限られた情報で足掻く者達

 前書き

 話進んでませんが、必要な視点だと思って書きました(小声) 



 ジュリアスが巻き起こした混乱の当事者は、サンストーン王国王都にいる者達や、サファイア王国と国境を接する者達だけではない。当然ながら王国全土が混乱した。


 その中にはかつて、アーロン王に疎まれてしまい、旧エメラルド王国との戦でジェイクのお守りを押し付けられ、戦後は自領に引っ込んでいたアボット公爵もいた。


「明らかにおかしい……そうではないか?」


「はい……」


「確かに……」


 応接室でアボット公爵が禿げ上がった頭を掻きながら、現状が整理できないとぼやき、彼の領地と接しているため、影響下にある子爵や男爵達が同意する。彼らはジュリアスが反乱を起こして以来、アボット公爵の城に集まり意見を交換していたのだが、詳細なことが分かれば分かるほど首を傾げることになった。


「私は最初、あの檄文は作られた大義名分だと判断していた。それなのに、ジュリアス側に残っている伝手の全てが、本気であの檄文を信じ切っているような返事しか返さない。中には、今からでも遅くないから我々と合流して、パール王国の策謀を打ち砕こうとか、その【傾城】か【傾国】の居場所に心当たりがないか? などと正気を疑うような返事が返って来る始末だ」


「自分の所もです」


「私もです」


 アボット公爵は、明確な反逆を行ったジュリアスを呼び捨てる。そして、なんとか集めた情報から、ジュリアスの陣営が本気で檄文を信じているのではないかと感じ取っていた。そう、アボット公爵達もまた、ジュリアスの檄文に踊らされていたのだ。


「だが……確かに変なのだ。なぜ名指しで非難されたパール王国は何も行動を起こさない? 旧エメラルド王国との戦の前頃に、パール王国の女らしい者達が、貴族の屋敷を手あたり次第に訪れていたことも、どうやら本当の様だ……」

(それに国王陛下は女に対して欲深い……)


 アボット公爵達が踊らされるのも無理はない。なにせ現状では、檄文に書かれていることを、裏付けるようなことしか起こっていないのだ。その上、直接アーロン王を知っているアボット公爵は、王が女にだらしなさすぎることを知っており、工作員の女が送られてくるのは、十分あり得る話だと思えた。


「とは言え、反逆に変わりない以上、ジュリアスに与することなどできん」


 公爵というサンストーン国内で最上位の爵位を持つアボット公爵には、ジュリアス陣営からひっきりなしに味方せよと使者がやって来るが、全てを追い返していた。


 ジュリアス側の言い分は、パール王国の情報が洩れると、それに支配されているアーロン王がどのような行動をするか分からないため、今まで情報を教えることが出来なかったというものだ。これは彼ら視点では至極当然のことである。


 だがアボット公爵達からすれば、そんなことを根回しもされず急に言うなとなる。しかも客観的に見れば反逆という手段をジュリアスが選択した以上、正統にして正当なるサンストーン王国の貴族として、それを容認することは出来ず、ジュリアスの味方をしないのはこれまた至極当然であった。


「なんとかしてレオ殿下をお助けせねばならないが……」


 その為アボット公爵達は、旗頭となるレオをなんとか見つけ出し、ジュリアスを打ち倒さねばならないと思っていた。


「最悪の場合……サンストーン王家の正統が……」


 一人の子爵が恐る恐る呟き、部屋が静寂に包まれた。


 ジュリアスがアーロン王を“保護”していると宣言して、アボット公爵達の伝手もそれを保証しているが、これまたやはり、反逆者の言葉など鵜呑みにする訳にはいかない。最悪の場合アーロン王は反逆の刃に斃れている可能性もあり、そうなると王位継承者は生死不明のレオしかいない。最悪の最悪になると、実はレオも殺害されていて、正当なサンストーン王家の者が誰もいない状況も考えられた。


「いるには……いる……王家が消滅するような、最悪の最悪はなんとか防げはする……」


 アボット公爵の囁き声を全員が聞き取っていたが、それに対しては同意も反対の声もなく、ただお互い何かを探るように目を見合わせる。


 直接会ったものはアボット公爵だけだが、彼らの脳裏にある名は全員が一致していた。


 第三王子。


 つまりかつてのジェイク・サンストーンであり、現ジェイク・アゲート大公であった。


「その本当の最悪が起こっていた場合、サンストーン王国の貴族として、逆賊ジュリアスには降れん。そうなると、残る手段はジェイク・アゲート大公の下に馳せ参じるしかない。そして再びサンストーンを名乗って頂き、逆賊を誅し王権を正していただく他ない」


