ジェイク・アゲート大公。発ち、立つ。
時はサンストーン王国と、サファイア王国の間で不可侵の条約が話し合われることになった頃まで遡る。
「サンストーン王国から相互不可侵の提案をして、サファイア王国は話に前向き?」
「そう。恐らくジュリアス王子を焦らせるため」
(ジュリアス兄上…他国に気付かれる程不満を抱いて、しかも利用されるとは……)
夜遅くに転移でやって来たソフィーから情勢を聞いたジェイクは、本来は心の中でも兄と呼んではならないジュリアスを思い、心の中で深く嘆息した。
(しかもサファイア王国の方法が最悪だ。これで侵攻してきたら、外交的に全く信用できなくなる)
もう一つジェイクを困らせていたことは、正式な条約を結んでいなくても、不可侵の条約を話し合うと、サファイア王国が交渉を承諾したことだ。これでサンストーン王国に内乱が起こり、その隙を突いてサファイア王国が侵攻してきたなら、外交に必要な信用を無くしてしまう。
つまり、もしサファイア王国が国境を突破してアゲートまで辿り着き、降伏を勧告してきても、ジェイクはそれを信用することが出来ず、徹底抗戦しか手段がなくなるのだ。
『おほほほほほ! 握手するというお話の最中なのに、隙が出来たら殴って来るのですからね! ま、エメラルド王国と、貴方の兄のレオ王子が、外交を無視した奇襲戦争の有用性を証明しすぎましたわね。戦術面だけですが。おほほほほほほほほ!』
【無能】がいつもの馬鹿笑いを、ジェイクの頭に響かせる。
そんなデメリットを無視してでも、直近の戦が外交を軽視させる可能性があった。
パール王国は、突然攻め入ってきたエメラルド王国に滅ぼされる寸前まで陥った。そしてレオは、今まで隣国としてはまずまずの付き合いだったエメラルド王国を、奇襲して殆ど一方的に滅ぼしたので、勝利のみを追い求めるなら、外交を気にしない奇襲はさぞ有用に思えるだろう。
「これから予断を許さない。備えておいて」
「うん。エヴリンも戦が起こるって、色々準備してくれてる」
「そう……」
ソフィーは何とも言えない顔をした。
不可侵の件は、情報の精査のためにある程度時間が掛かったとはいえ、それでもほぼ最速でジェイクに伝えに来た筈だ。それなのにエヴリンは、アゲートの地にいながら政治情勢の緊迫を感じ取って準備しているのだから、二の句が継げなくなるのは無理もない。
「それじゃあ私はサンストーン王国に戻るけど、明日から毎日来るから」
「うん。ありがとうソフィー」
「ふふ」
情勢を伝え終わったソフィーは、微笑みながら転移でサンストーン王国に戻った。
「さて……」
夜も遅いが、ジェイクの眠気は消し飛んだので、椅子に座って自分なりに状況を整理することにした。
『まずは、そうですわね。ジュリアス王子が諦める可能性』
(無理だろ。散々レオ兄上と敵対してたんだから、レオ兄上が王になったら粛清されるに決まってる。なら事を起こすしかない)
【無能】が予想した一番穏当な可能性をジェイクは即座に否定した。
どれだけ本心からジュリアスが王位を諦めよと、今まで対立してきた以上、レオが王となれば粛清されるのは目に見えている。最早ジュリアスは、事を起こすか座して死を待つかのどちらかしかないのだ。
『レオ王子が先手を打って、ジュリアス王子を粛清』
(もうレオ兄上はパール王国の姫との婚姻が成立寸前なんだろ? それを控えてる以上、大きな騒ぎは起こせない筈)
次の【無能】の予想は、情勢的に可能性が低かった。
『ジュリアス王子が完全に成功。もしくは完全に失敗』
(どっちでもマシな方か)
『マシではないのは?』
(ジュリアス兄上がレオ兄上を取り逃がして内乱。その後でサファイア王国が侵攻してくる)
『おほほほほほ! 最悪ですわね!』
ジェイクにしてみれば、ジュリアスが完全に成功しようと失敗しようと、サンストーン王国国内の混乱は最小限に食い止められるのでどっちでもよかった。最悪なのはジュリアスが敵対しているレオを取り逃がして内乱状態に陥り、サファイア王国が攻めてくることだ。
(そうなると、絶対に国境から援軍を要請されて、しかも断れなくなるんだよなあ)
『サンストーン王国の実質属国の癖に、不可侵の条約を結んでる最中に攻めて来たサファイア王国と戦わないと、今度はこちらの外交的権威と信用が無くなりますものね』
ジェイクが頭を痛めているのは、アゲートが周りをサンストーン王国の貴族に囲まれていることだ。そのため、絶対に外交的に孤立する訳にはいかないので、援軍を要請してきた相手が何の権限のない国境の貴族であっても、サファイア王国が横紙破りをしたなら、要請に応える必要があった。
(まあ結局のところ、ジュリアス兄上とレオ兄上の行動次第だ)
『おほほほほほほ!』
様々な状況を考えたジェイクだが、結局は兄二人次第だと肩を竦めた。
◆
最悪の想定通りになった。
◆
第二王子ジュリアスの挙兵とサンストーン王国王都の掌握、そして第一王子レオが行方不明と言う報は、サファイア王国との国境を守っていた、レオ派閥の貴族達をただひたすら混乱させた。
そして、それを見計らったように侵攻してきたサファイア王国を前にして、彼らはとにかく手あたり次第援軍を要請した。
結果。
「レイラ、アゲート城を頼むね」
「ああ。だから……帰って来てくれ」
「勿論」
ジェイクはアゲート城を掌握していると言っていいレイラの涙を拭きながら、自分がいない間のアゲート城を託した。
「エヴリン、色々と任せるね」
「任せとき。なにかが無いなんて言わせんからな」
「大丈夫。絶対帰って来るから」
「あほ……絶対やで」
ジェイクは人、物、金を支配しているエヴリンが、いつものように見えても、自分が帰ってこないことを恐れていると感じて、いつも通り宣言した。
「リリー、またお願い」
「必ずお守りします。必ず」
「リリーも一緒に帰るんだからね」
「はい!」
ジェイクは再び護衛として同行するリリーが、不退転の覚悟を宿していることに気が付いて、共に帰ると約束した。
「チャーリー卿。後を頼む」
「はい陛下」
ジェイク・アゲート大公が、信頼するチャーリーにアゲートの政務を任せた。
「出陣する!」
『オオオオオオオオ!』
ジェイク・アゲート大公が……歴史の表舞台に立った。
(こっち来てから馬乗る練習しておいてよかった……)
『ほんっとに貴方と言う人は緊張感が……』
◆
サファイア王国軍本陣
「サンストーン王国に援軍の動きはないのか。それなら軍を分けて国境全てを落とそう。援軍のない砦は落ちると兵法書に書いてあったからな。うむ。私の初陣に相応しい戦果になるだろう」
「はい殿下」
◆
あとがき
最後の方、舞台へ上がる階段をイメージして、敢えて淡々と書きましたが、淡々としすぎたような気も……まあ、そういう意図があったとだけ……。
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