ジェイクと国を亡ぼす三人娘の小休止

「つ、疲れた……今日ちょっと考えること多すぎた……」


 夜のアゲート城で、今日の執務を終わらせたジェイクが、自室に戻るなりベッドに倒れ伏して呻いている。


「お疲れ様」


 レイラは、ジェイク・アゲート大公が表では決して見せない疲れを癒すためベッドに上がると、倒れ伏していたジェイクを仰向けにして、自分の膝に頭を乗せた。


「ありがとー」


「気にするな」


 そして間延びした礼をするジェイクの頭や顔に、芸術品のような指でマッサージを行う。神が造形したとしか思えないレイラにそのようなことをしてもらえるなら、例え数秒だろうが世界中の男がなにもかもを差し出すに違いないが、彼女はそれを一蹴するだろう。


 金ではなく愛ゆえなのだから。


 しかもこの場にいる女はレイラだけではない。


「なんてことや。商人のウチがタダでこんなことを……」


「失礼しますねジェイク様!」


 エヴリンは口では拒否しているようでもニヤニヤと笑いながら、リリーは満面の笑みでジェイクの手をマッサージし始めた。特にリリーは、人体に詳しすぎるため、その腕前は一流と言ってもよかった。【傾国】のほかに【傾城】、【奸婦】が加わったのだから、この世の光景ではない。全ての王達が国すら売り渡してでも、レイラ達に包まれているジェイクと同じ待遇を求めるだろう。


「ありがとううううううう……」


 普段なら遠慮するはずのジェイクだが、今日はレイラ達の厚意に甘えることにして、心地よさげに気が抜けた声を漏らす。


「なんか鬱憤が溜まっとるんやったら、このエヴリンちゃんが受け止めたるで。ほら言うてみ」


 エヴリンが相変わらずにやついた笑みを浮かべ、ジェイクにも色々あるだろうから言ってごらんと、耳元で囁きかけた。


「そうですジェイク様。なんでも言ってください」


 するとリリーも、大きな瞳を輝かせながらこしょこしょと囁いて、ジェイクの脳髄を柔らかく刺激した。


 ベッドの上で【傾国】に膝枕されて、両隣から国を亡ぼす女達がその声を送り込んだのだ。耐えられる男はいない筈だった。


「サファイア王国との国境を守ってる貴族達との関わりが、ちょっと面倒なことになってるんだ」


「そうきたかあ……これにはウチも苦笑いや。なあリリー」


「あ、あはは」


 鬱憤が溜まっているだろうと言ったエヴリンだが、ジェイクから溜まっている悩みについての返答をされてしまい、リリーと共に苦笑した。


「なにかあったのか?」


 一方、レイラは正妻の余裕なのか、ジェイクの顔をムニムニとマッサージしながら問いかけた。


「うん。レオ兄上の所に送った使者は、誰にも会えなかったんだけど、その様子を国境を守っていた貴族の使者達が見ていたらしいんだ。それを気にした貴族達から手紙が送られてきたんだけど、ちょっと時期が悪いんだよね」


「ああ、それを知られると、レオ王子から危険視される可能性があるか……」


「そうなんだ」


 溜息を吐いたレイラにジェイクが頷く。


『レオ殿下がご無事だった! 急いで使者を送るぞ!』


 レオが挙兵した時、使者を送っていたのはジェイクだけではない。サファイア王国との国境を守り、先の戦いでは砦に籠りながら戦ったエバン子爵達も主の無事を喜び、レオを支持する立場を改めて表明するため使者を送っていた。


『ひょっとしてひょっとするが……アゲート大公の使者に、誰も会っていないのか?』


『そんな馬鹿なことは……』


『いや間違いないぞ!? 誰かが会ったという話が全く聞こえてこない!』


 ところが、その使者達が見たのは、明らかに冷遇されているジェイク・アゲート大公が送った使者の姿だ。


 これに国境貴族の使者達は困惑した。アゲート大公が直接援軍として戦ったのは、エバン子爵の領地だけだが、サンストーン王国が混乱しきっている情勢で、唯一援軍に来てくれた勢力なのだ。その上、サファイア王国軍の総大将、ライアン・サファイアを討ち取ったのもまた、アゲート大公の援軍であることを考えると、アゲート大公の使者が冷遇されているのは、自分達の面子にも関わることだった。


 そこで使者達は慌てて、なぜアゲート大公の使者が冷遇されているのかを調べ始めた。その原因を知らなければ、アゲート大公の使者に非があった場合は、無条件で肩を持つことができないため当然だった。しかしながら、そうこうしているうちにアゲート大公の使者は帰ってしまったが、その後に原因だけはなんとか把握することが出来た。


