なにもかもグダグダ

 時はジュリアスが反逆を決意した直後に遡る。


 その手先となった近衛兵達の目標は数多く、城の単なる衛兵及び王都守備兵の無力化、レオの派閥に属する者達の捕縛、または殺害。パール王国から送られた【傾国】、もしくは【傾城】の確保など様々だ。


「いいか。父上の方はなんとでもなるが、レオは絶対に殺せ。なんとしてでもだ」


「はっ!」


 ジュリアスの念押しに、近衛兵の指揮官達が頷く。


 その中でも最重要なのは、当然アーロン王の“保護”とレオの抹殺である。


 とは言えアーロン王の方は肥満体型であるため、戦うことも逃げることもできないだろうと、ジュリアスも近衛兵達も全く問題視していなかった。


 問題視していたのは【戦神】レオだ。


「しかし、どうやって殺すのだ? 相手は【戦神】だぞ?」


「なんとか隙を見つけるしかない」


 なんと物心ついた頃に、武術を学びたいとアーロン王に直談判した逸話を持つレオは、今では武術指南役達が舌を巻くほどの実力を身に着けていた。そのため近衛達は、レオを単に囲むだけではこちらの被害が馬鹿にならないとして、彼の隙を探ることにした。


「その隙がないじゃないか!」


 探ったのだが……なかった。


 レオはジュリアスの手の者が、毒を盛ってくることを警戒していたため、子飼いの毒見役が口にしたもの以外、例え一口の水だろうと口にしなかった。


「本当に寝るときも剣を手放さないのか?」


「俺が聞いた話じゃ、抜身の剣を抱いて寝てるとか……」


「そんな馬鹿な……いや、あの戦馬鹿ならあるいは……」


 しかもレオは、寝ているときだろうと用を足していようと、決して剣を手元から離さないことが噂されており、近衛達は頭を抱えることになる。


「最早一刻の猶予もない! 今すぐレオを殺す算段を立てろ!」


「はっ……」


 そうやって隙を探っているうちに、サファイア王国が不可侵の条約に前向きだということに焦ったジュリアスが、反逆の決行を決意したため、近衛達は賭けにでるしかなかった。


「湯浴みだ。湯浴みの時を狙う」


 レオは寝る前に、鍛錬で流した汗を洗い流す為、自室で湯が入れられた桶に入って湯浴みをしていることまでは分かっていた。それ故、湿度と水気が剣に付着して、錆の元になることを嫌い、手元に剣がないことに賭けたのだ。


 最終的な計画では、夜にレオの部屋に湯が届けられたのを確認した後、なんと百人の近衛兵が素早くレオの部屋を守る衛兵を始末して、そのまま有無を言わさずレオを殺害することになった。


 これをジュリアスも認めて、反逆が行われることになったのだが、ジュリアスも近衛兵達も、レオの殺害に失敗する可能性を微塵も考えていなかった。ただこれは致し方ないだろう。いかに【戦神】のスキルを持っていようと、一人が百人に勝てるのはおとぎ話の中だけだ。


 そしてその時が訪れた。アーロン王の保護、王城及び王都の確保、レオ派閥の貴族の捕縛、殺害が行われると同時に、レオ殺害部隊も不意打ちで、レオの部屋を守る衛兵を殺害。


 そのままレオも始末するのだ。


 しかも、近衛兵達の賭けというか願望が現実になっていた。流石のレオも、堂々と近衛兵が自分を殺しに来ることは予想しておらず、願望通り湯の水気が剣に付着するのを嫌って、剣を遠くに置いていた。しかも、桶に入ってなにも身に着けていなかったのだから、近衛兵達の勝利は間違いない。


 筈だった。


「仕留めろ!?」


 レオが剣を取る前に仕留めるため、近衛兵達は槍を構えて突進しようとしたが、信じ難いことが起こってしまう。


 レオは下郎などと言って、呼吸を乱す愚かなことはせず、なんと槍を構えている近衛兵達に突っ込んだのだ。


「な!?」


 寧ろ慌てたのは近衛兵達の方だ。抵抗はされると思っていても、まさか丸腰のレオが突っ込んでくると思っていなかった彼らは動揺してしまう。


(活路は前のみ!)


