サンストーン王国側の疑問

 エバン子爵が守る砦が、サファイア王国の軍に囲まれて三日が経過した。


「何が起こっているんだ?」


 エバンが作戦会議室で首を傾げた。


「確かに敵の方が兵が多い。それは間違いない。一万近い軍が出陣したことも確認しているし、そこから軍を分けたことも理解できる。だが外の敵はどう見たって千五百か六百程度だ。分けたにしてもなぜこんなに少ない?」


 その理由は単純明快。外で砦を囲んでいるサファイア王国の兵数が、千五百程度で少ないのだ。


 確かに砦を守る兵は七百と少しのため倍の差があるものの、守りを固めた砦を落とすには少々足りない。それなのに、この三日間敵側に増援はやって来ず、しかも兵数が足りていないため砦の包囲はかなり穴だらけときた。


「我々が即座に降伏すると思ったのではないですか?」


「そんな馬鹿な。幾ら状況が悪かろうと、向こうだって我々が、卑怯者が約束を守るとは思えない。降伏したところで意味はないから徹底抗戦するしかない。と、そう考えている事くらい分かっているだろう」


 部下の意見を、エバンは首を振って否定した。


 政治的にも軍事的にもほぼ孤立している砦なのだから、通常なら降伏もあり得るだろう。しかし降伏するのにも最低限度の信用が無ければ成立せず、サファイア王国にはそれが無かった。


「……そもそも、自分達が卑怯者だと思っていない可能性はどうです? それなら、少ない数でやって来たことも、いきなり降伏を勧告してきたことも説明できます……」


 それをサファイア王国も分かって侵攻したものだと思っていたのだが、騎士の一人が現状を全て説明できる素晴らしい仮説をポツリと呟いた。


「そんなこと……ある……のか?」


「いえ、自分で言っておいてあれですが……」


 一応現状を説明できる仮説にエバンは戸惑い、言った騎士本人ですら流石に違うかと首を横に振る。


「いや分かりません。本当の卑怯者は自分が正しいと思い込むものかもしれません」


「正しいから、我々が素直に降伏して砦を明け渡すと?」


「むう……」


 別の騎士が仮説を肯定したが、馬鹿げた行いを改めて言葉にされると唸ってしまう。


「まだ疑問がある。確か旗の紋章で一番高位なのは、ゲーンズ子爵とハリソン子爵のものだったな?」


「はい」


「纏める伯爵とかはどこだ? 事前にサファイア王国の貴族を入念に調べたが、この二人は同じ派閥の貴族じゃなかったはずだよな? 主導権争いが起こる可能性があるぞ」


 戦地で武勲を立てて出世したエバンは、どれだけはっきりした指揮系統でも、同格は争わずにいられないことを知っている。だからこそ現場で無理矢理頭を押さえられる権威か武力が必須なのだが、外にいる貴族の格はほぼ同じで、兵数もそれほど差が無く、争う条件が揃っているように見えた。


「なんでサファイア王国はこんな編成にしたんだ?」


「す、すぐ落ちると思っていたから問題ないと……」


「そればっかりだなおい!?」


 心底分からないと首を傾げるエバンに、気心の知れた腹心が先程も出ていた仮説を呟いたが、またそれかとエバンは絶叫した。


「打って出たら追い払えるか? いくらなんでも流石に無理か……数で負けているのは間違いないし、指揮系統に乱れがあるというのはあくまで楽観的な考えだ……」


 そんな隙があるように思えるサファイア王国軍に対して、エバンは一瞬だけ、城から出て攻撃すれば上手くいくのではと考えたが、すぐに頭を振って否定する。


「砦の備蓄は問題ないんだな?」


「はい。フェリクス商会のお陰で食料の心配は当分必要ありません」


「なにもかも元に戻ったら、絶対にフェリクスに騎士爵を送る。絶対にだ。いや、レオ殿下ならフェリクスの功績も理解してくださるはずだ。そうなると男爵もいけるか?」


 幸い砦の備蓄はフェリクス商会の助けもあり問題ないが、エバンの言葉は一種の現実逃避だ。


 フェリクスに爵位を送るには、まず無事この局面を切り抜ける必要があるし、彼の主であるレオは行方不明。そして王都はジュリアスの手中なのだから、現状ではほぼ不可能と言っていい。


「いやいや、その前に国境を守った功績でエバン伯爵閣下になって貰わないと」


「そうですなあ。我々も仕え甲斐があるというものです」


「それと給金甲斐も」


「馬鹿め。給金甲斐など初めて聞いたぞ」


「はっはっはっはっ!」


 そんな状況だからこそ騎士達は、まずは主のエバンが出世しろと囃し立てて、給金は余計だとエバンが突っ込むと笑いが起きた。


「幸いアゲート大公が援軍を出してくださったのだ。それまで何としてでも砦を守るぞ!」


「応!」


 これは空元気でない。どんなに楽観的に見積もっても、ジェイク・アゲート大公の兵は二千程だが、このまま敵に増援が無ければ、数が逆転して勝機もある。尤も、その敵に増援という言葉を意図的に考えないようにしているが……。


 兎に角、エバン達は徹底抗戦の構えで、サファイア王国軍と対峙するのであった。

















「忘れていた。もう一つ疑問があるんだがいいか?」


「はい」


「炊事の煙が上がってなかったんだが、あいつら今日、飯食ってたか?」


「はい?」

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