チャーリーとバーナードの懸念
「た、大公陛下、サイモンですが口を割りません……」
(胃が……)
ジェイクがサイモンを捕らえて数日、朝一番の彼の執務室でチャーリーが、監獄に収監されたサイモンが非協力的で、調査の進展がないことを報告した。そしてそんなことを態々チャーリーが報告しなければいけないのは理由があり、前領主一族が決めた規則で、役人への強い尋問や拷問は領主の許可が必要だったため、サイモンが自分から話さないのなら、監獄にいる看守や役人ではそれ以上踏み込むことが出来なかったのだ。
「ならば許可を出す。全てを白状させよ」
「ははあっ!」
(まあそうですよね)
現行犯で逮捕され、しかも殆ど裏付けが済んでいるサイモンの罪状は、窃盗罪を適応しても金額は軽く死罪の基準を超えているし、なにより君主の特権である税の事柄を侵しているのだ。もう死罪は確定しているような者が黙秘など許される筈もなく、ジェイクがサイモンに対する尋問の許可を出すと、気弱な善人であるチャーリーですらそれはそうだろうと思ったほどだ。
(僕も出来るけど、こっそり出来るものじゃないし、人の縄張りにずかずか入っていくのはだめだよね)
今も男に化けて、ジェイクの従卒として控えているリリーがそのやり取りを見ていたが、彼女も尋問に役立つスキルを幾つか所持し、また知識としてやり方も知っていたが、ジェイクの従卒が牢獄で尋問するのは色々と拙いため、この地にいる専門家に任せることにした。
◆
「また自白に対する訓練をしたことも無いような奴が相手とは」
(また偏屈爺がぶつくさ言っているな)
監獄では尋問に関する専門の、腰が曲がった年老いた男性が、サイモンと言う簡単すぎて面白みのない奴が相手なのかとブツブツ言っており、それを刑執行官である熊のようなバーナードが眺めていた。
(しかし……不敬なのは分かっているが、大公陛下のお世継ぎ、いや、まずは奥方が……)
そんなバーナードとその一族にとって、最大の懸念がジェイクの血統が残るかどうかだ。ジェイクに人として扱って貰えた彼等だが、一番最悪なのはジェイクが一代限りの大公となり、また前の領主一族のような者が後釜に納まって、自分達の扱いも昔に戻ることで、それを回避するためにジェイクの血統が続くことを望んでいた。
だが、困った事にジェイクがこの地にやって来た時、その隣には大公妃がおらず、世継ぎ以前の問題だったのだ。
◆
(またあの地獄の日々は嫌だ。でも大公陛下の嫁取りってどうしたらいいんだ?)
チャーリーもバーナードと同じ懸念を持っていた。彼もまたジェイクが一代限りの大公となり、役職をどれだけ兼任しているかさっぱり分からない労働地獄に戻ることを心底恐れていたのだが、子爵になったとはいえそれでも木っ端貴族の彼では、大公がどうやって嫁取りをするか知らず打つ手がなかった。
(アマラ様とソフィー様は……ってそんなこと言ったら打ち首だ)
そこでふとチャーリーが思い出したのは、最も忌むべきと定められたアゲートの森を調査している、古代アンバー王国の生き残りであるアマラとソフィーの双子姉妹だ。尤も、彼女達は無冠でもジェイクより立場が上と言ってよく、万が一ジェイクの嫁に双子姉妹をなどと言ってしまった日には、打ち首になるのが目に見えていた。チャーリー視点では。
余談だが、ジェイク達がサンストーン王国からこの地にやって来るまで付いて来ていた、護衛の騎士達の半分ほどはジェイクに感謝されて帰国しており、もう半分は双子姉妹の護衛として調査に同行していた。しかし、双子姉妹の本当の目的は、意味のない調査で護衛と共に滞在して、アゲートの地の役人や軍に、サンストーン王国がバックにいる事を錯覚させるためだった。
(ここはやっぱり、こっちから話を切り出した方がいいのか? いやでも、大公陛下の嫁取りになると、相手はサンストーン王国の公爵令嬢とかになるんじゃないか? 絶対対応出来ないんだけど)
チャーリーとしては心底勘弁して欲しいのだが、現実問題としてジェイクの嫁取りの調整を行える立場なのは彼一人であり、自分より遥かに格上の相手と調整を行う必要があるのかと、この段階から既に胃を痛めていた。
(そもそも伝手なんかないし)
元はエメラルド王国の、しかも政治的に陸の孤島ともいえる様な忌むべき地のチャーリーが知る由もないが、サンストーン王国の公爵達はジェイクがサンストーン王族の中で疎まれて、いないものとして扱われていることを知っており、そんな彼の下へ娘を嫁がせることになんのメリットも無く話を断るだろうから、チャーリーが心配する必要はなかった。
(気は重いけど、またオリバー司祭に相談に乗って貰おう。いつも政治の相談して申し訳ないってそうだ! オリバー司祭は愛の女神エレノア教の司祭なんだから、寧ろ本職じゃないか!最初からオリバー司祭に相談したらよかったんだ!)
チャーリーがここ数年ずっと世話になっているエレノア教の司祭、オリバーに相談しよう思った時、彼はオリバーが愛の女神に仕えるある意味本職であることを思い出し、名案とばかりに手を合わせた。
その心配は杞憂に終わった。
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