アゲートの地の【奸婦】1

「またフェリクス商会が従業員を増やしたらしい」


「フェリクスとは何者なんだ?」


 昼時のアゲート城。文官達が食事をしながら同僚と話をしていた。


 話題になっているのはフェリクス商会。誰もその名を聞いた事が無い、フェリクスという男に率いられた新しい商会は、アゲートの地に突如殴り込みをかけ、瞬く間に弱小の勢力を吸収して一大商会に成長した。


「御用商人に抜擢されるほど政治力もある」


 しかも快進撃はそれだけではない。前領主の御用商人と言える商会の一つが、不正な脱税を行っていたことで検挙された結果、空いた御用商人達の末席に抜擢されたのだ。


「だが今の情勢なら御用商人になるのは厳しかった筈だ。運もいいことになるな」


「運とはまたあやふやだな」


「金運ってものは確かにあると思ってる。今のアゲートがその証拠だ」


「それは否定しない」


「代わりに無茶苦茶忙しいが」


「それも否定しない」


 勿論一強ではない。寧ろ現在、アゲートの地は商人がひしめき合っていた。その理由は、アゲートの地の周りで起こっている復興事業だ。サンストーン王国とエメラルド王国の戦いは、エメラルド王国側の抵抗勢力が壊滅したことで、最近ようやく終結したが、戦争が終わったら荒れた田畑や燃え尽きた建物を再建しなければならない。


 つまり、物を売る商人としては戦争後もまた稼ぎ時なのだが、サンストーン王国から離れれば離れるほど輸送の負担が大きくなる。しかし、みすみす商機を見逃すのも面白くない。そこで商人達が目を付けたのが、チャーリーが無血開城したことによって領内の設備が完全に無傷で、複数の川と港を要するアゲートの地だ。ここは忌むべき地と呼ばれていることに目を瞑れば、絶好の物資集積場であった。


 その上、ジェイクがアゲート大公になってから、通行税を徴収していた関所が大きく削減され、港の使用料金も低く抑えられたことから、復興の商機に食い込みたい商人が押し寄せた。そのためアゲートの地は、復興が終わるまでの一時的なものとはいえ、何を作っても商人が買い取ってくれる好景気に沸いていた。


「まあ聞いた話、アゲートの周りのお貴族様は、忌むべき地を通った物にいい顔をしてないみたいだが」


「生まれて30年以上ここにいるが、誰かが呪われたって話なんか聞いたことないんだけどな」


「確かに」


(貴族は縁起が悪いだけなことを気にし過ぎなんだよな)


 一方、旧エメラルド王国領を賜った、アゲートの地の周りの新たな統治者達は、復興物資が忌むべき地を介していることに顔を顰めていた。しかし、コストや効率に関してはあまり私情を挟まない第二王子ジュリアスが、圧倒的に費用を抑えられる現状を黙認したことによって、渋々受け入れざるを得なかった。


 その上更に、復興している地域は、エメラルド王国を完全に併合したことによって、今まで国境を接していなかったサファイア王国と隣接することになった。だが急拡大したサンストーン王国に危機感を感じたサファイア王国は国境に兵を増強しており、それを天才的な感覚で察知したレオも、防衛線の構築のため物資を必要としたため、背に腹は代えられないと、これまたアゲートの地が関与していることを黙認していた。


 ◆


 話はフェリクス商会に戻る。

 この商会が取り扱う商品は多岐に渡って、小麦や野菜など食料品から日用品、医薬品、果ては剣と鎧までありとあらゆる品を揃えており、商会本店はこの時代には珍しく、総合商店のような広く大きなものとなっていた。


(監獄に納品された剣が立派なものだったから見に来たが、これは腕利きの鍛冶師を抱えてるな)


 そんなフェリクス商会の本店では、武具や薬などは隔離されたエリアに展示されているが、そこで熊のような大男、刑執行官バーナードが剣を鑑賞していた。ある意味職人であるバーナードは仕事道具を見る目も一流で、勤め先にフェリクス商会が納品した剣に感心した彼は、商会の品揃えを見てみようと訪れていた。


(薬の出来もいい。薬師も腕利きがいるのか)


 バーナードの評価は剣だけではない。監獄には税を不正に徴収して捕まったサイモンを筆頭に、傷が原因で死んでもらっては困る者が数名いるため、薬も必要不可欠だった。そしてフェリクス商会が納品する薬は、剣と同じく非常に出来がいいもので、サイモンとお話ししているバーナードの同僚も満足していた。


(客にも腕利きが多いらしい)


 バーナードがちらりと他の客を見る。その真剣な目で剣や薬を吟味している者達は、雇われの戦士や冒険者が好む軽装をして腰に剣を携えていた。戦士でないバーナードは彼等の強さを分からないが、一流は他の分野の一流が分かるというか、彼らが一端の戦士なのが理解できた。


 彼等はサンストーン王国とエメラルド王国の戦いが終結したことによって、一時的に仕事をなくしていた傭兵や冒険者だ。そう言った者は大多数が、きな臭くなってきたサファイア王国の国境線に集まり、戦争が始まるのを待っていたが、中には国家間戦争が終わったばかりだから少し身を休めたい、しかし、ある程度の収入は必要だと考えた者がいた。そういった者達が目を付けたのが、商業活動が活発となり街道の安全を確保するため、戦士を欲していたアゲートの地だ。街道の巡回は最前線で戦うよりはローリスクだったため、それを目当てにやって来た傭兵や冒険者が一時的に雇用されることになった。


 当然傭兵などは素行が悪いものが多く、極端だが中には金だけ貰って何もしない者や、野盗と変わらない様な者が存在する。しかし、アゲート城が雇用した傭兵は無名ながら例外なくまともな傭兵で、採用担当官の確かさが知れ渡り始めていた。


(アゲートの地はどんどん良くなっている。これも陛下のお陰だ)


 バーナードは商業活動の活発化で住みやすくなったアゲートの地と、忠誠を誓うジェイクを思いながら、フェリクス商会を後にした。つまり単なる冷やかしだった。


 そして、これらの事にジェイクが関与しているのは間違いない。間違いないが……金の化身こそが黒幕だった。あるいは内助の功か。

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