世界の中心

 ソフィーが転移魔法を用いて行う、ジェイクとの定期連絡は単純である。夜間、決まった時間にジェイクの私室へ訪れるだけだ。


 とは言え、時空間や転移に関する魔法は、神の領分を侵す禁忌とされている上、この地にいない筈のソフィーが、アゲート城の衛兵に見つかると大問題となる。そのため定期連絡の際、ジェイクの私室は人払いされる。


 だが例外もいる。


「皆いるのね」


「うん」


 ソフィーがジェイクの私室に転移すると、そこにはジェイクだけではなく、レイラ、エヴリン、リリーの姿があった。彼らは、ソフィーが来るので椅子に座っていたが、先ほどまでジェイクはベッドで仰向けになり、国を亡ぼす三人娘達に妖しく囁かれていた。


「一旦様子を見に来ただけだから少し待って。直ぐに戻る」


「分かった」


 今回変わっているのはそれだけではない。本来なら、レイラ達がいてもそのまま情報交換を行うが、ソフィーは直ぐに戻ると言い残し、転移魔法で消え去った。


(となると)


『おほほほほほ! 愛されてますわねえすけこましさん!』


(誰がすけこましだ)


 だが何度かこのやり取りは行われていたため、ジェイクは何が起こっているかを察し、【無能】は高笑をする。


 そしてジェイクの予想はすぐに的中する。


「到着した」


 再び現れたソフィーと共に、イザベラとアマラがやって来たのだ


「ああ我が君! このイザベラ、我が君を想わなかった日はございません!」


「ぐもももももも!?」


 イザベラはジェイクの顔を見るなり駆けだすと、女達の中で最も女性的な体で、椅子に座っているジェイクを掻き抱いた。しかも珍しいことに、完全にプライベートなつもりのイザベラは、いつもの豪奢な女教皇の服ではなく、柔らかな婦人服を着ているので、ジェイクは普段より余計にイザベラに埋もれてしまっていた。


「いやあ、相変わらず挨拶が派手やなあ」


「これ、挨拶と言えるのか?」


 ある意味で、イザベラとジェイクのお約束を見たエヴリンはいつものことだと頷くが、レイラは冷静に突っ込む。


「我慢ができん奴だ」


「確かに」


 だが、一歩で遅れた形のアマラとソフィーも苦笑しているので、まさにお約束のようなものだった。


「エレノア教の経典に、この挨拶の仕方が書いてあるんやろ」


「馬鹿言え」


(ひょっとしてもう一度好機が?)


 レイラとエヴリンがじゃれ合っている横で、三人娘の最後の一人であるリリーは、こっそりとこの後の展開を予想して隙を窺っていた。流石は暗殺技術を持つ、闇の毒蛇である。


「では早速ベッドへ行きましょう!」


「僕もご一緒しきゃうん!?」


「待たんかコラ!」


「抜け駆けはよくない」


「ぐももももももももももも!?」


 もう辛抱堪らんと興奮したイザベラは、ジェイクをベッドまで連れて行こうとして、リリーも好機を逃さずそれに乗ったのだが、突撃してきたアマラとソフィーの圧に負けてしまう。闇の毒蛇でも、我慢を重ねた姐さん女房達には負けてしまうのだ。


「これぞ真のお約束や」


「まあ……な」


 それがジェイクなら尚更だ。彼はこれまたお約束のように、姐さん女房達に埋もれてしまうが、レイラとエヴリンは、アマラ達の気持ちがよく分かるので、彼を助けることはなかった。


 ◆


「うふふふふふ」


 先程の一瞬でジェイク成分とやらを補充したイザベラは、つやつやとした顔で微笑んで、ソファに座っている。


「これでようやく落ち着いて話せる」


「ええ」


 アマラとソフィーは、口ではイザベラに文句を言っているようだが、先ほどはちゃっかりとジェイクとの触れ合いを楽しんでいた。


 それにしても相変わらず恐ろしい光景だ。


「油断も隙も無いとはこのことだ」


「え、えへへ」


 統べる【傾国】が、好機は逃さなかったものの、撥ね飛ばされた毒の滴る【傾城】に嘆息する。


「堪能しました?」


「ええそれはもう!」


 ニヤニヤと笑う金の化身たる【奸婦】と、ニコニコとほほ笑む神すら堕とした【悪婦】。


「これであと一日は戦える」


「短すぎるぞ」


 真顔で冗談とも本気とも取れることを呟く【妖婦】と、呆れる【毒婦】の、この世で最も尊い血筋の双子姉妹。


 一人でも国を亡ぼすのに十分な女達が勢揃いしている光景は圧巻の一言だ。


『おほほほほほほほ! よく生きていましたわね!』


 それと【無能】も。


「イザベラ、アマラ、ソフィー。俺のためにサンストーン王国に残っていてくれてありがとう」


 ソファに座ってアマラとソフィーに挟まれているジェイクは、偶にやって来るイザベラ達と会うたび、自分のためにサンストーン王国に残ってくれていることに頭を下げている。


「我が君のためとあらば!」


「なに気にするな」


「情勢がややこしすぎるから仕方ない」


 勿論イザベラ達も言葉ではそう言うが、可能なら今すぐアゲートの地に移住して、こっそりと世間をだましながら、ジェイクの傍にいたかった。しかし、彼の身の安全に直結する、ジュリアスの動向とサンストーン王国の情勢をいち早く掴むためには、サンストーン王国の王都に近い、エレノア教の大神殿は絶好の場所だった。


「前も聞きましたが、その時よりもジュリアス王子が馬鹿をする危険性は高くなってるんじゃ……」


「私達に手を出すことはまず無いと見ていい」


「ああ。やった瞬間、ジュリアス王子は比喩じゃなく終わる」


「そうですか」


 レイラが懸念を口にするが、ソフィーとアマラは彼女を安心させるため、純然たる事実を口にする。血迷ったジュリアスが、レオより政治的な有利を確保することを目的に、イザベラ達の身柄を押さえ、都合のいいように利用しようとした場合、世界中から非難が飛んで来て、政治的に完全に死んでしまうのだ。


「えー、では。アゲート家の定期連絡会を始めたいと思います」


『あなた、本当に無能ですわね』


 レイラが納得したのを見届けたジェイクだが、単に定期連絡会を始めると言えばいいのに、よりにもよって“アゲート家”のという言葉を付けてしまい、女達の目がギラリと光った。【無能】が呆れ果てるのも無理はない。


 だが、ジェイクが無能と呼ばれていようと、この彼らが集まった場所こそが世界の中心の一つと言えるだろう。


 忌むべき地の夜が更けていく。


 誰にも知られず。

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