姐さん女房三人は触れ合いを求めている
「ジェイク様成分が不足しています。ええ。それはもう」
サンストーン王国王都にほど近いエレノア教の大神殿で、主の女教皇イザベラが真顔でそんなことを宣った。
「なにを言ってるんだ?」
「とか言いながら、アマラもそう思ってる」
「うるさいぞソフィー」
そんな訳の分からないことを言われたアマラは、眉根を寄せてイザベラの正気を疑っているような表情だ。しかし、双子の妹であるソフィーは、アマラの本心がイザベラと似たような状況だと看破していた。女帝の如き威圧感があるアマラだが実はかなり乙女で、寂しがり屋でもあるのだ。
「もう三日もジェイク様にお会いしていません……」
「三日ならついこの前だろうに」
イザベラがしょんぼりと呟くと、アマラが首を横に振る。
つまり、イザベラが求めているのはジェイクとの触れ合いだった。いや、イザベラだけではない。アマラも、そしてソフィーもだった。
「アマラさんは我慢できるのですか?」
「一週間を超えると危ない」
「ソフィー、なぜお前が言う」
「ちなみに私は一日」
「誰も聞いていないぞ」
悲し気に問うイザベラがアマラに問うと、ソフィーが素直ではない姉の答えを代弁しながら、自分は一日以上は我慢できないと力説した。
一見すると貴公子の様で凛々しいソフィーだが、女としての感情は誰にも負けておらず、ジェイクを求めていた。とは言えソフィーは、転移魔法を用いて定期的にジェイクと連絡を取り合っているので、それほど寂しい思いはしていない。
ではなぜ、その転移魔法で移動しているソフィーと共に、アマラとイザベラがジェイクの元へ行かないのか。
「最近、特にお客様が多くて困ります」
「確かに忙しい。と言うか鬱陶しい」
頬に手を当てて項垂れるイザベラと、苛立たし気なアマラの言う通り、答えは単純に忙しいからだ。
「ジュリアス王子の使者もしつこいです」
イザベラが嘆息するが、ジュリアス側の行動も無理はない。
レオが自身の婚姻に箔をつけようと思った場合まず考えることは、愛の女神であるエレノア教の最高位に位置する、イザベラに祝福をしてもらうことだろう。
だが、パール王国の陰謀が存在するとして挙兵したジュリアス陣営からすれば、イザベラがレオとパール王国の婚姻を祝福するのは、国内外にパール王国をイザベラが許した、もしくは陰謀が存在しないと捉えられる可能性があり、非常に恐れていた。
その為、レオが婚姻を発表してからは、元から訪れていたジュリアス側の使者が更にやって来るようになり、外から大神殿を密かに監視している者達も激増しているので、イザベラを辟易させていた。
「レオ王子の婚姻を祝福しないでくれと念押ししなくても、流石に危険だから出ていきませんのに」
「確かにな」
「ええ」
とは言えジュリアス側の心配は杞憂だった。幾ら世界で最も権威がある宗教的指導者とは言え、ジュリアスが支配している地域を突っ切って、レオの勢力下に行くのは非常に危険を伴う。
イザベラは、レオとジュリアスがほぼ膠着状態に陥っていることを知っているが、それでも突発的な戦闘に巻き込まれる恐れがあるし、なによりレオのことになると途端に理性が怪しくなるジュリアスが、暗殺者を送ってくる可能性もあった。
理由はまだある。
「確かにレオ王子の婚姻を祝福すると秘密裏に承諾していましたけど、それはあくまで国家間の正式なものです。今回の婚姻はその……色々微妙と言うか……変と言うか……」
「レオ国王陛下には困ったものだ」
「ふっ」
心底困った表情のイザベラが濁した言葉を、アマラが皮肉で引き継ぎ、ソフィーが鼻で笑った。
レオがパール王国との婚姻を大々的に公表することを読んでいたイザベラ達は、ひょっとしたらレオがアーロン王を無視する形を取ることも、可能性として考えていた。
だが実際にそれをされると、サンストーン王国内で公的にはまだ第一王子のレオが勝手に最終認可を下した形の、事実上公式だが厳密には非公式と言うなんともあやふやな、国家間の約束事に巻き込まれてしまう。それ故にイザベラは、女教皇としてなんとも言えない婚姻に手を出すわけにはいかなかった。
「今までのことで分かり切っていたけど、こうも政治的な配慮が出来ないとなると、やはり内部崩壊を起こす可能性がある」
「ああ」
無表情のソフィーの言葉にアマラが頷く。
何度も懸念筆頭のレオについて話し合った彼女達だが、結論はそれほど多くはない。その結論の一つは、いかに戦争に強かろうと、政治的配慮と調整が出来ないレオ陣営は、内部崩壊を起こして消滅すると言うものだ。もしくは、敵を作りすぎて手が回らなくなることも考えられた。
「という訳で、ジェイク様とお会いして英気を養う必要があると思うのです」
「まあ、馬鹿に振り回されている分、少し休憩が必要かもしれんな」
「幸い使者が来ない夜で、定期連絡の時間までもう少し」
唐突に話題を変えたイザベラだが、アマラとソフィーは視線を合わせて頷く。
「行くか」
「ええ」
「行きましょう!」
そんな訳で、姐さん女房三人はソフィーの転移魔法を用い、ジェイクの元へ訪れることが“再び”決定したのであった。
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