サンストーン王国の情勢

「ジェイク様の軍が、サファイア王国の総大将、ライアン・サファイアを討ち取って大勝利を収めたようです」


「そうか」


(よかった……)


 サンストーン王国王都にほど近い、エレノア教の大神殿。その一室でイザベラが、アマラとソフィーの双子姉妹に、ジェイクの戦勝を告げた。それに対して素っ気ない返事をするアマラと、黙り込んでいるソフィーだが、愛する男が無事なのを心の底から喜んでいた。


 アマラ達の本心としては、そもそもジェイクが戦場に出てほしくない。しかし、戦乱渦巻く時代を見続けた古代王国の生き残りとして、外交的に孤立する危険性は重々承知している。その上、サファイア王国が全く信用できないため、アゲートの街とジェイクの安全を確保するには、サファイア王国軍を打ち破るしかなかった。


 勿論、最悪の場合を想定して、ジェイク達を他国に連れて亡命させる計画もあった。だがそれをするとジェイクは、自分の領地から逃げ出した者として、生涯後ろ指をさされることになる。


 しかも、ジェイクはサンストーン王国との縁が切れているとはいえ、その流れる血は間違いなく王家のものだ。サンストーン王国が殆ど内乱状態なのだから、そこへのこのこやって来たジェイクを、亡命先の王家が、サンストーン王国への介入の口実として利用しないはずがない。そうなると、後ろ暗い暗闘に巻き込まれて、命を落とす危険性もあった。


「それにしても、サファイア王国軍の無策ぶりはどういうことだ? イザベラ、なにかしたか?」


「いいえ。流石に軍の行いに口を挟める影響力はありません」


 アマラの疑問に、イザベラは首を横に振る。


 彼女達は、イザベラの眷属からもたらされていた情報で、かなり早い段階からサファイア王国軍の無策な行動を把握していた。それ故、ジェイクに勝機があるどころか、ほぼ圧勝する可能性が高いことも予測できていた。分からないのは、サファイア王国がなぜその無策な行動をしたのかだ。


「ですが、ある程度ソフィーさんの言っていたことが当たりましたね」


「ここまでひどいことになるとは言っていない」


 苦笑するイザベラに、ソフィーが顔を顰めた。


「確かに以前、ライアン・サファイアの人相占いを黙ってしたとき、紙の上で計画を作成するのは得意だけど、人間の行動までを考えられない人間とは見た。でもこれは極端すぎる」


 双子姉妹は、他国の王家の付き合いや、不老不死の薬の試練でサファイア王国に赴いたことがある。その際に、ライアンの人相占いをこっそりと行っていたソフィーは、彼の欠点である、紙の上で作成した計画通りに人間が動くものと思い込んでいた欠点を、ある程度見抜いていた。


 それを、勝利の糸口になるかもしれないとジェイクに伝えていたが、その言った本人であるソフィーでも、今回の戦争で起こった斜め下の顛末は見抜けなかった、


 そして、その正確な真実を知っている人間は誰もいなかった。結果として、愚かとしか言いようがない、サファイア王国の行動が歴史に残っただけである。


「サンストーン王国の第二王子の方は、単なる馬鹿ではなかったな。そこそこできる、視野狭窄な大馬鹿だ」


 アマラが、サファイア王国の第二王子だったライアンと、サンストーン王国の第二王子ジュリアスを比べ、ソフィーとイザベラに皮肉気な笑みを見せる。


「王都を手中に収める手際はよかった」


「そうですねえ……」


 ソフィーは肩を竦め、イザベラは困ったように頬に手を当てる。


 単にサンストーン王国王都を手中に収めるだけなら、ジュリアスの行動は満点に近いだろう。王都と王宮を守る近衛兵の指揮官クラスを、賄賂や脅迫の裏工作を行い秘密裏に支配していた彼は、その力を使って王都をも支配することに成功したのだ。


