真実の一端と貧すれば愚鈍する

 サンストーン王国では、レオとジュリアスが睨み合っている。と言えば聞こえはいいが、実際はレオが動くに動けない状態なだけである。


 その一方、ジュリアスから名指しで黒幕扱いされたパール王国の現在はどうなっているか。


 海洋交易で富を得ていたのは……かつての話である。


 なにせ旧エメラルド王国に侵略されて、あと少しで亡国になる瀬戸際だったのだ。その後旧エメラルド王国は、パール王国を助けるという大義名分を得たサンストーン王国に滅ぼされたが、慈善事業でそのようなことをする筈がない。


 サンストーン王国はパール王国に、助けた代価としてかなりの領地の割譲を要求してきたものの、亡国寸前だったパール王国はそれに応じるほかなかった。


 その為、戦費を回収できない防衛戦だった上に、領地も削られてしまい、頼りの海上貿易も港が略奪されたりして、かつての勢いが全くないのが少し前までのパール王国だ。


 悲惨で、散々である。


 それでも希望はあった。秘密裏だったが、レオとパール王国の姫との間に婚姻が成立しかけていたのだ。しかもその際は、愛の女神エレノア教の女教皇イザベラが祝福してくれる内諾を得ていたので、サンストーン王国とパール王国は素晴らしい関係を築けるはずだった。具体的には経済支援的関係を。


 だがそれもご破算となった。現実はジュリアスがサンストーン王国王都を制圧し、よく分からない言いがかりで黒幕扱いされ、レオは行方不明。関係と共に経済支援の目途も途絶えてしまい、パール王国は絶望していた。


 そんな時に、無事だったレオが立ち上がったのだから、パール王国の関係者は大いに喜んだ。


「レオ殿下がご無事だったこと、誠に喜ばしく思っております」


「ありがとうございます」


 パール王国の王城、玉座の間で、パール王国の宰相が、レオから派遣された使者に喜びを伝える。


「して、今日は何用で参った」


 玉座の間の主である、40代男性、パール王国人らしく日に焼けた褐色の肌を持ち、額の大きなパールが輝くフレディ国王が、使者に要件を問うたが、問うただけだ。使者が態々訪れた用件など、情勢を考えたら誰でも分かる。


「はっ。予定通り、婚姻が結ばれるかの確認に参った次第でございます」


 その要件とは、レオとパール王国の姫の婚姻が、予定通り行われるかの確認である。秘密裏ではあったが、国家と国家が進めていた話でほぼ決まっていたのだから、履行されなければレオの面子に関わる。それ故、使者は婚姻の確認に訪れたのだ。


 しかし、現在は大きく情勢が違う。サンストーン王国は実質内乱状態で、アーロン王は逆賊ジュリアスに捕らえれているのだ。普通に考えるなら、そのような情勢でおいそれと婚姻の話を進める訳にはいかない。


「うむ、勿論だとも」


「ありがとうございます。主も喜ぶでしょう」


 そのはずなのに、フレディ国王は大きく頷いた。


 それどころか、使者の方も当然だと頷く。


 尤も、フレディ国王のこめかみが僅かに痙攣したのは気が付かなかったが。


「ジュリアスが逆賊なのは誰が見ても明白。しかも、我らはよく分からない陰謀の黒幕扱いされましたからな。レオ殿下には婚姻だけではなく、何か困ったことがあれば喜んで応じるとお伝えくだされ」


 フレディ国王の内心を察した宰相が、慌てて使者に言葉を掛けるが、内容は単なる世間話である。婚姻の話は、単に約束事の履行を求めているだけであるとギリギリ処理できるが、内乱中の国家が他国に直接助けを求めるなんてことは、介入してくれと言う口実を与えるようなものだ。常識的に考えるなら、そんなことはどこも行わない。


 それなのにである。


「では早速、金銭と物資をお願いいたします」


(え?)


 玉座の間にいた、使者以外全員の心が一つになった。


 呆然である。


 提案した宰相ですらぽかんとしていた。


「金銭と物資?」


「はい。必要な金額と物はこちらに記載していますので」


 信じられない言葉を聞いてしまった宰相は、恐る恐る使者から紙を受け取り……驚愕した。


 その後に受け取ったフレディ国王もだ。


(ば、馬鹿な! 普通に戦争が行えるではないか!)


 紙に記載されていたのは、戦争に必要なありとあらゆる物資と相応の金額であり、断じて他国に要請するような内容ではなかった。そして、国が傾きかけているパール王国では、とてもではないが提供することは出来なかった。


「ご心配なく。我々の兵は精強ですので、出兵は必要ありません」


(そうじゃない!)


(こ、こんな事しか考えられない連中の集まりなのか!?)


