アゲートの地の【悪婦】1

「チャーリー卿、ご相談があるのですが」


「何でも言ってくださいオリバー司祭」


 ある日のアゲート城で、エレノア教の司祭オリバーが、チャーリーに相談をしようとしていた。


(いっつも自分が相談してる側だから、なんとか期待に応えないと!)


 これに対してチャーリーは、普段はオリバーに相談ばかりしている身だから、役に立つ必要があると意気込む。


「実はこの地で骨を埋めようと考えていまして、拠点となる小さなエレノア教の神殿を作りたいのです。もしよかったら大公陛下に口添えをお願いできませんか?」


 オリバーの提案はエレノア教の変化を象徴するものだった。元々拠点を持たなかったエレノア教は、サンストーン王国に大神殿を築いて以来、数は少ないものの世界各地に小さな神殿を作る動きを見せていた。


「分かりました。自分でよかったら喜んでご協力します。」


「おお! ありがとうございます!」


「いやいや」


 チャーリーの即答に喜ぶオリバー司祭だが、即答したのにもちゃんとした理由があった。


(オリバー司祭はその尽力で名が高い。お願いに応える形で神殿を建てたら、陛下の名も高まる筈。それにアゲートには宗教権力が寄り付かなかったから、エレノア教が根を下ろすのは悪い話じゃない。と思う……)


 チャーリーは恩人であるオリバーからの頼みでも、政治的な話だったためあくまでアゲートの街の文官として考えを巡らせる。この辺りが、公人として信頼されている理由だ。


 サンストーン王国とエメラルド王国の戦が起こった後にやって来たオリバーが、アゲートのために尽力してきたことは誰もが知るところだ。その彼が教会を建てたいと願い、ジェイクが承諾するとそのまま大公の名も高まるだろう。


 その上、神に忌むべき地と定められたアゲートは、宗教勢力も縁起が悪いとして寄り付かず、ジェイクには宗教的な権威の後ろ盾がなかった。


 そのためチャーリーの考えでは、エレノア教の神殿が建つメリットが大きかった。


「では早速陛下にお伺いを立ててきます」


「よろしくお願い致します」


(多分なんとかなる筈)


 オリバーに頼まれたチャーリーだが……知らなかった。


(これでよし)


 その恩人と大公が間接的に裏で繋がっていることに。


 ◆


「陛下、オリバー司祭が小さな神殿の建設を願い出ております」


「おお。アゲートの地にエレノア教の神殿が建つのは願っても無いことだ。小さいというならそれほど費用も掛からんか。チャーリー卿、オリバー司祭と話を進めてくれ」


「はっ」

(よかった。オリバー司祭の期待に応えることが出来そうだ)


 チャーリーはジェイクの即答にホッとした。ある意味での陰謀に巻き込まれていても。


 ◆


「聞いたか。エレノア教の神殿が建てられるそうだ」

「オリバー司祭には頑張ってもらってばっかりだったからな。これで恩返しになったらいいんだが」

「やはり大公陛下は仁君だ」

「ようやくこの地にも神殿が……」


 エレノア教の神殿が建設される計画が進むにしたがって、アゲートの街は安堵の会話が交わされることになった。


 この地の民は、戦争での混乱を鎮めるため、アゲートに尽くしてくれたオリバーになんとか報いることが出来ないかと考えていた。そのオリバーがようやく望みを口にして、ジェイクが快諾したことで、恩を返せると思ったのだ。


 更に、忌むべきとされる原因に心当たりが全くなくとも、何か恐ろしいことが起こった際に、神殿が一つもないのは心細かったので、神殿が建設されるのは諸手をあげて歓迎されていた。


「もう建設が始められるとは。チャーリー卿、ありがとうございます。どうか陛下に、私のこの上ない喜びと感謝をお伝えください」


「必ずお伝えします」


 早速神殿が建設され始め、普通の住居とは勝手が違う事に戸惑う大工達を見ながら、オリバーが感謝の言葉をチャーリーに伝える。


「オリバー司祭、ここにいたか」


「イ、イライジャ司祭!?」


 オリバー司祭が、後ろから掛けられた声に慌てて振り向くと、そこには壮年のオリバー司祭よりもう少し年長らしい、豊かな金の髪を持ち柔和な笑みをたたえた男性がいた。


(誰だ? オリバー司祭が言うにはこの人も司祭みたいだが、それにしては普通の服だ)


 オリバーが呼んだ、イライジャ司祭とは初対面のチャーリーは、品はいいもののあくまで普通の服装に訝しんだ。


「きょ、今日はどうしてこちらに?」


「いやなに、近くでアゲートに神殿が築かれると聞いてな。少し見に来たのだ」


(となるとお忍びで……胃が……)


「おい、ひょっとして」

「ああ……」


 畏まったオリバーの様子に、チャーリーのみならずその様子を見ていた大工達も答えに辿り着いた。


「チャーリー卿、こちらは……その」


「イライジャと申します。」


「チャ、チャーリーと申します」

(間違いない……オリバー司祭が詳しく紹介できないくらい超上位の司祭だ。下手したらイザベラ教皇の最側近とか……)


 それはつまり、オリバーすら緊張してしまうような高位の人物であり、単なる文官でしかないチャーリーの手に負える相手ではなかった。


「ご挨拶をして直ぐで申し訳ないのですが、あまり長居が出来ません。自分はこれで失礼します」


「はっ。どうかお構いなく……」

(非公式でも、エレノア教の高位司祭がやって来たんだ。そうなると……最近景気が良くなったアゲートに、他の宗教勢力がやってこないようけん制しに来た? 駄目だ。手に負えないから大公陛下に丸投げしよう)


「それではなオリバー司祭」


「はっ」


 しかし、イライジャ司祭は直ぐに帰ってしまった。


 それだけで十分なのだと、自分なりにエレノア教の高位司祭らしき人物がやって来た理由を考えたチャーリーは、その結論が手に負えないものと判断して、ジェイクに丸投げすることにした。


 そしてこの僅かな会合は、それを見ていた大工達から街に伝わり、噂話程度だがエレノア教がアゲートに興味を持っていると広まった。


 ◆


「ご苦労様ですオリバー」


「勿体ないお言葉ですイザベラ様」


 全ては仕組まれていたものだが。

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