アゲートの地の【傾国】2

 時はレイラ達がアゲートの地に訪れる前に巻き戻る。


 ジェイクがサンストーン王国の王都から旅立つとレイラ達も屋敷を去り、秘密裏にエレノア教の大神殿に匿われていた。本当はレイラも一緒に付いていきたかったのだが、大公の権威は大公が作らなければならない、ジェイクの権威が確立するまで待っていろとアマラ達に言われ、渋々待つことになった。


 そしてその時が訪れたのだ。


「ジェイク様はアゲートの地で権威を確立されたようですから、レイラさんとエヴリンさんが向こうに行ってもいい頃合いですね」


「本当ですか!? ようやく……ようやくジェイクに会える!」


 大神殿の一室でイザベラにそう告げられたレイラは、萎んでいた花が急に咲き誇ったかのように、その美を振りまいていた。


(愛に生きてますね。ああ、私も我が君にお会いしたい……)


(女やなあ。まあウチも嬉しいんやけど)


 それを見たイザベラは心の中で羨み、エヴリンは苦笑した。

 特にイザベラは、今後も決定的な事が起こるまで、サンストーン王国の王都で人脈を作り続ける役目があるため、泣く泣くジェイクとの再会を見送った。


(そうだ! 姿を変えて数日だけジェイク様の元へ行きましょう!)


 そんな聞き分けの言い甘い女ではなかった。イザベラはこれぞ名案とばかりに心の中で手を打ち、ソフィーの転移でアゲートの地へ向かうことを決意した。


「長かった……!」


 レイラがしみじみと呟く。

 ジェイクとの別離から半年も経っていないが、朝に寝坊助の愛した男を起こすこともなく、一緒に食事をすることもなかった時間は耐え難いものだった。それがついに終わりを迎え、愛する男との再会に胸を躍らせたレイラの感情と結びつくように、彼女の【傾国】からナニカが発せられた。


(はしゃいどるなあ)


 エヴリンはそのナニカを感知できなかったし、なによりレイラの妙なポンコツ具合を知っていたため特に思うことは無かった。


(一度アマラさん、ソフィーさんと話す必要があるかもしれませんね……)


 しかし、イザベラは人間に持ちえない感覚で、レイラの中で眠っていた力が唸りを上げているのを感じ取った。


(禁忌スキルは謎が多すぎます。伝説で謳われる【粛清】は、保持者の思い一つで反逆者3000人を一瞬で殺害したと伝えられている。そして【傾国】は国を傾けるためのあらゆる才を与え、全ての男を魅了出来る。両方とも確かに禁忌の名に相応しい。でも【傾国】はそれだけなの?)


 イザベラが考え込む。

 レイラは心を許したイザベラ達に自分は【傾国】であると告げていたが、伝説で語られる数名の【傾国】の持ち主は、誰もがその歪んだ美に自らも翻弄されて短命だ。そのため詳しく調査もされておらず、あまりにも謎が多すぎる力だった。そして同じ禁忌スキル【粛清】に至っては、歴史上で現れたのは一度のみで、実在が疑われているほどだ。


「さあ行くぞエヴリン! 目指すはジェイクのところだ!」


「落ち着かんかい!」


(レイラさんはとっても分かりやすいんですけどね)


 イザベラは、興奮しすぎて少しおかしくなっているレイラに、心の中で苦笑する。途轍もない力を秘めていようと、レイラはどこまでも女だった。


 ◆


 そしてついに、レイラとエヴリンが待ち望んだ日がやって来た。


「準備はいい?」


「勿論です!」


 深夜の大神殿に、転移魔法でやって来たソフィーがレイラ達に問いかける。

 これもまた禁忌の力で、古くから神の領分を侵すとして禁じられていた。尤も、高貴な者達の本音はどこでも入り込んでくる暗殺者が怖いからであり、神話で禁忌と語られていることを都合よく利用して、転移魔法の技術を絶やした歴史があった。しかし、絶える前から生きているソフィーはそれを習得しており、今回も人目を避けるとはいえ、レイラとエヴリンをジェイクの下へ連れて行く手筈になっていた。


「薄い寝間着は持っとる?」


「もち!? エヴリン!」


「ちょっと落ち着かせようと思っただけや」


 レイラの顔が真っ赤になる。

 意気込みすぎて、また妙なテンションのレイラを落ち着かせようとしたエヴリンだが、ショック療法が強すぎたようだ。そして、レイラが口に出す寸前だった答えを追求しないだけの優しさがエヴリンにはあった。


「こちらが落ち着いたら私もお願いします」


「分かった」


 そんな小娘達の傍では、イザベラが次は自分も連れて行ってくれとソフィーに頼み込んでいた。


「イザベラさん、ありがとうございました」


「ジェイク様によろしくお伝えください」


 最近ようやくイザベラ様ではなく、イザベラさんと呼べるようになったレイラとエヴリンは、自分達を大神殿に匿ってくれた彼女に礼を言った。


「それじゃあ転移する」


「はい!」


「今行くでジェイク」


 普段通りのソフィーが、淡々と転移魔法を発動する。レイラもエヴリンも、数年間過ごしたサンストーン王国の王都に、いや、ジェイクと過ごした屋敷に戻れない寂寥感はある。それでも彼女達がいたい場所はジェイクのところなのだ。


 そして


「転移魔法起動」


 白さが目立つ大神殿の一室が、一瞬で蝋燭に照らされたアゲート大公の寝室に変わった。


「レイラ、エヴリン。久しぶり」


 しかしそこにいたのはジェイク・アゲート大公ではなく、単なるジェイクと言う一人の男だった。


「ジェイク!」


「ぐももも!?」


 ジェイクの姿を見たレイラは勿論、ここ数日普段通りに見えたエヴリンも彼に抱き着き、二人で挟み込んでジェイクを窒息させる。たった数か月でも彼女達には途轍もなく長い別離が、ようやく終わったのだ。


(う、うわあ……僕の【傾城】がすっごい委縮してる……)


 その光景を部屋の隅で見ていたリリーは、最大稼働しているらしきレイラの【傾国】に慄き、頬が引き攣る。


「ああジェイク……!」


「暫く離さんからな!」


「ぐもももももももも!?」


 周りがどれだけ慄いていようが、レイラもエヴリンも知った事ではないとばかりに、ジェイクを更に強く挟み込む。特にレイラはジェイクより身長が高いため、彼は完全に女の体に埋もれてしまった。


 まだまだ平穏を取り戻したと言い難いが、それでも確かにレイラとエヴリンは、ジェイクと共にいる事が出来たのだった。


 つまり


 全てを統べる【傾国】と、ある意味この世で最も危険な金の化身である【奸婦】が、アゲートの地にやって来たことを意味していた。

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