急転

 ジェイクがほっと一息吐き、女性達と触れっていても、彼の元家族はそれどころではなかった。


 サンストーン王国王城。その玉座の間。


「サファイア王国について纏める」


 至高の座に座るアーロン王が口を開いた。この場にはレオとジュリアス、高位の貴族と大臣達が集まり、現在最も頭を悩ませているサファイア王国との緊張関係について話し合っていた。


「レオ、戦での解決は無理なのだな?」


「はい。現在動ける兵力では、国境沿いの幾つかの領地は攻め落とせますが、そこで膠着します」


 アーロン王の考えで最も手っ取り早いのは、【戦神】のスキルを持った息子のレオを出陣させて、サファイア王国を攻め滅ぼすことだ。


 しかし、戦争に対しては非常に優秀なレオは、動員できる兵力では局地的な勝利は可能でも、サファイア王国そのものを降すことは出来ないと冷静に判断した。これはこれで凄まじいことだ。エメラルド王国とは違い、サファイア王国は高まった緊張に備えて、国境の防備を固めているのに、レオはそれを打ち破ることだけなら可能と見ていた。


「ジュリアス、もし攻め入ったとして、落とした地は管理出来るか?」


「残念ながら、これ以上の文官の負担は国内の破綻を招きます」


 アーロン王がジュリアスに仮定の話をするが、こちらの答えはも不可能と言う断言だ。文官達はただでさえ旧エメラルド王国領の管理でギリギリなのに、そこへ新たな戦争など始めたら処理しきれず、戦う前から敗北してしまうだろう。


「やはり外交か。とは言っても、何度話し合っても解決策が思い浮かばん」


 アーロン王の呟きに臣下達が頷く。

 単に外交と言っても、サンストーン王国とサファイア王国は元々国境を接していなかったため、伝手はそれほど多くない。


(古代アンバー王国の双子姉妹か、エレノア教のイザベラ教皇……)


 そこでアーロン王は、サンストーン王国に滞在している世界で通用する伝手、アマラとソフィー、イザベラのことを考えた。彼女達の人脈を使えば、門前払いをされることはないだろう。


(いや、影響力を強められては困るな)


 だがアーロン王はその考えを打ち消した。アーロン王の王権を尊重してくれている三人だが、取り扱いを間違えば、王よりも強い影響力を発揮してしまう可能性があった。


「恐れながら申し上げます。他国を巻き込むのはどうでしょう。エメラルド王国が、卑劣にも突然パール王国を襲い、我々はそれを助けた側なのです。それならばパール王国に我々の正義を保証してもらい、サファイア王国には敵意がない故、不可侵の条約を結びたいと打診しましょう。それが拒否されても、他国にサファイア王国が一方的な戦争を望んでいると噂を流すことによって、外交的に有利に立てるかと思います」


「ふむ……」

(特にデメリットがある訳でもない。やるだけやってみてもいいのではないか?)


 ある大臣の提案に、アーロン王は弛んだ顎をさすりながら肯定的に考える。

 彼らは戦争で勝利したからか、単独でサファイア王国との関係を解決しようとしていたため、他国を巻き込む発想が出なかった。しかし、その大臣の提案なら少なくとも損は発生せず、成功しなくても何かの取っ掛かりになるのではないかとアーロン王には思えた。


「どう思う?」


「一先ずやってみていいのではないでしょうか」


「ふむ。そうだな」


 アーロン王は他の臣下達に問うと、他に代案のない彼らも頷いて同意する。サファイア王国の出方次第になるが、積極的に仕掛けることが出来ないため仕方なかった。


「レオ」


「異論はありません」


「ジュリアス」


「よろしいかと思います」


「よし。ならまずはパール王国に使者を出せ。その後、サファイア王国だ」

(ジュリアスめ、全く……)


 アーロン王はジュリアスが、敢えてレオと違う返答をしたのに気が付かない振りをした。


(レオとパール王国の姫との婚姻を聞いても、ジュリアスが怒り狂わねばいいが)


 この期に及んでアーロン王は、自国で内乱が起こる可能性を考えていなかった。もしこれをアマラとソフィーが知ることが出来たなら、馬鹿に付ける薬はないと呆れ果てるだろう。


 いや、アーロン王も子に甘く信じてしまう、人の親ということだ。追放したジェイクはそもそも子供と思っていなかったので、その区分には入っていないが。


(今はサファイア王国のことだ。そう簡単には纏まるまい)


 アーロン王が考えを改めて、サファイア王国との関係に集中するが、この件は意外な進展をすることになった。


 ◆


「なに? 不可侵の条約について正式に話し合いがしたいと?」


「はい陛下。条件も提示されませんでした」


 アーロン王は、サファイア王国に派遣した貴族から、すんなり話が纏まったと報告されて寧ろ戸惑った。


「皆はどう思う?」


「恐れながら申し上げます。国境に兵を張り付けることが負担と言うことも考えられますが、少々不自然です。その理由を知る必要があると思います」


「うむ」

(条件がないのは腑に落ちん。何を考えているのだ?)


 慎重論を唱える大臣にアーロン王は頷く。面白いことに、彼らは提案が素直に受け入れられたのに、その理由が知りたかった。


「条約の話し合いは行うが、サファイア王国の考えを知る必要がある。急ぎ調べろ」


「はっ!」


 理由は単純である。


 国境が安定すれば困る者を急かしているのだ。


 それがアーロン王には分からない。


 ◆


「この味は……ジェイク。もう少しで始まるみたいや」


 アゲートの地の【奸婦】は分かっていたのに。


 ◆


「これは最後の一押しになったな。ソフィー、ジェイクのところへ転移して知らせてくれ」


「ええ」


「一先ずは中立ですね」


 サンストーン王国に戻っていた【毒婦】、【妖婦】、【悪婦】も分かっていたのに。


 ◆


 それから少しの時が経ち……。


 第二王子ジュリアス・サンストーン挙兵。


 近衛兵がジュリアス側に寝返る。


 ジュリアス軍がアーロン王を。サンストーン王国王都占拠。


 第一王子レオ・サンストーン生死不明。


 時代がまた一つ動こうとしていた。



 ‐父上は、パール王国の姦計によって、【傾国】か【傾城】の女を送られ正気を失われている! それ故に保護しなければならない! レオはもっと酷い! 奴は意図的に生み出されて【傾城】を持つ、パール王国の姫に、サンストーン王国の全てを差し出すと約束してしまっているのだ! ならば! 我らがサンストーン王国を守らなければならない! 皆よ! 我らこそが正しいのだ!-

 ジュリアス・サンストーンの檄文

















サファイア王国、サンストーン王国領へ侵攻。


ジェイク・アゲート大公、現地の援軍要請に応え、サンストーン王国とサファイア王国の国境へ出陣

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