 出兵する必要はないから安心してくれと宣った使者に、宰相とフレディ国王がある意味で恐怖した。


 この場にいるのは政治的な使者ではなく、政治のせの字も分からない者だったのだ。それを寄越してきたのだから、レオの陣営がどうなっているか分かるというものである。


 だが……パール王国にとって不運だったのは、その使者が最強の武器を携えていたことだ。


「し、使者殿、この物資と金額を提供することは……」


「逆賊ジュリアスは貴国に対して、【傾国】か【傾城】を我が国に送り込み、混乱させる陰謀を行っていたなどと言って、黒幕扱いにしたのですぞ? それを打ち破るのに協力していただけないと? 下手をすれば、ジュリアスがパール王国に攻め入ることも考えれらますぞ」


「確かにそうだ。うむ。できる限り協力しよう」


「感謝いたします」


 言い淀んだ宰相に、使者は眉をひそめてジュリアスの非道を訴え、自分達に協力するべきだと迫った。そしてフレディ国王は、それもそうだと頷いて要請を承諾した。


 だが……その使者の言葉は一部の者にこう聞こえた。


 お前達の陰謀は知っているぞ。協力しなければ、まずお前達を攻め滅ぼす。と。


 尤も、使者に最強の武器を携えている自覚はなく、それをパール王国の一部の者が知る筈もない。


 その武器の名は


 真実。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


「フランク! 貴様が言っていたことを、もう一度言ってみろ!」


 使者との謁見が終わった宰相は、自分の執務室に呼び出した、肥満体型の男に怒鳴った。


「ははあ! ジュリアスの檄文に書かれていた情報は、逃亡した“黒真珠”が教えたに違いありません!」


 中年で肥満体型の男の名をフランク。パール王国にとって忌むべき、臍にパール状の器官が存在する“臍出し”だが、その突き出た腹が醜いため、特別に臍の出ない衣服を許された男である。


 とは言え油断してはならない。その外見はあくまで相手を油断させるためのもので、脂肪の下は屈強な筋肉の塊だった。


 そのような体になっている理由は、彼がパール王国の国外諜報を担当する秘密組織、“貝”のリーダーであるためだ。


 そのフランクが床に平服しながら、ジュリアスの檄文の内容は、リリーが所属していた、元パール王国の国内諜報機関、“黒真珠”が齎した情報だと断言した。


 それもその筈。旧エメラルド王国の奇襲を察知できなかった失態を、“黒真珠”の構成員が旧エメラルド王国の男と情を交わして、自分達に偽の情報を掴ませていたからだと、責任を擦り付けたのが、この“貝”だったのだ。


「ならばなぜ、戦馬鹿のレオが寄越してきた使者も知っていた!」


「恐らく“黒真珠”は、サンストーン王国に取り入るため、あちこちに情報を漏らしたのではないかと!」


 そのため“貝”は、都合が悪いことがあればなんでも“黒真珠”のせいにしていた


 都合が悪く、都合がよかった。


 パール王国が、【傾城】か【傾国】をサンストーン王国に送り込み、傾けようとしていたのも、【傾城】を人工的に生み出そうとしていた計画も……。


 それらがバレたのは、“黒真珠”がパール王国の機密を漏らしたからで説明が付いた。


 つまり……ジュリアスの檄文は殆ど真実だったのだ。確かな間違いがあるとすれば、レオと婚姻を結ぶ予定の、パール王国の姫が【傾城】を持っていなかったことくらいだ。


 後は真実だったのだ。


 リリーと言う人工的な【傾城】を生み出す計画があったことも……なにより、純白の【傾国】を……レイラをサンストーン王国に連れて行き、サンストーン王国を傾けようとしたのも……。


 パール王国の自業自得、もしくは因果応報だった。サンストーン王国を傾けることに注視するあまり、旧エメラルド王国の奇襲を許して自分達が傾いているのだから世話はない。


「結局“黒真珠”はどこにいるのだ!」


「サンストーン王国の王都で、ジュリアスと協力しているに違いありません!」


「間違いないのだな!?」


「はっ!」


 ひれ伏しているフランクを怒鳴る宰相だが、最早“黒真珠”がどうのこうのの話ではないことも理解している。


 現状を考えると、サンストーン王国から攻められていないのは、単に内乱中で動けないだけだ。余裕が出来れば、陰謀をしかけてきたパール王国を誅すると言う真実の大義名分を掲げて、すぐさま攻め入って来るのは間違いないように思えた。


 ところが余裕がないのはパール王国もである。旧エメラルド王国に一方的に敗れたため、王家の求心力は地に落ち、軍を編成するのはほぼ不可能なほどだ。そのため、内乱を起こしているサンストーンという絶好なエサの前に、攻め入ることすら出来なかった。なにより、知られてはいけない筈の秘密が、急にジュリアスの檄文で暴き立てられ、上層部は混乱を起こして機能不全に陥っていた。


 そこへレオの使者が、あくまでパール王国視点では脅しのように、物資を提供しろと言ってきたのだから、最早彼らの取れる手段は殆どなかった。


 このまま座して死を待つか。


「間違いなく、気付かれずにサンストーン王家の者達を全員殺せるのだな!?」


 トップを殺して、サンストーン王国を再起不能なまでに混乱させるかである。


「ははあ! 間違いございません!」


 それをフランクは、絶対に、確実に成し遂げられると断言した。


 ターゲットは、アーロン王、レオ、ジュリアス。


 そしてもう一人、旗頭になりうる。


 ジェイク・アゲートであった。


 それが成功したところで、上手くいくはずがないのに……貧すれば鈍する。いや、貧すれば愚鈍が起こってしまった。どうにかして事態を打開したい上層部と、失態をなんとか隠さなければならない“貝”との、ある意味利害が一致したのだ。


 だが、人と言う種はどうしようもないことに、失敗することが分かっていようと、現実から目を背けて安直で手早い選択をしてしまうものなのだ。それは歴史が証明していた。

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