結局いつも通りの彼ら

 ジェイクがサファイア王国に大勝利を収めたことで、アゲート大公国は盛り上がり、出陣していた兵達は一仕事終わったと気を抜くことが出来たが、全くそれどころではない者達がいた。


 その筆頭は当然、まだまだ問題が山積みでそれに対処しなければならないジェイクだ。そして二番目はこれまた当然、アゲートの実質ナンバーツーであるチャーリーだが、彼の悩みは少し通常とは違っていた。


(ど、どうするんだこの金貨と銀貨が入った箱の山……)


 アゲート城の倉庫でチャーリーが頭を抱えている原因は、戦争でサファイア王国から奪い取り、つい先ほど倉庫に運び終わった、同国の金貨と銀貨が入った木箱の山だ。


 アゲート大公国のような小国ではなく、サファイア王国というちゃんとした一つの国が、国家的事業を行うために捻出した金の山は、馬車の行列に満載されていたほどの量だ。しかし幸いなことに、元々管理しやすいよう一つの木箱には決まった額が収められていたので、少し時間は掛かるが総額の確認自体は困難という訳ではなかった。


 とは言え苦労人のチャーリーは、管理や確認云々の前に、金の山が存在しているだけで気後れしてしまっていたが。


「皆ご苦労。チャーリー卿」


「これは陛下!」


 そんなチャーリー達に、金貨と銀貨が倉庫に運び込みが終わったことを報告され、護衛を伴って確認しに来たジェイクが声を掛けた。


「……これが全部金貨と銀貨とはな」


「はっ……」


 ジェイクすら、どうしてこんなに金貨と銀貨がうちの倉庫にあるんだと嘆息した。

 アゲート城の倉庫は、初代領主が自分の財産をこれだけ溜め込むのだと宣言して、城の大きさに見合わず、かなり大きく作っていたが、その倉庫の一角を金貨と銀貨の入った箱が占領している光景は圧巻だった。


(やっぱりどうしようもないから、エヴリンに任せようそうしよう)


 額が大きすぎるせいで、溜め込んだらいいのか、使えばいいのかもよく分からなくなっているジェイクは、金の化身であるエヴリンにぶん投げることにした。


「申し訳ありません陛下、今よろしいでしょうか?」


「ああ。大丈夫だ」

(珍しいな。何かあったのかな?)


 そんなある意味潔い考えをしているジェイクのところに、彼の従士、男に化けているリリーが、どことなく不安そうにやって来た。


「内密の話でして、レイラ様、それにエヴリン様にもお話を聞いていただきたいのです……」


「分かった」

(やっぱり何かあったな)


 なにか大事が起こったのだと判断したジェイクだが、大事も大事だった。


 ◆


「……という訳なんです。後程お婆様も、姉さん達全員に警告してからご挨拶に伺うと……」


 リリーは、ジェイクと当事者のレイラ、そして商会の主として、元黒真珠の構成員達を雇用しているエヴリンに全てを話した。黒真珠とパール王国の暗部、ジュリアスの檄文が恐らく真実であること、レイラと自分が狙われる可能性があること、そして自らが究極の粛清機構であれと生み出された【傾城】であることを。


 そしてジェイクの第一声は……。


「先に言っておくけど、旧エメラルド王国の戦いが終わった帰りに、俺がリリーに言ったこと覚えてる?」


「も、勿論です。でも……」


 リリーは虚を突かれた。


 てっきりジェイクは、そんなことが……と、考え込むものと思っていたら、全く違う話を持ち出してきたのだ。


 だが、その時ジェイクがなにを言ったかは鮮明に覚えている。夜の天幕で告げられたそれは、リリーにとって大事な言葉なのだから。


「でも僕、【傾城】で……」


「リリーは俺の?」


 それでも、その言葉を口にするには、今のリリーの状況は複雑すぎるため、別のことを口にしたが、ジェイクは全く聞こえないとばかりに、同じことを繰り返した。


「殺しの技も一杯……」


「リリーは俺の?」


「いたらご迷惑に……」


「リリーは俺の?」


 リリーが、【傾城】、最高傑作の殺人兵器、いるだけで厄となる存在だと言っても、ジェイクは同じことしか口にしない。


 理屈も説明はできる。黒真珠の活動は国家が命じたことであり、国内で粛清を行おうがそれは最終的に国家の責任だ。ならばリリー達に追手が来ようと、罪を犯していない国民を守る義務がジェイク・アゲートにはある。しかし、まず必要なのはパール王国に備えるジェイク・アゲートではなく、ジェイクとしての立場だった。


