アゲートの地の【毒婦】と【妖婦】2

 深夜のアゲート城の一室。アマラとソフィーがワインを楽しんでいた。


「レイラ、エヴリン、リリー、イザベラ。つくづく妙な女ばかり集まったものだ」


「鏡が必要みたいね」


「なんだと?」


 グラスを揺らしながら、レイラ達を妙な女と評するアマラに、ソフィーが突っ込みを入れた。

 確かにレイラ達は妙な女と表現できないこともないが、千年間彷徨ったアマラも十分その分類に入っているだろう。


「私は普通だけれど」


「どうやら水晶玉には自分の顔が映ってないらしい」


 今度は先程と逆のやり取りが行われる。普段は氷の貴公子のようなソフィーだが、身内しかいない場所では結構冗談を口にする。案外、本気で自分だけが普通だと思っている可能性もあるが。


「まあいい。とにかく楽が出来た」


「確かに」


 アマラとソフィーが、ジェイクの周りにいる女達の顔を思い出す。


 レイラ。その想像を絶する美貌で、ジェイクの周りにいる家臣団に絶対の忠誠を誓わせる。


 エヴリン。双子姉妹ですら理解出来ない商才で、アゲートに富を齎す。


 リリー。アゲート内で情報収集を行い、不穏分子を突き止める。


 イザベラ。世界的な権威を用いて、陰ながらジェイクをサポートしている、


 こう列挙すると、妙な女とは言い難い。どう考えても危険な女達だ。


 しかし、千年の英知があろうと、その全てを二人で行うことはできない。その危険な女達が役割分担をして、ジェイクの周りを固めたからこそ、アマラとソフィーの負担も減っていた。


「妾達とサンストーン王国。そこにジェイク・アゲート大公の看板を掲げて、アゲートの各地に足を運んだのだ。余程のバカでなければ逆らわんだろう」


「ええ」


 アマラとソフィーの役割はアゲートの安全保障だ。

 アゲート大公国の設立経緯と、サンストーン王国が周りを囲んでいることを考えると、国外の脅威はそれほどない。逆に、新参の大公をなめ切って反乱を起こす者がいる可能性はあった。


 そこでアマラとソフィーは、国外も国内も纏めて全部解決しようとした。忌むべき地の調査と偽って、サンストーン王国の騎士達を引き連れ、ジェイクの名と共にアゲートを見回ったのはそれが理由だ。


 これによってアゲート国内は、ジェイクのバックにサンストーン王国の武力があると錯覚した。一方国外には、双子姉妹が入念に調査しなければならないとは、やはり忌むべき地には何かあるのではと思わせた。


「経済活動に支障が出る恐れがあったが、命には代えられんからな」


「確かに」


 苦い顔をするアマラにソフィーが同意した。

 ここで問題になったのは、必要以上に忌むべき地への忌避感が強まることだ。しかし、レオとジュリアスの緊張が際限なく高まっていたため、このリスクも受け入れた。


「エヴリンには足を向けて眠れない。それと無血開城したチャーリーという文官も」


「ああ。全くだ」


 ソフィーの言葉にアマラが苦笑する。

 そのリスクを関係ないとぶち抜いたのがエヴリンだ。彼女はアゲートを、周辺の復興事業の核にすることによって、忌むべき地の物資など不要と言えない状況を作り出したのだ。これには双子姉妹も頭を下げるしかない。


「それと護衛の騎士達にも悪いことをした」


「ああ」


 ソフィーとアマラが思い出しているのは、原初の王国の血を持つ者達を守ることに名誉を感じていた、サンストーン王国の騎士達だ。


 結局のところ、双子姉妹の護衛を勤めていたサンストーン王国のジャスパー達は、する必要のない護衛をずっとさせられていたことになる。


 とは言え全くの徒労という訳ではない。騎士や従卒にとって、双子姉妹の護衛を勤めたことは一生の名誉であり、彼らがその名誉と面子で生きていることを考えると、この上ない報酬であると言えた。


「これでジェイクとアゲートの地はひとまず安心していい筈だ。問題はサファイア王国という外患と、王位継承争いの内患を抱えているサンストーン王国だ」


「サンストーン王国は下手をすれば滅ぶ」


 アマラとソフィーが顔を顰める。

 サンストーン王国の混乱は最悪の場合、国そのものが崩れ落ちてしまう危険性を秘めていた。特に彼女達が恐れているのは、レオとジュリアスが直接争っている最中に、サファイア王国が攻め入ってくることだ。そうなるといくらレオが【戦神】でもどうしようもないだろう。


「無いとは思うけど懸念がある」


「分かっている。サファイア王国が攻め入ったとき、周辺の貴族がジェイクを担ぐ可能性だろう?」


「ええ」


 流石は双子だ。ソフィーは懸念があると言っただけなのに、アマラは正確に理解していた。

 その懸念はまず、サンストーン王国王都とサファイア王国の国境が遠いことが関係している。そしてもう一つ。サファイア王国が侵攻してきた際は、まず間違いなくレオが指揮権を握って迎撃に出陣する手筈になっていることだ。


 つまり、レオとジュリアスが衝突した際、それは王都を巡って起こることを考えると、遠いサファイア王国の国境に援軍を送る余裕がない。しかも、軍の指揮権を持っているレオがやって来ないと、迎え撃つサンストーン王国軍は旗頭がない烏合の衆になるだろう。


 しかし、役に立たなくても旗頭くらいは出来る置物がある。事実上の属国で要請という命令を出しやすく、しかも元サンストーン王国の王族というジェイク置物が。


「だがジェイクを旗頭にしたら、後々アーロン王か、レオ王子、もしくはジュリアス王子に咎められるだろう。それを考えるとありえない筈だ」


「そうね」


 アマラの考えにソフィーも頷く。

 ソフィーが自分でも言った通りまず起こりえない懸念だ。基本的にサファイア王国と国境を接しているサンストーン王国の貴族はレオの派閥である。そのため幾らレオが王都でジュリアスと戦っていようと、無能として追放されているようなジェイクを担いだら、その者達は取り潰されてしまうだろう。


「まあ……最悪も最悪の場合、そうなるかもしれんが」


「後継者争いでサンストーン王家が途絶えると?」


「ああ」


「そうなった場合の想定もしましょう」


「分かった」


 アゲートの地で【毒婦】と【妖婦】が蠢き、未来を見通さんと話し合う。


 サンストーン王国のためでも、世界のためでもなく、たった一人愛した男のために。

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