「はい……」


 アボット公爵の案に貴族達も頷く。高位貴族の中には、サンストーン王家の血が流れている者もいるにはいる。しかし存命な者は、正当なサンストーン王家を名乗るには少々血が遠く、アーロン王の実子であるジェイクの方が、権威の正統性があった。


(その場合問題になるのは、アゲート大公が頷くかだが……どうなるかさっぱり分からん。万が一、陛下とレオ殿下が亡くなられていた場合、ジュリアスは自分を脅かすアゲート大公を消すため行動する筈。そう考えると恐らく大丈夫だとは思うんだが……)


 ここで問題になるのが、ジェイクがそれを了承するかどうかだ。アボット公爵がジェイクと交流したのは、旧エメラルド王国との戦で戦地に赴いていた僅かな期間でしかなく、はっきりとどうなるか予想できなかった。しかし、あくまでアボット公爵視点では、王命を無視したレオに道理を説いたジェイクなら、恐らく了承してくれるのではないかと考えていた。


 更には、アーロン王とレオが殺されていたなら、不当な反逆を行ったジュリアスが最後の邪魔者であるジェイクを殺そうとするのは明白で、それに対抗するためジェイクがサンストーン王家の正統を名乗るのは十分考えられた。


(アゲート大公となっているのは……こちらは問題ないだろう)


 そしてもう一つ懸念があるとすれば、実質サンストーン王家を追放されていることだが、王家が断絶することに比べたら、なんとかしてジェイクを呼び戻す方が何倍もマシに思えた。そのため彼らは、由緒正しいサンストーン王国の貴族として、万が一の場合はジェイクを擁立し、逆賊ジュリアスを討つことを決心した。


「ともかく、国王陛下とレオ殿下の生死の確認だ。これをはっきりさせないと、何も手が打てない」


 だが何度も言うが、それは最悪の場合の手段だ。アーロン王とレオが生きているのに、ジェイクを擁立する訳にもいかないため、まずはなんとしてでも二人の生死を確認する必要があった。


 ◆


 それから数日。最悪の可能性はなくなり、新たな最悪の可能性の芽が誕生した。


「閣下! レオ殿下の生存が確認できました! ですが、その……」


「そうか! だが何を言い淀んでいる?」


 アボット公爵の執務室に、大慌てでやって来た騎士が持ってきた情報は、本来なら朗報だった。


 ……偶然であり必然だった。現在のパール王国は機能不全を起こしており、まだサンストーン王国に介入する余裕がない。しかし、元々レオの派閥に属していた者は武闘派が多く、他国と国境を接して緊張状態にある者ばかりである。しかも、武功を上げた者は旧エメラルド王国の領地を賜っていたが、旧エメラルド王国とパール王国は国境を接していたから戦争状態になったのだ。


 つまり。


「レオ殿下に馳せ参じた者の多くが、パール王国と国境を接しています……」


「……そうか」


 見方によれば、ジュリアスの檄文に記されていた、アーロン王とレオはパール王国に操られているという文を補強してしまっていた。


(いったいどうすれば……)


 これによって、アボット公爵達のような非主流派は、情報と檄文を精査するため一時的に身動きが取れなくなってしまった。


 だからこそ、情報を持つ者は強いのだ。


 最強とも言えるかもしれない。


 例えば。


『アボット公爵を筆頭とする非主流派ですが、領内で軍の準備をしていますがそれだけです。どうやら檄文のせいで身動きが取れないようです』


『パール王国内ですが、城から文官がほとんど出てきません。何かしらの行動を起こす予兆か、もしくは内部の情報漏れを確認しているのかもしれません』


『ジュリアス陣営で軍の動きが活発化していますが、遠征の準備ではないようです。王都で迎え撃つつもりかと』


『レオ陣営の商人が兵糧をかき集めています』


「皆ご苦労様」


 聖なるはずの大神殿の暗がりにいる、教皇を名乗るスライムとか……。

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