「王都もアーロン王も抑えた。でも、レオ王子が死んだと触れ回っていないところを見るに、取り逃がしたのは間違いない」


 ソフィーの言葉に、アマラとイザベラが同意するよう頷く。


 まさに画竜点睛を欠くとはこのこと。ジュリアスは王都を押さえ、父であるアーロン王も“保護”したというのに、最大の障害であり絶対に殺さなければならない、第一王子レオの生死を確認できていなかった。つまりは取り逃がしてしまったのだ。


「なんでも、裏切った近衛兵に自ら剣を振るい、血路を切り開いて逃げ切ったようです」


 イザベラは、王宮に忍ばせていた眷属から、ほんの僅かな情報を得ていたが、実際はそれ以上だ。

 レオの奮戦は凄まじく、王宮内で近衛兵に不意を打たれて徒手空拳だったのに関わらず、近衛兵の剣を奪って逆賊を切り伏せ包囲を突破。ついには、ジュリアスが知らぬ秘密の隠し通路から王宮を脱出し、逃げ切っていた。


「内乱は間違いあるまい」


 アマラの言う通り、いかにアーロン王が生きていようが、簒奪を行ったに等しいジュリアスに対して、王位の正統後継者を自認するレオが何もしないはずがない。


 ジュリアスの詰めの甘さが、サファイア王国という他国の介入を招き、近い将来、サンストーン王国に内乱を引き起こすだろう。


「最近お客様が多くて困りますし」


「確かに」


 私困ってますと言わんばかりのイザベラに、珍しくアマラが皮肉な笑みを浮かべず、大真面目に頷いた。


 イザベラの言うお客様とは、ジュリアス閥の者達のことだ。彼らは世界で最も権威あるエレノア教の女教皇と、古代アンバー王国の生き残りである双子姉妹を利用して、ジュリアスの行為を正当化しようとしたのだ。


 だがそんな義理もなければ道理もない連中に、彼女達が付き合う筈もなく、ジュリアス閥の使者達は追い返されていた。


 そして使者達もそれ以上の行動を出来ない。もし軍を使って神殿を包囲でもした日には、世界中の宗教派閥や王家が、それを知った当日に抗議の使者を送ってくるであろうほど、イザベラ達の権威は強かった。


「でも妙なことがある……」


 ソフィーは、自分でも思い悩みながら、単に妙なことがある。とだけ漏らしたが、それはアマラ、イザベラも共通していた疑問だった。


「ジュリアス王子の派閥は反逆した逆賊ともいえるのに、思いのほか連携が強いように思える」


 ジュリアスは正当な権利なく近衛兵を動かして、アーロン王を“保護”したと宣っているのだから、だれがどう見ても逆賊だ。そして、後ろめたいことをする以上、組織はどこかで綻びが発生するはずである。だがソフィーには、その綻びがジュリアス派閥にはないように見えた。


 そしてもう一つ。


「ジュリアス王子の檄文で、名指しで黒幕に仕立てられたパール王国は、どうして今も行動を起こしていない?」


「まさかとは思うのですけれど、あの檄文はかなり確度が高いのでは……」


「と言うことは……どこから情報が漏れたのか分からず混乱している? 第二王子の派閥もそれを信じているから連携が強い?」


 ソフィー、イザベラ、アマラが次々に疑問を口にした。


 -父上は、パール王国の姦計によって、【傾国】か【傾城】の女を送られ正気を失われている! それ故に保護しなければならない! レオはもっと酷い! 奴は意図的に生み出されて【傾城】を持つ、パール王国の姫に、サンストーン王国の全てを差し出すと約束してしまっているのだ! ならば! 我らがサンストーン王国を守らなければならない! 皆よ! 我らこそが正しいのだ!-


 でっち上げだと思っていた檄文が、一気に信憑性を増してきていた。

 














 ◆


「お婆様……」


「繋がったの。リリーよ、儂はどうして旧エメラルド王国が仕掛けてきた奇襲を、パール王国が察知できなかったか不思議に思っておった。サンストーン王国に集中しきっとったんじゃな……それを旧エメラルド王国に知られていたんじゃ……」


 闇の中、老いた黒い真珠が、疲れたように呟いた。

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