後ろ暗さ

「国王陛下、どうかパール王国より送られた女の居場所を教えていただきたいのです……」


「よくも余の前に顔を出せたものだな!」


 サンストーン王国王都宮殿。ジュリアスが反逆を行って以来、事実上軟禁されているアーロン国王が、私室を訪れてきた近衛兵の指揮官の一人をぎろりと睨んでいる。


 しかし、強気のアーロン王だが、少々やつれている様にも見えた。目を掛けていた息子二人の内、レオは逃げたとはいえ、正確には未だ生死不明で、ジュリアスに至っては、王である彼に真っ向から反旗を翻したのだからそれも当然か。


 だが近衛兵達には怒りの感情しかない。


 例えば、今この場にいる近衛兵の指揮官の一人は、必要な経費を水増しして伝え、余った分を仲間達と着服していた。


 そしてこの指揮官だけではないどころか、アーロン王の代理として、近衛兵を束ねている立場の者に至っては、国庫から直接金をちょろまかしていたのだから救いようがない。


 しかし、それも当然のことだろう。権力が腐敗しない筈がない。それが近衛兵というエリートなら、まさしく当たり前のことであり、彼らはその特権階級としての権利を行使していただけの話だ。あくまで、バレない範疇で。


 最早かつての話だ。それが近衛兵の弱点を探していたジュリアスに露見してしまい、彼らは罪人としての死か服従かを突きつけられて、服従を選択していた。


 愚かなことだ。反逆の駒にされたのだから、結局それは罪人と変わりがないのに、いずれやって来る破滅をなんとか延ばそうと足掻いた結果、めでたく反逆者の仲間入りを果たしたのだ。


 勿論、脅しをかけてきたジュリアスを排除しようと考えたこともあるが、それがアーロン王に露見するとこれまた反逆であり、汚職も知られる可能性があった。そしてレオに味方しても、汚職した事実はどうしようもないので、彼らは悪事が知られた時点で詰んでいた。


 そのほかにも、ジュリアスから直接金を送られて寝返った者、家族を人質に取られた者などが入り混じり、近衛兵の上層部はジュリアスに完全に抑えられていた。


 それに付き合わされる羽目になった、近衛兵の末端は堪ったものではない。しかし、指揮官格が軒並みレオ王子が反逆したと叫び、王を保護してレオを殺せと命じたなら、それに従わないといけないのが兵だ。いや、そもそも末端の兵は、薄々妙だとは思っていても、未だなにが起こっているのか、正確なことを知らなかった。


「そもそも、パール王国から女など送られておらん!」


「いえ陛下。パール王国が邪な目的で、女を送ったことの調べはついてます。どうかお教えください……」


 そんなどうしようもない愚か者達が、アーロン王の怒声に困ったような顔をしながら、それでもアーロン王がどこかに匿っている女を探し出そうとする。


(どういうことだ?)


 ジュリアスの反逆から、このようなやり取りがすでに何十回も繰り返されており、流石のアーロン王も訝しむ。


(あれはでっち上げではないのか?)


 アーロン王もジュリアスの檄文の内容を知っていたが、それは自分を軟禁するために作られた大義名分だと思っていた。しかし、それにしてはジュリアス派閥の者達が妙にしつこく、女を真剣に王宮内で探し回っているのだ。


「なにを根拠にそう思っているのだ?」


「はっ。それは……」


 近衛の指揮官は、今まで常に怒りを向けてきて、取りつく島もなかったアーロン王が、ようやく話を聞いてくれる意思を示したのでほっとした。


「旧エメラルド王国ですが、かなりパール王国に入り込んでいたようでして、その企みを把握していたのです。その資料を入手したジュリアス殿下は、突然国王陛下が、エメラルド王国との決戦で自らご出陣されたことを訝しんでいたが、パール王国の魔の手が伸びていたことで説明が付く。今ここでそれを指摘されても、握りつぶされる可能性がある故、一気呵成に国王陛下を保護する。そのパール王国と堂々と婚姻を結ぼうとしているレオは、もうどうしようもないから排除するしかない。と仰いました……」