「ぎゃあああああああ!?」


 その動揺を現わすかのように、揺れる槍の矛先を掻い潜ったレオは、近衛兵の一人が腰に携えていた剣を引き抜くと、持ち主の首に返却した。


「ひ!?」


 他の近衛兵達は頸動脈を断ち切られ、血飛沫を上げる同僚の姿に悲鳴を漏らす。


「退けええええええ!」


「ひいいいい!?」


 それどころか、近衛兵達の動揺と怯えを感じ取って吠えたレオに、完全に腰が引けてしまう。


 近衛兵達の弱点が露になった。


 王族を守る近衛兵と聞こえはいいが、先の旧エメラルド王国の戦でも、アーロン王を守っていただけで実戦経験は皆無である。


 その上、自分達はエリートの特権階級と胡坐をかいて、縁故採用や賄賂、汚職が蔓延していたからこそジュリアスに弱みを握られるような組織であり、実力主義とは無縁の存在なのだ。


 評価される項目が腕っぷしや忠誠心ではなく、金やおべっかいの上手さである以上、この結果も当然だろう。


「おおおおおお!」


「ぎゃ!?」

「ぎえ!?」


 だがそれを差し置いても、レオの“戦”は見事であった。


 最初に仕留めた近衛兵から剣だけではなく槍を奪うと、片手で槍を構え、近衛兵達が身に着けている鎧の隙間に、矛先を滑らせていく。しかも、もう片手は剣を持ち続けて、無様を晒す近衛兵達の首を斬り続けていた。


 一刀一槍で戦う姿はまさに戦神。


「退けえええええええ!」


「ひいいい!?」


 そして馬鹿げたことが起こった。再びレオに退けと吠えられた近衛兵達は、その言葉通り本当に退いて、レオに道を開けてしまったのだ。この場にいるのは近衛兵ではなく、単なる臆病者だけだった。


 百人で掛かればレオを殺せるというのは、あくまでその百人に死ぬ覚悟があってこそなのだ。


 逃走経路が開けたレオは、近衛兵達の包囲を突破するどころか、場内で奮戦していた子飼いの数名を救出。その後、万が一の場合を考え、ジュリアス派閥の文官達にすら気づかれないよう、慎重に準備していた秘密の抜け道から逃亡。夜の闇を利用して、王都からも脱出に成功していた。


(この屈辱! 忘れんぞジュリアス!)


 レオは殆ど何も分かっていないのに、王都で起こっている騒乱の原因が、ジュリアスだと決めつけながら、傘下の貴族の領地まで逃げ延び、反逆者ジュリアスの討伐を宣言することになる。


 まさに世界中の吟遊詩人達が、英雄譚の一幕として謳いあげるであろう程の活躍だ。


 そんなレオが、逆賊ジュリアスを討つと宣言したのだから、ジュリアスは木っ端微塵に粉砕されるだろう。


 レオの予定では。


 忘れてはならない。彼は【戦神】であるが、それ以外の適性は低いことを今まで証明し続けている。ジュリアスを討つ予定を立てても、まず現実という壁を打ち破らなければならなかった。


 レオの場合の現実とは。


「兵糧以外の物と金がないではないか!」


 レオの派閥は戦馬鹿だらけであり、自分達の兵糧や兵の手配、準備はなんとか出来ても、領地が豊かとはいえない者が多い。また、旧エメラルド王国を賜っていた者達は、完全に領地を掌握しきれておらず、殆ど動員できない状態だった。


 そして旧エメラルド王国との戦いでは、王城にいたジュリアス派閥の文官達が一応協力していたから、行軍を成し遂げていた。それ故、その文官達との繋がりが切れた今、レオ派閥の貴族だけでは軍勢が消費する物資と金を、管理も捻出もできなかったのだ。


 そのため物資と金の確保に、レオと関わりのある商人達が駆け回る羽目になったが、戦争の準備という国家が行う水準の仕事を完遂できる商人など存在しない。いい商機だけど、今忙しいから勝手にやってろとレオ達を笑う、忌むべき地の金の化身以外。


 サンストーン王国を割るレオとジュリアスの決戦が始まるはずだったのに、いきなり小康状態のにらみ合いまで、スケールを落とすことになってしまった。

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