「ぐしゅ」


 ついにはリリーの大きな瞳に涙があふれた。


「ジェイク様の、ジェイク様の専属の踊り子で、妻で、女です!」


「そうだよ」


 かつて夜の天幕でジェイクにそう宣言されたリリーは、それと同じことをこの場で、今度は自分で宣言した。


 パール王国で最下層であれと定められた“へそ出し”ではない。

 黒真珠の構成員でもない。

 【傾城】でもない。


 ジェイクから求められているのは単なるリリーだった。


「ジェイク様ー!」


 感極まったリリーが、ジェイクに抱き着きながらある場所に向かおうとする。行先は勿論……。


 ベッドだ。


「ちょっと待て!」


「待たんかい!」


「後生ですからこのまま勢いでー!」


「むごごごご!?」


 そんなことをレイラとエヴリンが許すはずがなく阻止するのだが、それに巻き込まれたジェイクは、お約束のように彼女達に埋もれて手をバタバタとさせていた。


 いい話になり損ねたが、これもまた彼らの関係だろう。


『いやちょっとお待ちなさいな。もっと長いやり取りがあるでしょう。ここは、大変だったんだね……とか、そんなことがあったなんて。警戒しないと、とか言うべきところでしょうが。それなのに、最初にすることが踊り子で妻で女だよねって念を押すこととか、正真正銘のすけこましですわね』
















 ◆


 余談であるが……サファイア王国の金はすぐに使うと決まっていた。


「サファイア王国には金貨と銀貨が一時的にぎょうさんなくなったんや。となると、金銀だけやのうて、銅貨にも混ぜもん入れまくって、薄うして配るやろ。急に匂いまで薄うなり始めとるから間違いない。なら手元にあるんがいくらちゃんとした金貨と銀貨いうても、サファイア王国の金ってだけで嫌厭されるようになる。実態価値があっても、その金銀の純度が信用されんかったら意味ないわ。その前に使い切らんと」


【奸婦奸商】が……。


「リリーが世話になってたみたいやし、ちょっとパール王国の動きを確認するために、サファイア王国の金で取引してみようか。決済を禁止しとらんかったら……ふふ。海上交易で儲けとる商売の国なんやから、例え殆ど知られてない情報でも、それくらいなんとなく分かるよな。ウチはジェイクが帰って来る前から、大金持って帰って来るなって分かっとったもの。そんでその買ったもんで、サンストーンに備えんと」


 リリーからパール王国の闇と、自分の親友であるレイラ、妹分のリリーが害される可能性があると知らされた、紛れもなく世界で最も危険な女の一人が、サンストーン王国がどう出るかすら予想して……。


「それに、サファイア王国の金の価値がなくなったから、パール王国の金になるよう、鋳つぶしたら鋳つぶしたらで、他国の金を勝手に鋳つぶす国になるから、信用がパアになるなあ。おお怖い怖い。自国の通貨持っとる国は、そんな国とは金での決算せんなるやろうな。よしゃ。ジェイクに相談しに行こうかね。報告連絡相談は金を弾く上で必須や」


 金の化身が指で金貨を弾きながら笑っていた。


『【奸商】の本領発揮というべきでしょうけど、普通この時点でそれに気が付きますかね? 冗談抜きに世界で一二を争うくらい、ガチのマジでヤバいですわね』


 -金の動きに勝てる謀略は存在する。が、金そのものに勝てる謀略は存在しない-“宰相商人”ブレガス

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