 ある意味で誰も彼もが、ジュリアス本人ですら少々困っているのだが、彼の檄文は、嘘というには状況証拠と真実が入り混じりすぎていた。


 ◆


 闇の中で囁き声が聞こえる。その様子を窺い知ることは出来ない。


「リリーよ。儂はどうして、パール王国の国外情報機関が、旧エメラルド王国の奇襲を察知できなかったのか、ずっと不思議じゃった。サンストーン王国に集中しておったんじゃ。それ故、旧エメラルド王国に対して、少々甘くなっておったのか」


「はいお婆様……」


「推測になるが、パール王国に、旧エメラルド王国の諜報員がかなり深くまで潜り込んでいたんじゃろう。そしてサンストーン王国に集中していることと、おぬし、いや、この場合は人工的に【傾城】を生みだす計画が漏れた。そしてその情報は、旧エメラルド王国の王城に保管されていたはず。つまり戦後、ジュリアス王子の派閥の文官達が、資料の整理をしてそれを見つけた……」


「僕の情報……」


「うむ。とは言っても詳細は知るまい。なにせ儂が教えとらんからな。精々知っておるのは、【傾城】を人工的に生み出そうとしていたことくらいじゃろう。祖国だろうと、最後の切り札のことを詳しく教える諜報員がおるか。ほっほっほっ」


「もう。お婆様ったら」


「ほっほっほっ。ああ、それともう一つあるな。儂等がサンストーン王国に来た当初、かなり手広く貴族の屋敷に売り込みを掛けた。これを後から知ったジュリアス王子は、策謀の一環だと思い込んだのかもしれん」


「でもあれは……」


「うむ。実際には職を失った儂らが売り込みをかけてただけじゃが、どこの貴族の門番も手紙を受け取っていない。儂らがなにを目的としていたか、誰も知る術がないんじゃ。そのため、どうもパール王国の手の者が、貴族に接触していたと見れる痕跡だけが残ってしもうた」


「それならこの檄文は」


「ジュリアス王子が大義名分をでっち上げたのではなく、限りなく真実に近い、もしくは真実そのものかもしれん。儂らが知らんだけで、パール王国内におぬし以外の【傾城】が存在してそれを送り込み、実際にアーロン王とレオ王子が誑かされていることもあり得る」


「すぐジェイク様に伝えてきます!」


「まだ話は終わっとらん。これだから若いのは。なぜ【傾城】を産みだす計画を掴んでおきながら、アーロン王に送り込んだのが【傾城】か、【傾国】と判断した? 普通はそれを知っているなら、【傾国】を態々檄文に入れる必要はない。詳しい事情は分からんし、あ奴が間違いなく【傾国】とは断言できんが……恐らくそのはずじゃ。仕方あるまい……リリー、これも大公に知らせい。儂らもそうじゃろうが、檄文に書かれている【傾国】を、パール王国が探している可能性があるとな」


「はい!」


「……ほっほっほっ。リリーの奴め。レイラの小娘が【傾国】と気が付いた儂の口を封じるか考えおったの。黒真珠として活動してなかったくせに、頼もしい女になったもんじゃ。しかし、あのレイラの小娘め。サンストーン王国にいるときに、何度か薬の調剤を教えてやったら、あっという間に儂を抜かすとかどうなっとんじゃ。【傾国】云々を抜きにして、今更自分の才能に絶望するとか、長生きはするもんじゃないわい。まあそれより……身を引き締めなければならん……何度も嗅ぎなれた嫌な臭いがする。暗闘の臭いじゃ」


 ◆


『おほほほほほほ! 亀の甲より年の功とはよく言ったものですわね! 苦労人ですが! ただまあ、そんな暗闘だなんて、アゲートで起こりますかしら? バカの騒ぎは起きるかもしれませんが。なぜか! おーーーーっほっほっほっほっほっ!』


 暗がりの蛇達がいる場所より、なお深淵で嗤い声が響いた。

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