふ」
ニヤニヤ笑いとニコニコ笑いが更に強まる。
経済活動の再開と、国境貴族達の主であるレオの無事が確認されたことで、商魂逞しい商人達はなんとかそこに割り込めないかと思ったが、フェリクス商会には更に有利な点が存在する。
それがニコニコと笑う女教皇イザベラの密命を受け、エレノア教の司祭が作成して立ち会った契約書だ。それには販売の優先権が記されており、フェリクス商会も適正価格で買い取っていることもあって、他所の商人が介在できる余地はどこにもなかった。
「ぐふふふ」
「うふふふ」
(私よりよっぽど危ない奴だろ)
イザベラの上品な笑いと違い、ぐふぐふ笑い始めた友人のエヴリンを見たレイラは、スキル【傾国】を持つ自分よりも危ない女だなと再認識した。勿論、五十歩百歩。団栗の背比べである。
(レイラめ。そのうち光り始めるぞ)
女として満ち足りている【傾国】の美は、アマラをして色々通り越した呆れの感情を抱かせるほどだ。
「サンストーン国の非主流派貴族の様子はどう?」
「混乱してる。レオ王子はジュリアス王子の檄文を裏付けるようなことしかしない上に、アーロン王を無視する形で婚姻を発表したから、アーロン王は死んだのかと誤認してる者もいるみたい」
「アボット公爵も?」
「非主流派の心の拠り所だから、余計悩んでるのではないかと私は見てる」
「ああもう……」
ジェイクがソフィーに、要領が悪かったり、疎まれていたり、中央からは見向きもされない程僻地にいるような、サンストーン王国の非主流派貴族達の様子を尋ねる。そしてソフィーの答えに、気苦労を背負い込んで、やつれている様子がありありと想像できるアボット公爵の顔を思い出して嘆息した。
「まさかとは思いますけど、非主流派貴族達がジェイクに接触するという話にはなりませんか?」
レイラが恐る恐るとソフィーに尋ねたが返答は帰ってこず、ソフィーはアマラ、イザベラと視線を合わせるだけだ。
「レオ王子の生存が確認される前はその可能性が高かったです。いえ、確実ですね。逆賊を討つための旗頭はジェイク様しかいませんでしたので」
まずイザベラが、以前の状況なら間違いなく接触しようとした筈だと、レイラの懸念を肯定してしまう。だがそれはあくまで以前の話だ。
「ああ。だが、生存が確認された今となっては、態々サンストーン王家から離れたジェイクを旗頭にする必要はない。のだが……」
アマラが今は違う状況だからその心配はないと答えるが……語尾が弱い。
「レオ王子は不適格な行動を続け過ぎている。レオ王子とジュリアス王子が共倒れになって、面倒がない状態でジェイクに戻ってもらい、そこから再出発した方いいのでは。程度は思ってるかもしれない」
「そんな……」
「ぐえ……」
ソフィーがアマラの言葉を引き継ぐと、レイラとジェイクは呻いてしまう。
(今更追放された三男坊が、しかも内乱が起こった国に戻って王位を継ぐとか、面倒なんてもんじゃないぞ……)
単に言葉だけを見たなら、大公から王になるのは素晴らしいことだろう。だがその内実は貧乏くじを引かされるも同然であり、ジェイクにしてみれば頼むから放っておいてくれとしか思わない。
『おほほほほほほ! 単純な方に引っ張られるのは人間の性ですわね! レオ王子とジュリアス王子が共倒れになり、アーロン王を隠居という名の幽閉処分にすれば、諸々が分かりやすくなりますわ!』
少しだけ大人しかった【無能】がいつもの高笑いを披露する。
【無能】の言う通り、非主流派貴族にしてみれば、疑惑だらけで政治的に全く信用できないレオと、反逆者の筈なのに檄文が妙な説得力を持ち始めたジュリアスがいなくなれば、難しいことを考える必要もない。後はアーロン王さえどうにかすれば、面倒ごとは殆ど消え去るのだ。実際に、ほんの僅かだがそう考える貴族もいるほど、サンストーン王国はぐちゃぐちゃになっていた。
「えーっと。ジェイク様が、ジェイク・サンストーン様に戻り、サンストーン王国の国王様になって欲しいと思ってる人がいるかもしれない。そういうことですか?」
「まあ、ゼロではないかもな」
要点を自分なりに纏めたリリーに、アマラが顔を顰めながら頷いた。
『おほほほほ! ではジェイク・サンストーン国王陛下! 最初の王命を下さいまし!』
(責任はちゃんと取るから、仕事をぶん投げられる人を見つけて来てくれ……)
リリーが口にした、ジェイクの元の名であったジェイク・サンストーンの響きが気に入ったのか、態々彼をそう呼んだ【無能】だが、ジェイクの返事は冗談の様で本気だった。
「こちらの問題は、無くなることも消えることもない」
「うふふ。違いありません」
肩を竦めたソフィーに、イザベラは苦笑して同意する。
非主流派の極一部が、レオとジュリアスの問題が無くなればいいのにと思っていても、アゲートには次から次へと新たな問題が押し寄せている。
この場は世界の中心と言って過言ではなかったが、だからと言って悩みと無縁ではいられなかったようだ。
◆
後書き
話が進まない欠点がありますけど、各陣営の主観で見た情勢と思惑、客観で俯瞰した微妙なすれ違いと読み違いが、政治パートの醍醐味だと思ってます(小声)
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