帰還

「アゲート大公陛下万歳!」

「万歳!」


 ジェイク率いる軍が戦地からアゲートの街に戻ると、勝利に熱狂する群衆に出迎えられた。


 群衆にしてみれば、サファイア王国とその防波堤であるサンストーン王国が戦争状態になったのは最も懸念すべき事柄だった。しかもサファイア王国が卑怯な手段で奇襲を仕掛けてきたのだから、アゲートの地にまでやってくれば、どんな無体を行われるか分かったものではない。


 そんな怯えていた彼らに、ジェイク・アゲート大公、サンストーン王国と共にサファイア王国の侵略軍を打ち破るという朗報が舞い込み、こうして盛大に迎えていたのだ。


 なおこの朗報だが、人間に化けたスライム達がジェイクの頼みを受け、サンストーン王国との共同を強調して、伝えることを意識していた。


 ジェイクは、一万の軍勢を独力で打ち倒したとか尾ひれが付きまくり、アゲートは無敵の軍隊などと国内が錯覚して、好戦的になることを恐れたのだ。


(サファイア王国の連中、なんであんなに弱り切ってたんだ? まあ、上が馬鹿だったのはよく聞く話だが、それが原因か?)


 一方、直接戦った兵士達は、ベテランが多かったのでその浮つきが無い。彼らは経験則からなんとなくだが、サファイア王国が弱体化していた原因が、トップが無茶苦茶だったからと考えるなど冷静だった。


(俺が討ち取ったの、やっぱりライアン・サファイアだったのか? それと褒美の金、何に使おう……やっぱり貯金だな)


 敵軍の総大将であるライアンを弓矢で射殺し、論功行賞の場でジェイクに武勲第一であると激賞されて褒美を送られたアーノルドも、旧エメラルド王国の消滅から辛酸をなめつくしていたので、非常に現実的だった。


 なお、討死したライアンの身元確認が戦後に行われたものの、辺境のサンストーン貴族やジェイクが、サファイア王国の王族に会う機会などない。しかも、確認ができるような高位の者は、混乱しているサンストーン王国王都周辺にしかおらず、どうにもならなかった。そのため、身なりや捕虜の証言から、多分ライアン・サファイア第二王子の筈。と、なんとも曖昧な確認となった。


 尤も、ジェイクはスライム情報網から確認を取っていたが、これは口外する訳にはいかなかった。


「戦勝おめでとうございます」


「ありがとう。チャーリー卿もよくやってくれた」


「滅相もございません」


 ジェイク達がアゲート城に凱旋すると、留守を預かっていたチャーリー達が出迎える。まだ婚約者である立場のレイラとエヴリンは、恐縮する彼らを押し出して、その傍で控えていた。


「鎧を脱いで体を清めたら、これからのことを相談したい」


「はっ!」


 凱旋してもジェイクにはするべきことが多い。サンストーン王国が混乱しきっているなら尚更で、実質ナンバーツーであるチャーリーと、今後の話をしておく必要があった。


(あ、そうだ。この戦いの、いや、直近のを含めて、戦争を分析する部署を作る必要があるな。特に今回とか、サファイア王国がどうしてあんなに軍を分けていたのかさっぱり分からない。それと兵糧の少なさも。その考えと、どうして失敗したかを分析して、戦訓に活用しないと)


 その話し合い予定の一つに、戦訓を効率的に纏める部署のことがあった。

 ジェイクも今回の戦いで、サファイア王国軍が軍を分けたことにある程度は理解をしていたが、それでも少数に分けすぎていただろうと思っていた。しかも、馬を潰すほど兵糧に困っていたのだから、なぜそれが起こったか詳しく分析して、自分達の糧にする必要があると考えた。


 非常に常識的な考えだったが……これが後年、馬鹿にならないとやっていけない場所と呼ばれる、戦争分析班の誕生が決定した瞬間だった。


「どうしてサファイア王国は軍を細かく分けて、同格の貴族を組ませたんだ?」


「砦を囲んだらすぐ落とせると思ったから!」


「……どうして補給が無かったんだ?」


「送ったと思ったから!」


「…………どうして金銀を満載した馬車がやって来てたんだ?」


「もう砦を落としたと思ったから!」


「…………どうしてそれを周りは止めなかったんだ?」


「責任を取りたくなかったから!」


「んな訳あるか! 一つ二つはあっても、重なりすぎだろうが! 底抜けの無能の集まりだったってのか!?」


「じゃあ他にどう説明しろってんだ!」


 そのように呼ばれた理由は当然、馬鹿を超える無能な状況をずっと分析する羽目になったからである。


 だがジェイクが、そのある意味での犠牲者を生み出す前に、やるべきことがあった。


「ジェイク!」


「ぐもももももも!?」


 ジェイクが自室で鎧を脱いだ途端、外では我慢していたレイラとエヴリンに挟まれて、いつも通り彼女達に埋もれてしまう。


 だが、彼女達も戦場に赴いたジェイクを心配して、神経をすり減らしていたのだから、これくらいは当然だろう。


 それにレイラは、ジェイク不在のアゲート城を完璧に統制し、エヴリンは更に金を回し続けていたため、その分の正当な報酬を受け取っているに過ぎない。


 とにかく、ジェイクは彼女達の元へ帰ってきた。


 平穏とはほど遠い時代が動き出そうとしても。

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