『アゲート大公は、元はサンストーン王家の一員だ。故にこそ、レオ殿下の軍には必要ない。レオ殿下とアゲート大公が、共同で逆賊ジュリアスを討伐したなどと広まることは、決してあってはならんのだ』


 レオの派閥は武人ばかりで明け透けな者が多いため、その身内である国境貴族達の使者は、正直な意見を聞くことが出来たが、これには仰天してしまった。その考え自体は分かるが、アゲート大公に援軍を求めた国境貴族の面子は粉々に粉砕されたに等しい。


 尤も、使者達はなんとかしなければとは思ったが、成り上がりの国境貴族の使者に政治力がある筈もなかった。


 だが使者達の苦悩は続く。


『よくぞサファイア王国の愚か者達を防いでくれた。褒美だが、ジュリアスを討った後にすぐ送ろう』


 レオに短時間だけ会えた使者達だが、それは望んでいた答えではなかった。サファイア王国との戦いは防衛戦であったため出費の方が大きく、今、すぐ、直ちに褒美を送って欲しかったのだ。しかし、物資と金が不足して、ジュリアスを討つための軍すら編成できていないレオには、用意できるはずもない。


 唯一の希望は、捕らえていたサファイア王国の貴族達の身代金だが、新興である国境沿いの貴族達にはその交渉のための伝手がない。そのためレオの元に捕らえた貴族達を送り、一括してレオ派閥の文官が交渉することになっていたが、身代金の交渉がスムーズに進むわけもなく、金が入って来るのはいつになるか分からない有様だった。


『ご報告いたします……』


 使者達は領地に戻り、暗い報告をせざるを得なかったが、国境貴族達も金がすぐに入って来るとは楽観視していなかったため、そちらはある意味予想通りだった。


『なんだと!? アゲート大公に援軍を求めた俺の立場はどうなる!?』


 予想外だったのは、アゲート大公の使者が冷遇されていたことだ。


 ジェイクに援軍を要請してそれに応えて貰ったのに、上層部がその恩義に反する行いをしたのだから、彼らの立場は無きに等しい。


『アゲート大公に謝罪しなければ!』


 だが彼らは成り上がりの弱小貴族であり、面と向かってレオに抗議の使者を送ることはできない。そのためジェイクに、慌てて謝罪の使者と手紙を送ることになった。


『ちょっとアゲート大公の所に行ってくる』


 使者と手紙で済まないのは、直接援軍を送ってもらったエバン子爵だ。サファイア王国とは自然休戦中なだけで緊張は続いているため、本来なら責任者として領地を離れる訳にはいかないのだが、ジェイクに直接謝罪する必要があると言って、領地を発つ寸前だった。


 だが、情勢を機敏に感じた腹心がエバンを止めた。


『今は拙いです! 貴方が行けば、アゲート大公は我々に強い影響力があると見なされ、寧ろ余計なことになります! 一度手紙と使者で様子見するしかありません!』


 それこそが、女達に囲まれているジェイクの悩みだった。


「はあ……その気持ちは嬉しいけど、色々拙いんだよね」


「まあ、そうだな」


 溜息を吐くジェイクに、レイラは苦笑した。

 できるだけ危険視されないようにしているのに、国境沿いの貴族が直接謝罪に来れば、レオから無視できない存在とみなされる可能性があった。


「馬鹿に付き合ったら頭痛くなるなあ。こっちは付き合いたくないのに」


「レオ王子とジュリアス王子にはずっと振り回されてます!」


 呆れているエヴリンと、憤慨しているリリーの言う通りでもある。


 本来ジェイクは、アゲート領に籠っていればいいだけなのだ。それなのにレオとジュリアスの馬鹿げた行いの尻を拭くことを強いられ、しかもそれが原因で、危険視される可能性があるのだから堪ったものではない。


「ならもう少しこうさせてくれ」


「リリーちゃん、延長入ったでー」


「はーい!」


「ありがとうううう……」


 苦労が絶えないジェイクを労わるため、レイラは彼の眉間を揉み解し、エヴリンはおどけ、リリーはニコニコとしている。


 一見すると羨ましいジェイクの状況だが、女達は一人一人が国家を容易く滅ぼせる存在であり、悍ましいとすら言える。だがそんなことはジェイクにはなんの関係もなく、ただ愛しているレイラ、エヴリン、リリーの厚意に甘えることにした。

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