食事の風景
(よし、汚れ一つない)
早朝の厨房で清潔さに頷いている、腕が太い30代の男性がいた。彼の名はグレイソン。
アゲート城の厨房を預かっている料理人で几帳面な性格だ。汚れを許さず元は金の髪を持っていたが、料理に髪が入ってはいけないと剃っていた。
(失礼が無いようにしないと)
そんなグレイソンだが、ここ最近は特に厨房を清潔にしていたため、野菜の切れ端一つ落ちていなかった。そして彼らの仕事は当然、ジェイクを含めて城で働く者達の食事を作ることだ。しかし、最近の厨房には部外者が紛れ込んでいた。
「お邪魔します」
「おはようございます」
「レイラ様! エヴリン様! おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
厨房にいた者達が声を揃えてやって来た部外者、レイラとエヴリンを歓迎する。
この発端はジェイクだ。
◆
(レイラ達の手料理食べたいんだけど、やっぱり立場的に色々問題あるかな?)
グレイソン達が作った料理に問題はなかったが、それでもジェイクは以前のようにレイラ達の手料理が恋しくなり、【無能】に相談した。とは言っても、レイラ達の立場は婚約者だ。ジェイクは部外者が厨房に入るのは誰もいい顔をしないだろう思い、聞いてみただけである。
『厨房を押さえておくのは夫人の義務ですわ。気にせずごり押ししなさいな』
(あれ? いいの?)
『ええ』
すると【無能】は珍しいことに、素直に相談に応じて肯定した。
『毒殺のリスクを抑えられますからね』
物騒な理由である。しかし、ジェイクは悪徳役人やその繋がりがあった者を捕まえているので、ある意味既得権益の破壊者なのだ。その怨恨もあるし、そもそも恨みを買わない君主が存在するはずもないので、用心は必要だった。
(ええ……まあいいか)
それに顔を顰めたジェイクだが、レイラ達の手料理を食べられるならいいかと思い直した。
「どうかご飯作ってくださいお願いします!」
「ま、任せろ!」
「しゃあないなあ」
「僕も手が空いてるときはお手伝いします!」
直球なジェイクのお願いに、本来ならそんなことはしなくていい婚約者であるレイラとエヴリン、男に化けて従卒として働いているリリーは喜んだ。ジェイクがレイラ達の手料理を食べたいように、彼女達も愛する男に料理を食べて欲しかったのだ。
「え? 陛下の婚約者が厨房に来ることになった? 参ったな……」
話を聞いたグレイソンだが、仕事中の彼は厨房から出ることがなく、レイラと接点がなかった。そのため、とりあえず粗相がないようにしなければと油断していた。
「お邪魔させてもらいます」
「め、め、滅相もございません!」
結果、グレイソンは噂程度でしか知らなかったレイラの美を直視してしまった。料理人としてのプライドで、地面に平服こそしなかったものの、恭しく彼女を出迎えることになった。
(レイラ様がいつ来られてもいいように掃除をしておかなければ!)
それ以降の厨房は、いつレイラがやって来てもいいように、更に清潔であることを心掛けるようになったのだ。
あらゆる意味の
◆
基本的にジェイクは、レイラ達と私室で食事を食べる。そのため、普段は男に化けているリリーも、この時だけは元の女の姿に戻っていた。
「美味しい!」
「そう大したものは作ってないだろ」
笑顔でレイラとエヴリンの作ったシチューを食べるジェイクだが、そのレイラは困ったような表情だ。料理は得意でも、農村生まれの彼女が作れるものはたかが知れている。
「いやあ、厨房の料理人には悪いけど、やっぱり皆が作ってくれたのが一番だなって」
「そ、そうか」
ジェイクから、それでも自分達が作ったものが一番だと断言されたレイラは、恥ずかしそうに目を伏せた。
「おかしいな。ウチ、砂糖と塩を間違えたかな? 妙に甘すぎるような」
「え? 全然そんなことないですよ?」
「リリーは可愛いなあ」
エヴリンも料理を手伝っていたので照れていた。しかし、彼女は素直とは言い難いため、味付けを間違えたかと惚けたのだが、キョトンとしたリリーに否定されて毒気を抜かれた。
「あ、分かった。レイラの愛情ってのが入っとるから一番おいしいんやで」
「うん。エヴリンのも感じる」
「ぐう」
気を取り直したエヴリンだったが、ジェイクに真正面から自分の愛も感じると言われて、苦し紛れにぐうの音を漏らすしかできなかった。
「あいつ、素で返されるのに弱いな」
「後が怖いんで僕はノーコメントです……」
赤面している親友でライバルのエヴリンに、レイラは思わぬ弱点を見つけたと言わんばかりにニヤリと笑った。しかし、要領のいいリリーは巻き込まれては堪らないとコメントを避けた。それが正解である。
「薄々ヒラヒラ寝間着……」
「んんんんんん!」
エヴリンがレイラの所有物についてボソリと呟くと、レイラは顔を真っ赤にして唸り声をあげた。やられっぱなしの商人は存在しないのだ。
「あ、ジェイク様。お肉の方はどうですか?」
「貰う貰う」
その【傾国】と【奸婦】の隙を逃さず、リリーがジェイクに食事を勧めている。暗がりに潜む毒蛇の本領発揮だ。
「うーんやっぱり美味しい!」
そしてジェイクは、のほほんと愛する者達が作ってくれた食事を楽しむ。
まさに平和の光景であった。
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