アゲートの地の【毒婦】と【妖婦】

(名誉極まることだ)


 時刻は深夜。アゲートの地の宿屋で30歳代の騎士、ジャスパーが心の中でそう思っていた。


 彼の所属はサンストーン王国で、ジェイクがアゲートに赴く際の護衛を務めていた。しかし、その任も終わり本来ならもうアゲートの地にはいない筈だが、彼を含めて騎士と従卒合わせて30人ほどが滞在していた。


(よもやアマラ様とソフィー様の護衛の任を仰せつかるとは)


 その原因は、古代アンバー王国の末裔であるアマラとソフィーの双子姉妹にあった。彼女達は、かつて世界を統べたアンバー王国の一員として、神々が忌むべきと定めたアゲートを、前任の領主一族がきちんと管理していたか調査する必要があると言って、ジェイクと一緒にアゲートまでやってきていた。その調査の護衛のために、ジャスパーなど一部の者達が、まだ残っていたという訳だ。


(私が命じられた時は随分羨まれたな)


 そして、世界で最も尊い貴人と言うべき双子姉妹の護衛を任されるのは、ジャスパーのような騎士達にとって、この上ない名誉なことだった。実際、彼の同僚騎士達はジャスパーを心底羨んで、流石に言葉には出さなかったが変わって欲しいと思う者は幾らでもいた。更にそれは従卒として付いて来ていた者も同じで、皆が名誉を感じて双子姉妹の護衛を勤めていた。


(しかし……国からは出来るだけ早く帰って頂くように命じられているが、実際問題かなり前領主一族の管理が甘かったからな……)


 勿論サンストーン王国としては不本意な事態だ。双子姉妹はいてくれるだけで自分達の、貴族としての正当性を保証してくれる存在なのだから、アゲートのような辺境から早く戻ってきて欲しかった。それについてはジャスパーも同意していたが、困ったことに双子姉妹の懸念通り、前領主一族がかなり適当に忌むべき地を管理していたのだ。


(まさか最も忌むべきとされているアゲートの森ですら、監視していた者も部署もないとは)


 最初に調査しようとしたのは、忌むべき地の中でも最も忌むべきと定められたアゲートの森だが、ジャスパー達はいきなり蹴躓いた。なんと、触らぬ神に祟り無しとばかりに、誰もアゲートの森を管理していなかったのだ。


 これにはジャスパー達も目を剥いた。神々が忌むべきと定めた原因は定かではないが、それでも恐ろしいナニカがあるからこそ、忌むべきと伝えられているのだ。それが完全に放置されているなど、誰もが予想していなかった。


(前領主の一族は代々、あくまで一時的に押し付けられたと思っていたのかもしれん。自分の代ならこの地を抜け出せるに違いないから、管理もそう必要ない、と。いや、自分で考えておいてあれだが、本当にそんなことがあり得るのか? それは無能ですらなく底のない愚か者だ)


 ジャスパーは腕を組んで唸るが、残念ながらその考えは当たっていた。


 かつてのエメラルド王国で、独自のルールを勝手に定めて混乱を引き起こし、この地に追放された初代領主は、当時の王は暗愚で自分は被害者だと思い込んだ。しかも、追放されたことでやる気をなくしていたくせに、いつかまた王都に返り咲けると無根拠に妄信していた。


 その考えが代々続いたせいで、愚かなことに他所の貴族に根回しと贈り物を続ければ、忌むべき地から去ることができる。忌むべき森の管理は、後からやって来た者に任せればいいと思い込んでいた。いや、そうやって目を背け続けたのだ。


(とにかく、前領主一族のせいでアゲートの各地を見に行くことになったのは確かだ。アゲート大公の支援があってよかった。そうでなければ終わらなかったな)


 そのせいで双子姉妹とジャスパー達は、森からナニカ恐ろしいモノが滲みだしていないかと、アゲートの各所を見回ることになり、当初の予定よりずっと長期間滞在する羽目になった。だが、尊きアマラとソフィー、そしてジャスパー達が忌むべき存在を調査してくれているのだからと、ジェイクが全面的に支援を行ったことで、彼らはなんとかアゲートの調査を完了することができた。


(だがまあ、支援と引き換えにアゲート大公の名も加わることになったが、現実の前には仕方ないことだろう)


 その際ジャスパー達はジェイクから、支援と引き換えに、調査を行う際にはアゲート大公の名前も出して欲しいと要請された。現実問題として、ジェイクの支援がなければ任務を遂行できないため、ジャスパー達がこれを承諾したことで、調査隊の看板にはアマラとソフィー、サンストーン王国のほかに、アゲート大公の名も連なることになった。


(しかし……サンストーン王国に帰れるのは嬉しいが、レオ殿下とジュリアス殿下の争いはどうなっている? 帰ったら気をつけねばなるまい)


 調査を終えたジャスパー達は、後はジェイクに感謝の歓待を受けたらサンストーン王国に帰るだけだ。そうなると国元の情勢が気になった。ジャスパーの主はサンストーン王国内で、比較的中立的な立場であり、それもあって王位継承争いには殊更情報を集めて生き残りを図っていた。そんな主を持つからこそ、ジャスパーもレオとジュリアスの争いが気になっていたが、遠く離れたアゲートではサンストーン王国の情報が入手し難かった。


(それにしても、本当に名誉なことだった)


 夜も更け、寝る間際にジャスパーは、再びアマラとソフィーの護衛を勤めることができて名誉だったと思い、一日を締めくくった。


 ◆


「安全保障と名声が一緒に手に入るんだ。宿と食事の金くらい安いものだ」


「確かに」


 言葉は悪いが、ジャスパー達は【毒婦】と【妖婦】に利用しつくされていた。

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