アゲートの地の無能と【無能】

前書き

次回からようやく日常回になりそうです(多分)


(ようやく一息ついた気がする)


 無能大公ジェイクが執務室でほっと息を吐く。

 レイラ達が内助の功というには少々強すぎる手助けをしたことで、ジェイクの負担は非常に減っていた。しかし、無血開城したとはいえ、サンストーン王国からやって来たジェイクは外様なのだ。統治には細心の注意を払う必要がある。


 例えば、もう居ないとはいえ長年この地を統治していた前領主の一族に敬意を払うことだ。これによって絆があったであろう、臣下や民達の心を掴む……。


(初代領主の野郎、生きてたらぶん殴ってたぞ!)


『ああやだやだ。野蛮ですわね』


 そんなことなど、ジェイクがこの地にやって来たその日に霧散していた。


 なにせ普段は心穏やかなジェイクですら、心の中で怒声を出すほど初代領主は酷かった。今まで様々な例があったが、他にも規定された時間以外では、絶対に領主に書類が来ないようしていたり、休日と定めた日に、領主に仕事を持ってきてはいけないなども定められていたのだ。


(緊急時はどうするつもりだったんだ馬鹿!)


『典型的な、とりあえず規定を作って仕事したと満足するタイプですわね。まあ、怠けるのが本能の人を効率よく縛るなら、規定は重要なのですけど。おほほほほ!』


 無能が初代領主を馬鹿と認定し、【無能】がいつも通り皮肉って笑う。

 このように、ジェイクはなんとか初代領主の規定を、常識的なものへ戻すのに苦労していた。それがようやく終わって、他のことは女性陣がやってくれたのだから、ほっと息を吐くのも仕方ないだろう。


『内はもういいでしょう。ではここで外のことについて質問。レオ王子、ジュリアス王子の共通点は何でしょう』


 唐突に【無能】がジェイクに質問を投げかける。自称できる女で教育係の彼女は、よくこうやって所かまわず授業を始めていた。


(とにかく勝つことしか求めていないこと)


 それに対してジェイクは、縁が切れたとはいえ肉親だからこそバッサリと断言した。無能と呼ばれたジェイクから見ても、兄二人の欠点は明らかだ。とにかく目先の勝利を追い求めて、そこから発生する不都合を無視してしまう実績を残している。


『おほほほ。ではレオ王子とジュリアス王子が争った場合、隣国は我慢できると思いますか?』


(無理。内乱を起こした国の隣国が介入しない筈がない。それは歴史が証明している。必ずサファイア王国は仕掛けてくる)


 続けられた【無能】の問いにも、ジェイクは断言した。

 弱肉強食の世に生まれたこの青年は、混乱はそのままつけ入る隙だと理解していた。


『ではもう一つの方を考えましょう。とは言っても、こちらはそれほど関係ありませんけど』


(もう一つ……?)


 次の問いにジェイクは首を傾げた。


『ええ。もう一つ。もしくはもう一個』


(ちょっと待てよ……パール王国はどう出るつもりなんだ?)


 ジェイクは【無能】のもう一個という言葉を、もう一国と解釈してハッとした。サファイア王国と緊張していても、隣国は一つではない。エメラルド王国に奇襲を仕掛けられて弱体化していても、パール王国は隣に存在する国家なのだ。


 当然そこには様々な思惑が絡んでいるため、レオとの婚姻が持ち上がっていても油断することはできない。


『さあ』


(さあって……)


『私、過保護ではありませんから、それくらい自分で考えなさいな』


 だがジェイクの疑問を【無能】は突き放す。ジェイクと問答をしているときの【無能】はかなり厳しかった。


(エメラルド王国に攻め取られてたパール王国の領土は……確か一部だけどサンストーン王国の領土になったよな?)


『ええそうですわね。恩着せがましく、助けてやったんだから一部を寄越せと言って。ま、自力で切り抜けられなかった以上当然ですわ』


 エメラルド王国に奇襲されて、領土を奪われていたパール王国は、レオが横槍を入れたことで助かった。しかし、自力でエメラルド王国を退けたのではない為、サンストーン王国が支配下に置いた土地の一部を割譲するしかなかった。


(だめだ。なら直接的か謀略かは分からないけど、パール王国も仕掛けてくる)


『なぜ?』


(失地や旧領という言葉を王は絶対に許さない。ならサンストーン王国に隙があれば、戦の傷が癒えてなかろうが我慢できない)


『おほほほほほほ。ましてや勝利の二文字があったら、絶対に手を伸ばすのが人間ですものね』


 ジェイクから見ても、建前とは言えサンストーン王国は滅亡寸前のパール王国を助けた形なのだから、領土の割譲は正当に思えた。


 不満に思ったパール王国を抑えられるならの話だ。


 自分の物だと思っていた土地が奪われたなら、人は生涯に渡って恨むだろう。ましてや国家の土地なのだ。新たな戦が起ころうと、隙あらば奪い返そうとするのは当然だ。


(一応だけど皆にも伝えておかないと)


『ええそうですわね』


 パール王国もきな臭いことを、周りの女性陣に伝えることを決めたジェイクだが、【無能】は伝えていないことがある。


 実のところ、かなり前からアマラとソフィーもその懸念に思い至っていた。しかし、アゲートに集中しなければならないジェイクに、遠く直接関係ないパール王国の話を持ち込んでも、どうしようもない上に負担になるだけだった。その為、一段落した今夜にソフィーが定期連絡でやって来て、ジェイクにそれを伝えることになっていた。


 その前に、出来ればジェイクが自分でその答えに行きついて欲しかった【無能】は、質問とヒントという形をとったのだ。


(おっと。一息ついたとはいえ仕事はまだあった。なになに? 採算は取れなさそうだけど、山で水の魔石が見つかった? は? 水の魔石って海で見つかるもんだろ? なんで?)


『じゃあそこは海だったんでしょうよ』


(いくらなんでも、そんなことありえないって分かるぞ)


『おほほほほ!』


 報告書を読んで首をかしげる無能に、【無能】が冗談めかして答える。


 世界で彼らしか知らないやり取りの一幕であった。






















 ◆


「おい。本当に兵糧はこれだけで足りるのか?」


「どっか別の場所からも運び込まれるんだろ」


「そうれもそうか」


『汚い字ですわねえ。そりゃあ桁も間違うってものですわ。ええ本当に。おほほほほほほ!』


 ジェイクと問答をしているときの【無能】かなり厳しかった。

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