サファイア王国側の動向

 開戦前のサファイア王国の動向はどのようなものだったか。 


 サファイア王国は、サンストーン王国と緊張が高まるにつれて、何か利用できることはないかと探し回った。


 直ぐに見つかった。


 未だ未婚で歳が近く、しかも武官と文官をそれぞれ率いている第一王子と第二王子など、王位継承を巡って対立しているとしか思えなかった。そして調べると調べるほど、対立は深刻な状態なのだから、これを利用しない手はない。


 だが、その手を考えているうちに、最終的な意見が分かれた。


「サンストーン王国で内乱が起これば、向こうもこちらとは争う余裕がないでしょう。国境が安定すれば問題ないのですから、不可侵の条約を結びましょう」


 片方は、サンストーン王国で政変が起こると、国境を安定しようとする筈だから、不可侵の条約を結ぼうという外交派。


「いいや手緩い! 混乱の隙に攻め込み、少しでもサンストーン王国を削ぐべきだ!」


 もう片方は、政変の混乱に乗じてサンストーン王国に侵攻すべしという戦争派。


 両方ともサファイア王国が繁栄するための意見だが、過程が全く違うため酷く対立した。


 しかも、これを解消しようと余計なことが起こった。


「ふむ、それなら、不可侵の条約を提案して、国境が安定すると困る第二王子ジュリアスを焦らせよう。そして内乱が起こったら攻め込み、起こらなかったらそのまま条約を結んだらいい。なに、正式に結ぶ前なら問題ない」


 不可侵条約を話し合っていても、正式に結ばれる前なら侵攻してもいいなどと、外交のがの字も知らないような提案だが、言った者が問題だった。


 その男の名はライアン・サファイア。サファイア王国の第二王子である。が……ただの第二王子ではない。兄の王太子が重い病で長く臥せているため、事実上の王太子ともいえる立場だった。


(これならサンストーン王国次第になるから、対立も解消するだろう)


「ライアン殿下がそう仰るのでしたら」


 ライアンの頭の中では、意見の対立を収める程度の認識しかなかった。だが、戦争派は昨今の戦争で行われた、外交を無視した奇襲戦争の純軍事的なメリットに注目しすぎており、まず間違いなくジュリアスが反乱を起こすと見ていたこともあって、これに賛同してしまった。


(誰か止めろ!)


 当然外交派は、今後の外交に影響するこれを止めようとした。しかし、実質的な王太子に反対の意見をすれば、国王になったライアンに睨まれるのは目に見えているため、押し付け合いが発生してしまった。


「ではライアンの案でいこう」

(内乱が起こるのはほぼ確定のようだからな。それなら旧エメラルド王国の半分は欲しい。いや、それ以上いけるか?)


 そんな外交派が揉めているうちに、戦争派と同じ考えを持っていたサファイア王国国王が、ライアンの案を決定してしまった。


「国王陛下、もしサンストーン王国で内乱が起こり攻め込む場合、初陣を飾りたく思います」


「うむ。ちょうどお前の初陣をどうするか悩んでいたのだ。その時は軍を率いて、サンストーン王国を降すのだ」


「はっ。ありがとうございます」


 ライアンは臣下達の前なので、国王を父と呼ばず陛下と敬いながら自分の初陣を願い、それは許可された。


 その後サファイア王国は、一足早くサンストーン王国側から不可侵の条約を提案され、これを素直に受け入れることでジュリアスを焦らせようとした。


 戦争派も、ライアンも、サファイア王国国王も。そして外交派すらも。


 傲慢だった。


 どんな形であれ、戦ったら勝てると確信しているからこそ、こんなにあっさりと話が決まったのだ。


 ◆


「攻め込むのはあくまで内乱が起こった場合だが、準備はしておく必要がある。国王陛下に軍を率いよと命じられた、私が計画を作ったのでそれに従うように」


 ライアンが作成した戦争計画は特におかしい点はなく、ありがちな正面戦力に拘って、補給のことを忘れているようなこともなかった。


「いやはや、必要な分を必要なだけ用意することが名将の素質と学んだが、そう大したことはなかったな」


「どうやら、殿下は既に名将だったようですなあ」


「然り然り」


 王族であるライアンを周りの者達が褒め称えるのも当然だ。


 誰も責任を取りたくない。


 王族の作成した計画の不備を突きつけるのは正しい行いではない。


 気に入られることが正しいのだ。


 肯定することが正しいのだ。


「はははは!」


 ライアンがそれを受け入れるのも当然。


 彼はやるべきことをやり遂げたのだ。


 正しく必要なことを終えたのだ。


 尤も……。


「これくらいならちょろまかしても大丈夫だろ」


「字がきたねえ。えーっとなになに……」


「そういや廃棄したの報告してたっけ……うん、してたしてた」


 サファイア王国第二王子ライアン。彼が見ているのは人間と言う生き物ではなく、紙に書かれた数字だった。


 ◆


「サンストーン王国に援軍の動きはないのか。それなら軍を分けて国境全てを落とそう。援軍のない砦は落ちると兵法書に書いてあったからな。うむ。私の初陣に相応しい戦果になるだろう」


 このようなライアンだからこそ、サファイア王国がサンストーン王国に侵攻した際、援軍が無い砦は簡単に落ちると判断して、総数一万程の軍を複数に分けた。


 言葉は正しい。減っていく食糧、病の恐怖。何より見捨てられたことへの絶望。それらが重なり合うのだから、囲めば砦は落ちる筈だ。逆を言えば、その不安が無ければ人はある程度戦えるだろう。


 そしてサファイア王国には足りていないものがあった。


「降伏勧告だと!? 不可侵の条約を話し合っている最中だったのに、まだ正式に結んでいなかったから、攻めても問題ないなどとぬかす輩の言葉が、信用されると思っていたのか! 門を開けた途端、皆殺しにするつもりだろう!」


 最低限度の信用。


「分かれた軍に渡した兵糧、全然足りなかったんだけど、後から送られてくるんだよな? そう説明しちゃったんだけど」


「そりゃそうだろ。それに現地で略奪もするから問題ないって」


 兵糧とそれに伴う時間。


「砦を囲んだら落ちるからと、それ以上の兵を回して貰っていない。これでは略奪に回す纏まった兵数すら確保できないぞ」


 兵数。


「なぜあいつと組まされた! 同格の子爵にあれこれ指図される理由はない!」


 確固たる指揮系統。


 要するに、戦争に必要な何もかもが足りていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る